第7話 ソステヌート

夢だった。

バンドを組むこと。

でも、ボーカルは俺の声じゃ理想に届かない。

ハイトーンボイスなんて出せないし。

いくらミックスボイスを出せるようになっても、俺の声だと狭い声域は相変わらずだし。

何より歌える曲が限られる。

あぁー、高いキーも低音も、しっかり出せるようなクリアボイスの人いないのかなー。

それは、和也の希望だった。

ボーカルか……。

インターネットでも探すようにしたけど、あんまりなー。

有名どころは他からオファーありそうだけど、何よりそこまで惹かれないんだよな。

seasonsでも見つからないし。

どれも同じ音の羅列でつまらないんだよな……。

「はぁー……」

思わず溜め息が漏れているが、練習室に一人きりの為、和也には関係ない。ただ、自分の大きな溜め息に、また溜め息が漏れそうになるのを留めていた。

受験生同様、彼も来月には後期学科中間試験、年明けには実力試験と、三ヶ月連続で試験とつくものが行われる為、それなりの勉強は必要なのだ。

息抜きでもするかのようにギターを弾きたい所だが、今日はピアノに触れていた。理想的なピアノの音色を出すべく、練習室のグランドピアノで特訓中のようだ。

彼が楽器に触れない日はない。それこそ、高校受験前日はさすがに控えていたが、他は関係なく弾き続けていた。飽きる事なく練習を続けられるのだ。これもある種の才能だろう。

今も外は薄暗くなっている。放課後も集中して練習していた結果だ。

「暗いな……」

独り言も、やけにクリアに彼の耳に届いていた。

練習室を独占する度に、学生がこの設備を使わない事実に少し寂しさを感じていたのだ。

ケイの家みたく、設備が整ってるなら別だけど……。

勿体ないよな。

そう感じつつも、誰に止められでもなく、練習し続けられる環境は、彼にとって快適だったようだ。

高校に入学してから半年以上経つが、和也はすっかり練習室のぬしになっていたのだ。


「和也、遅かったわね」

「ただいまー。練習室、寄ってたから」

「おかえりなさい。健人も今日はバイトないから、もう着くって」

「そうなんだ」

テーブルには母が用意した二人分の夕飯が並んでいる。父と母はもう食べ終えたのだろう。平日の夕飯は帰宅時間が別々の為、大抵一人だが、今日は健人と一緒に食べる事になりそうだ。

和也が制服から私服に着替え、リビングに戻ると、スーツ姿の健人が帰ってきていた。

「おかえりー」

「お疲れー。和也のバンド、ネットで評判になってるな」

「そうなの?」

「今日、音楽好きの先輩がwater(s)知ってたんだよ」

「へぇー。その先輩、動画見てくれたのかな?」

「あぁー。はじめはライブハウスで見たらしくて、そこからファンになったから、動画見たって言ってたな。ネットで顔出ししてないから言えないけど、弟ですって言いたくなったなー」

