第8話 エスプレッシーヴォ
街はイルミネーションで彩られている。クリスマス間近だからだろう。並木道を青く染め上げる電飾やクリスマスツリーにバカラのシャンデリア等、街が彩られている中、和也は冬休みになったばかりだ。
彼は後期学科中間試験を無事に終えていた。新入生代表挨拶をしたくらいに成績が良いのだから、当然と言われればそれまでだが、日々の積み重ねの結果だろう。
文化祭では居眠りをしていた彼が、授業中に居眠りをしそうになる事は一度もない。常に吸収すべく全開のようだが、音楽に関して限定である。
その為、苦手な化学や漢文の授業は丸暗記一択だ。試験さえパスすれば、身に付かなくても構わないのだろう。
バンドの練習は休止中の為、和也は楽器店を訪れていた。ギターがずらりと並ぶ店舗は、和也好みと言えるだろう。
地下では試し弾きも出来る為、彼は度々ここを訪れては弾かせてもらっていた。毎回、店長から話しかけられる程度には、顔馴染みになっていたのだ。
「ミヤくん、こっちも弾いてみるかい?」
「ありがとうございます!」
楽しそうにギターを弾く和也に、音楽好きの店長からも笑みが溢れている。年の差はあるが、ギター好きな所は二人の共通点のようだ。
「上手いもんだな。ミヤくん、まだ高一だっけ?」
「そうですよ」
楽器店の店長から見ても、彼の演奏は高校生らしからぬ演奏技術があるのだ。名器と呼ばれるギターを彼が欲しがるのも納得な様子で聴いている。
「店長ー、お問い合わせのお客様が……」
「はーい。今、行くー。ミヤくん、ゆっくり見てって」
「はい。ありがとうございます」
店員に呼ばれ、一階に駆け上がる店長を横目に、和也はギターの揃っている空間を静かに眺めていた。
最近、ピアノの練習ばっかりしてたから、ちょっとした息抜きだよな……。
レコーディング用のギターも欲しいよなー。
和也は店長が用意してくれた簡易の椅子に腰掛け、近くにいた店員に声をかけると、また試し弾きをしていくのだった。
「寒……」
楽器に最適な空調が効いていた店内とは違い、外は風が吹く度に耳がキーンと、冷たくなっていく。体の芯から冷える前に、和也は電車に乗っていた。
クリスマス間近という事もあるのか、駅前はカップルが多いようだ。小さな紙袋を持った男性も時折、見受けられる。
ーーカップルか……。
和也がいくら音楽一筋でも、全く恋愛に無縁だった訳ではない。ベタだが、バレンタインデーに告白された事くらいはある。義理の中に紛れた本命には気づかないが、ストレートに告げられた言葉には、律儀に断っていた。
そこまで、心が動いた事がないのだ。それこそ音楽以外で。
ある意味、音の変態と言えるたろう。周囲が愛だの恋だのと色めき立つ頃、彼はギターが恋人のようなものだったのだ。
永遠なんてないから誓うんだろうな……。
恋人だけに限らず、いつか散りゆく命。
永遠なんてない。
それを分かっているから、一期一会が大切で……。
探さずにはいられない。
諦める事なんて出来ない。
どうしてもプロになりたいんだ。
和也の中で変わらずに抱き続けた夢と、加速していく想いがあった。
彼は電車の窓から外の景色をぼんやりと眺めながら、歌詞が浮かんできたのだろう。携帯電話に文字を入力していく姿が、窓ガラスに映っているのだった。
「和也ー、久々に初詣行かないか?」
「えーっ、寒いじゃん」
こういう所はインドア派である。
大晦日の十二時を回ろうとしていると、健人が声をかけていた。和也の部屋では、小さなテレビに音楽番組が映っている。
「彼女と初詣、行くんじゃないの?」
「それが今年は実家に帰ってるんだよ」
「そうなんだ」
「近所だし、いいじゃん。甘酒飲めるぞ?」
「んー……」
気乗りがしないのは、音楽番組を見ているからだが、健人に押し切られる形で、真夜中から近所の神社へ行く事になった。
「寒いなー……」
「だなー。あと五分くらいで今年も終わりか……」
「早いなー。健人は四月には社会人かー」
「早かったなー」
「大学生活?」
「あぁー、四年間なんてあっという間だったな」
「健人は希望の職種でしょ?」
「まぁーな。建築関係の仕事に就けたのは、ラッキーだったけど、これからって感じだな」
「これから…か……」
先に大人になっていく健人は、希望の職種に就き、きっとこれから夢を形にしていく事だろう。和也にとっては、自慢の兄でもあるのだ。
「和也もこれからだろ? バンド、頑張れよ?」
「うん、ありがとう」
ーー無理な夢だと否定する事なく、応援してくれる……。
それが、どれだけ有り難いことか知ってる。
たまに本当に叶うのか? って、自問自答して不安になる時もあるけど、ぜったい叶えてみせる。
二人が甘酒を飲む干す頃、鐘の音が続く中、新たな年を迎えていた。
「あけましておめでとう!」
彼らは同時に言い合っていた。
新たな一年がまた始まるのだ。
お参りをすませると、おみくじを引いていた。和也の願いはたった一つだ。
えーっと、吉か……。
待ち人は……来る!!
