第407話 頼もしい味方は実力も煽り力も母親譲り
穂月が改めて見る体育館は、両親に遊びに連れていってもらった自然公園の屋内遊技場よりもずっと広かった。
昼休みなのもあって、多くの児童がそこかしこではしゃいでいる。まるでお祭りみたいだと楽しくなり、穂月は「おー」と歓声を上げる。
「あたりまえですけど、じょうきゅうせいばかりですね」
入学して以来、一緒に行動している沙耶が眼鏡を直しながら周囲を見渡す。常におどおどとしている悠里も「はわわ」と場の雰囲気に呑まれている感じだ。
「きょ、きょうしつであそんだほうがいいとおもうの」
クイクイと服の裾を引っ張られたが、穂月は気にせずに前に出る。
「でもゆずちゃんがあそんでいいっていったよ」
「せんせいをちゃんづけはだめです。しりあいだとしても、したしきなかにもれいぎありです」
「はわわ、さっちゃんはむずかしいことばをしってるの」
驚きと称賛の言葉を悠里に贈られ、沙耶が得意げに胸を張る。
穂月と柚が知り合いなのは、普段と変わらない態度で接してしまったため、とっくに周囲の事実になっていた。
それでも露骨な贔屓はなく、また入学式当日に穂月の暴挙を目にしていたのもあり、クラスメートが表立って文句を言うことはなかった。
自己紹介時に何かと突っかかってきていた男児も希に睨まれて以来、積極的に穂月に絡んではきていない。
最初はよそよそしかったクラスメートも徐々にではあるが、穂月との会話にも応じるようになってくれている。
入学してから数日が経過しただけで、希という少女が隙あらば眠ろうとし、なおかつちょっとやそっとでは起きないと認知されたのも大きい。
強引に起こすには、それこそ穂月がしたような力業が時には必要になってしまうのだ。とはいえ主に一緒に行動するのは沙耶や悠里で、クラスでは早くもグループみたいなのが幾つも形成されつつあった。
「ところで……のぞちゃんはどこです?」
忽然と姿を消した友人を不安がるせいか、沙耶の眼鏡が曇る。悠里もはわわと一緒に該当の少女を探す中、一番に見つけたのはやはり穂月だった。
「あそこでおねむしてるよ」
体育館の壁を背もたれに、手足を投げ出した格好ですやすやと寝息を立てている。入学式こそおめかししたスカート姿だったが、入学式中に堂々と眠った件もあり、以降はズボンばかりだった。おかげで惨事は避けられているが。
「なんだかしたいみたいです」
「はわわ、のぞちゃんしんじゃったの」
「もののたとえです、きちんといきてますから、なかないでください」
すぐに涙目になる悠里を沙耶が慌てて宥めている間に、穂月は希に近づく。寝ている彼女に怪我させないよう周囲が気遣ったのか、そこだけポッカリと空きスペースになっていた。
「ここならあそべそうだよ」
穂月を追いかけてきた2人も含めて入口近くの壁際でまとまる。早速遊ぼうとする穂月だったが、黒ぶち眼鏡を光らせる沙耶に制止された。
「なにをしてあそぶんですか?」
「ボールあそびっ」
真っ先に提案した葉月に、力なく首を左右に振る沙耶。
「ざんねんですが、あそこのようぐしつにはせいとだけでかってにはいれません」
「じゃあ、ゆずちゃんにおねがいするー?」
「しょっけんらんようはいけないです」
「はわわ、さっちゃんはむずかしいことばをしってるの」
「……なんかにたようなやりとりをすこしまえにしたような……まあ、いいです」
コホンと咳払いをした沙耶が、改めてボール遊びは難しいと穂月に通告する。
むーんと唸ってはみたが、ボールがなければボール遊びができないのは当たり前。しかし体育館では多くの児童がボールで遊んでいる。
穂月の視線で何を言いたいのか察したらしく、その点について沙耶が説明する。
「あれはがっこうのびひんではなく、こじんでもってきているものです」
「おー、ならいっしょにあそべばいいよ」
「え? じょうきゅうせいとですか、それはちょっときけんです」
「どうして?」
頬に人差し指を当てて首を傾げると、またしてもコホンと沙耶が咳払いをする。何かを説明する時の彼女の癖みたいなものなのかもしれない。
「なまいきなしんにゅうせいはいじめられ――
あっ、ほっちゃん、待ってください」
肩を捕まえようとする手を華麗にすり抜け、穂月は壁で1人ボール当てをしている少女に近づく。持っているボールは白くて穂月の顔くらいの大きさだ。
「いっしょにあそぼ」
「あん? なんだおまえ」
少女がギロリと穂月を睨む。背格好は同じくらいだが、髪の毛が綺麗な茶色だった。吊り上がり気味の目つきは鋭く、狼みたいな唸り声でも上げそうな雰囲気だ。
「ほづきだよ」
「いちねんか、あっちにいけ」
「どうして?」
「どうしてもだよ」
けんもほろろに追い返されそうな穂月を心配して、沙耶もやってくる。悠里は怖いのか、その背中に隠れるようにしていた。
「ほっちゃん、のぞちゃんのとこにもどったほうがいいです」
「でも、みんなであそんだほうがたのしいよ」
