第6話 セドリック・クランベリーとの邂逅とアル兄様
教室がある棟の建物の廊下を考え事しながら歩いていたら、誰かと肩がぶつかってしまった。ついよろけてしまったのを、両手で支えられる。
「申し訳ない。大丈夫だった?」
「こちらこそ、申し訳ございません。前をよく見て無くて……」
ぶつかってしまったのは、2年の第二王子派の公爵家にして近衛騎士団団長のご子息、セドリック・クランベリー。
褐色の日光の加減で赤毛にも見える髪と瞳。端正な顔をしてるのに表情の作り方から、やんちゃ盛りで人懐っこい
だけど、やたら頭が切れるキャラだったはず、ゲーム内では。
「おや? 君は、夜会の」
「リナ・ポートフェンと申します」
身体になじんでる貴族令嬢の挨拶をする。
「失礼しました。セドリック・クランベリーです。セドリックと呼んで下さい。以後、よろしくお願いします」
こちらも完璧な礼をとってくれる。思わずこちらこそ……と返しそうになって、ピタッと止める。
ん? 以後、よろしく? んんっ??
「……あの?」
不安げに見えるように意識して見上げる。
セドリックの顔に、へえ~って感心した表情が見えた。なんか、ちょっと怖かった。
なんなの? 私、また何かやらかした?
そう思いながら、キョトンとしてみせる。表情操作は、もとより得意分野だ。
手……震えてるけど、心臓バクバクいってるけど。
「ああ。アランが結構気に入ってたから、俺とも頻繁に会うと思うよ。だから、よろしく」
今までの形式的な物腰とは違い。いきなり態度がくだけた。
よろしく、したくない。絶対無理。
ゲームの画面で見たよりは十代の少年って感じが強いけど。
いや、実際17才か18才のはず、セドリックに関しては年齢設定なかったから分からないけど。
ゲームでは、敵じゃ無かったから主人公の頼れるお兄さん的な感じでいてくれたけど。こいつは人の何手も先を読んで、相手を追い詰めるのが得意だ。
敵になったらゲームの先が分かっていても勝てない。絶対、アランとくっつけられてしまう。
だいたい、セドリックはアランルートに入らないと出てこないキャラだったはずだ。それが、なぜここで出会う。
「あまり妹をいじめないで下さい。クランベリー様」
サッと私とセドリックの間に入って自分の背に私をかばった。
2番目の兄、アルフレッド・ポートフェンだ。
容姿は私に、少し似ている。ただ、幼い頃から私をこんな風に庇ってきたせいか、年齢より年上に見える。
「アル兄様」
首だけ振り向いた兄は目で大丈夫だ、と言ってきた。
「ずいぶん人聞きが悪いな。アルフレッド」
セドリックは苦笑いしている。
「怯えてる子どもに絡んでるようにしか、見えませんでしたので」
「子どもって……あのなぁ、この学園にいるってことは今年デビュタントだろ? あまりに過保護なのもどうかと思うぜ。なぁ、リナちゃん」
私に視線を合わせるように、屈み込みながら兄の背にかばわれた私に訊く。
兄はさらに隠すように、身体をずらした。
でも……まぁ、それもそうだ。デビュタントの夜会は王宮で行われる。
当然、学園の外だ。学園の生徒であるうちは多少の不作法は許されると言っても、さすがにデビュタント後、未成年ではあるけれど一人前の淑女が、身内の陰に隠れることは許されない。
このままでは、その許されない行為を兄がしてしまいそうだ。
「そうですわね。失礼致しました。クランベリー様」
兄の背から出て頭を下げると、まだ自分の手が震えてるのが見えた。どんだけ怖いんだ。相手はまだ10代の少年だというのに。
「セドリックで良いっていってるのに」
少しブスくれて見える。
「兄がクランベリー様と呼んでるのに妹の私が、殿方のしかも上級生の方のファーストネームを呼ぶわけには参りませんわ」
にっこり笑ってそう言う。
セドリックは私の震えた手を見て、ため息をついた。
「悪かった。怯えさせる気は無かったんだ。お前もなぁ~、絶対わざとだろう。普段は名前で呼んでるのに」
「人の妹に、ちょっかいかける方が、悪いんですよ」
仲良いの?
セドリックは再度、私の方を向いて
「というわけで。よろしく」
関わりたくないです。笑顔は貼り付けておく。
無反応な私に、気を悪くした風でも無く。
「じゃぁ、またな」
と言って、去って行った。
完全にセドリックが見えなくなってから
「仲、良いんですか?」
と訊いてみた。アルフレッドは私の方を見て
「クラスメイトさ」と言って肩をすくめて見せた。
ああ……そういうこと、ですか。
「ところで、大丈夫かい? リナ」
震えが収まった手を両手で包んでくれる。
「アル兄様が……来てくれて良かったです」
はにかんだ笑顔で、甘えたこと言ってみた。
本当に。セドリックとガチで渡り合える人が絶対的な味方で良かった。
2人も相手に出来ません。
監視の気配がしてる廊下で、私のことを保護対象だと思っている兄の前では、絶対に言えないけど。
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