豊富

私はもうすぐ30になります。

この話は誰に話しても信じてもらえません。私がいた孤児院に、そのような男性の職員は存在しませんでした。

でも、たしかに彼は存在したのです。

この間、同じ孤児院出身の幼馴染と再開しました。一通りの談笑を終えたあと、彼のことを聞いてみたのです。

確かに、毎晩キスをしてくれる人はいたけれど、そこまで鮮明に覚えてはいない。

他の幼馴染に聞いても、同じ回答が帰って来ました。覚えているのは、私だけです。


毎晩、私は我が子に口付けをします。まず長男に、そして長女に。その度に、長男は私を止めるのです。彼女の元へ行かないでくれと。だから私は、彼にこう言うのです。

『あなたには本当に愛すべき相手がいる』

彼はまだ理解できないようですが、いつか彼も誰かの愛情を愛す日が来るのでしょう。


月の出る夜、私は必ず夜空を思い出します。満天の星空に手を伸ばし、彼を止められるのでは、と思ってみたり。

彼の冷たい口付けでは物足りなくなってしまったけれど、それでも彼は私の初恋なのです。私の大切な最初の愛なのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

淡白的愛情 ぬゆふ @nuyuhu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