食事をしながらも兄弟の会話は弾んでいる。自分の事のように嬉しそうな表情を浮かべる健人に、和也は照れくさそうになりながらも、喜んでいるのだった。




「ミヤー」

「ケイ!」

珍しく一年の教室に来た圭介に、和也は駆け寄っていた。放課後、帰宅する人が多い中、練習室へ行く所を呼び止められていたのだ。

「お疲れー」

「お疲れ。今日も練習室、寄って行くのか?」

「うん。何かあった?」

「いや、久々にアキとヒロが集まれるって言うから、マスターの所に行かないかなって」

「行く!」

勢いよく応えた和也に、圭介は笑っている。

「ラインきてたけど、見てないから誘いに来たとこ」

「本当だ。行くって返しとく」

「そうして」

和也はスタンプで『了解』と、返信すると、water(s)のグループラインは、すぐに既読になっていた。


「二人ともお疲れー」

「お疲れ」

「今日はホット頼んだけど、二人はどうする?」

「俺もホットコーヒーにしようかな。ミヤはカフェラテのホットにするか?」

「うん」

圭介が注文をカウンターで済ませると、いつもの席に四人で集まっていた。

「久々だなー。四人で集まるの」

「そうだな。ミヤはピアノ特訓中なんだろ?」

「うん……って言っても、まだまだなんだけどね」

「上手くいかないのか?」

「練習は順調なんだけど……。楽器店でめっちゃ上手い子を見てから、上達するように特訓中」

「そんなに上手かったのか?」

「うん。ピアニストになるんだろうなーって、くらい。帰りがけ、誰かに声かけられてたし」

「へぇー。それは聴いてみたかったな」

「ケイ達にも聴いて貰いたかったけど、それから見かけないんだよなー」

「どんな子?」

「うーん、色白のロングヘアーの子」

「意外だな。話ぶりから勝手に男なのかと思ってたけど、女子なんだ……」

「うん、外見はそれくらいしか覚えてないけどな。遠かったし」

「また会えるといいな?」

「そうだな」

即答を続ける和也に、彼らもその少女の音色を聴いてみたいと感じたようだ。

「それで、ボーカルはどう?」

「見つからない」

これもまた即答である。見つかる兆しが一向に見えないのだ。

「まぁー、気長にな」

「そうだな。ミヤが気にいる歌声って、気になるからな」

「あぁー。楽しみではあるよな?」

「ーーうん…ありがとう……。高校卒業までには見つけたい」

「俺らも一応候補になりそうな人がいたら、報告するからな?」

「ん……」

water(s)で活動するにあたって、スタジオやカラオケ店等で、目ぼしい人がいれば和也に報告するようにしていたが、今の所そんなに都合良く出合えてはいないのだ。

「大学受験って、実技試験もあるんでしょ?」

「あぁー。専攻楽器でなー」

「そうそう。定員数少ないから特訓中だよ」

「そうだな」

和也だけでなく、それぞれ専攻希望楽器を特訓中のようだ。側から見れば、弾けている彼らだが、難関大学と言われるだけあって、ただ弾けるだけでは話にならないようだ。

「それで年内にライブしたかったけど、厳しそうだから合否が出て以降になるな。四月にまた野外ステージと、春江さんも単独ライブ許可してくれてるから、落ち着いたら日程決めるって感じだな」

「うん、構わないよ」

和也のあっさりとした返答に、彼らの方が戸惑っていた。あれだけバンド活動を望んでいたのに、主だった活動が出来なくて大丈夫なのか? と、そう提案した圭介だけでなく、明宏も大翔も思っていたのだ。

彼らの視線で和也自身も気づいたのだろう。少し苦笑いを浮かべながら応えていた。

「ーーもちろんバンド活動は俺のやりたい事だったけど……。一生みんなと演奏できなくなる訳じゃないし。みんなが合格したら、また一緒に出来るだろ? それなら多少活動が出来なくても、大した事じゃないよ。一人でも出来る事は、色々あるから……」

「そっか」

「うん。それなら、いいんだけど」

「夢は諦めてないんだな?」

「ここにいる四人とプロになるって事? 勿論! それにボーカルもまだ諦めてないからな!」

彼の応えに、彼らは顔を見合わせ笑い合っている。仮ボーカルの和也のままでも、それなりにやっていける為、しばらくこのままでもいいのでは? と、彼らは感じていたようだが、どうやら和也だけは違ったようだ。

「で、今日はみんなの楽器と演奏したい」

「演りたい!」

「さっき、マスターに許可貰っといた」

「さすが、ケイ!」

こうして、アップライトピアノに和也が指を滑らせると、圭介のヴァイオリンに、明宏のチェロ、大翔のサクソフォンの音色が混ざり合っていく。鮮明な美しい色合いを漂わせた彼らは、久しぶりの四人での演奏に、胸が高鳴っていた。

ーー今のままで、現状はいいけど……。

このままだとwater(s)の将来性は薄い。

彼の頭には最初から、仮ボーカルのままプロになれるとは、少しも思っていないのだった。



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