「おれはひとりであそぶのがすきなんだよ」
「どうして?」
「うるせえよ、いいからあっちいってろ」
突き飛ばされ、その場に尻もちをつく穂月。
悠里が小さな悲鳴を上げる。沙耶は顔を青くしているが、それでも穂月を守ろうと前に出る。だが年上と思われる女児にひと睨みされると、恐怖で足を震わせた。
「いちねんがなまいきいうからだ」
「あら、体育館を使うのに、1年も2年も関係ないわよ」
肩を抱いた柔らかい手が、穂月を優しく立ち上がらせてくれた。途中から口を挟んできたのは、実の姉みたいに思っている大好きな少女だった。
「あーちゃん!」
「教室に遊びに行ったら、体育館に行ったって聞いてね。追いかけてきたの」
微笑んだ朱華は、穂月を支えていた手を自分の腰に当てて、威圧するように茶髪の少女を見下ろした。
「あなた、2年生よね。
先生に新入生の面倒を見てあげるように言われなかった?」
「おれよりとしうえなら、おまえがみてやればいいだろ」
「一緒にお世話すればいいじゃない」
「いやだ」
即答にさすがの朱華も目を丸くした。不良じみた少女が頑なな理由は本人の口から語られることですぐに解決する。
「いちどあまやかすと、ちょうしにのってまいにちくるかもしれないだろ」
「だったら毎日遊んであげればいいじゃない」
「それがいやなんだよ、おまえもつきとばすぞ」
「先生に言うわよ」
「はんっ、すきにしろよ。こわくねえし、それにしょうこだってないだろ」
朱華と少女が正面から睨み合う。あまりの迫力に怖気づいたのか、沙耶が半ばポカンと傍観していた穂月の手を引いた。
「あのおねえさんはしりあいなのですか?」
「ともだちのあーちゃんだよ」
「じゃあ、とめたほうがいいです」
「どうして?」
「けんかになるかもしれないです」
「おー。でも、どうやって?」
再び首を傾げる穂月に、どうやって説明しようかと沙耶が悩む。彼女もまた上級生同士の睨み合いを止めたいものの、方法がわからずに困っていたのかもしれない。
「……こうやって」
とことこと穂月の横を通り過ぎる影は朱華の隣まで進むと、何の躊躇もなく不良じみた少女の肩をポンと叩いた。
「皆でいじめるのはよくない。下手だから1人で練習していた」
「はあ!? おまえもいちねんか、ふざけんなよ」
「大丈夫、わかってるから」
いつもの眠そうな半眼のままでグッと親指を立てる希。
普段は誰との会話にも応じず机に突っ伏して寝ているだけの少女が、急に活発化したために、希に慣れていない沙耶と悠里は目をパチクリさせっぱなしだった。
「いいかげんにしろよ、てめえ」
さらに言葉遣いを乱暴にした少女が腕を伸ばすも、希は器用に躱す。
「努力はきっと報われる」
「だからちがうっていってんだろうが!」
「なら勝負してみる?」
「はっ、じょうとうだ。こうかいさせてやる」
振り返った希が改めて穂月にサムズアップする。
「これで一緒に遊べるし、喧嘩もなくなった」
「おー」
見事な手際に思わず拍手する穂月。一方で上手く掌で転がされたと悟った上級生は苦虫を潰したような顔になる。
「フフン、今さらさっきのなしとか、格好悪いこと言わないわよね」
「いわねえよ! そっちこそなかまがけがさせられてなくんじゃねえぞ!」
新たな睨み合いを勃発させた上級生同士の会話で、小さなスペース内でドッジボールをすることが決まった。
穂月は「おー」と大喜びだが、運動に自信がないのか沙耶と悠里は及び腰だ。それでも朱華という上級生がいるからか、参加はしてくれるみたいだが。
「じゃあ、アタシはこれで」
「どこいくんだよ! てめえもやるんだよ! いちばんにぶつけてやる!」
「ねむいからやだ」
「ふざけんな! うらあああ!」
いきなり投げつけられたボールを、目を閉じずに片手でキャッチする。
「はえ?」
素っ頓狂な声を上げ、不良少女が目を丸くする。
「あんなにちかくからなげられたのに……しかもかたてで……」
「おー。のぞちゃんすごいねー」
拍手する穂月の背後で、チッと舌打ちした茶髪少女が身構える。
「くるならきやがれっ!」
「……」
相手と視線を合わせた希はゆったりした動作でしゃがむ。
足元にそっとボールを置く。
気怠そうに茶髪少女に背中を見せる。
そして――。
「はわわ、のぞちゃん、ねちゃったの」
慌てた悠里が起こそうとするも、瞼を閉じた希はてこでも動こうとしない。
「……のぞちゃんを倒すとはやるわね」
「おれはなにもやってねえ!」
*
ギャーギャーと騒ぎながらも、結局穂月たちは茶髪の少女は予鈴がなるまで体育館の隅でドッジボールを遣り続けた。
フンとつまらなさそうにボールを回収する少女。その小さな背中に穂月は声をかける。
「またあそぼうね、ええと……」
「……おれは
名前だけを短く告げると、やはり茶髪の少女はつまらなさそうに体育館から出て行った。
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