即ち、ボーカルが見つかるという解釈だ。彼はおみくじに期待してしまう程、この一年積極的に探し続けていたが、見つけられなかったのだ。
隣にいる健人も運が良いのだろう。大吉を引き当てたようだ。お互いに結果を言い合ったりはしないが、兄が財布におみくじを入れた時点で、凶ではない事は確実である。二人とも幸先の良いスタートだと言えるだろう。
「帰ったら、また風呂に入りたいな」
「あぁー。結構、冷えたからな」
甘酒の力だけでは足りず、お参りに列をなして並んでいる間に、体はすっかり冷えてしまったようだ。
「和也が二十歳になったら、熱燗とか一緒に飲めるのになー」
「健人は、休みの度に晩酌しそう」
「否定はしないけど、普段は飲んでないぞ?」
「知ってる。今日ってか、昨日は大晦日だったから、父さんに付き合って飲んでたんだろ?」
「まぁーな。おかげで美味しいのが飲めたな」
彼らの父もお酒が好きなのだろう。普段は飲まないようだが、宮前家では季節行事に酒は欠かせないのだ。
足早に帰っていく中、和也はwater(s)で音楽をやっていけるようになる事を願っているのだった。
和也が実力試験を終えた一月下旬、受験生の三人は実技試験本番まで一ヶ月を切っていた。
「んーー……」
大きく伸びをした和也の目の前にあるテーブルには、出来たばかりの譜面やiPadが置かれている。新しい曲が仕上がったのだ。彼はギターを片手に弾き語りをしていく。今回はマイナースケールを元にした為、切なさを滲ませた楽曲となっている。これは、今の彼の気持ちとリンクしているからだろう。
water(s)でライブが演りたいな……。
みんなが同じ大学になったら、楽しいだろうな。
彼の作った曲は、恋人に限らず、大切な人との別れを歌っていた。切なさが滲んでいるのは、バンド活動をしたい想いが、多分に反映されていたからだ。
ベッドの上では、携帯電話のバイブ音が鳴っている。和也が電話に出ると、大翔の声がした。
電話で呼び出された和也は、いつもの喫茶店に来ていた。学校で見かける圭介以外は、会うのは二ヶ月ぶりだ。
「ミヤー! あけましておめでとう!」
「おめでとう」
今更な新年の挨拶に、和也の頬も緩んでいるが、理由はそれだけではない。久しぶりに四人で集まれる事が嬉しいのだ。
「休みの日に悪いな」
「いいけど、どうかしたの?」
「佳境の前の息抜き」
「あぁー。ミヤは今日も作曲してたのか?」
「うん。今日、出来たのあるから渡しとく。息抜きにでも使って?」
そう言って渡された楽譜は、息抜きにはなりそうにない仕上がりとなっていた。彼の作る曲に引き込まれ、何時間でも演奏したくなってしまうからだ。
「また…良い曲描いたな……」
「あぁー」
「そうだな……」
「そう? 今回はマイナーにしてみた」
和也にとっては日常なのだ。特に良い曲が出来た実感はなく、砂糖を入れたカフェラテを飲んでいる。頭を使っていた為、糖分が欲しかったようだ。
「ミヤ、またピアノ弾いてー」
「うん。息抜きなら、アドリブにする?」
「いいな! コードだけ決めてやってみるか?」
「あぁー、いいじゃん」
「そうだな」
和也の好きなコードに合わせ、四人の音が重なっていく。ピアノにヴァイオリン、チェロにサクソフォンと、心地よいハーモニーが広がっていた。
形は違うが、三人でアンサンブルを行なっていた頃の音色をマスターは想い返しているのだった。
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