かつてこれほどまでに本気で怒ったことがあるだろうか?
■
やっべぇ
まじやっべぇ
僕、菊池斗真ことゲイザーはヘルメットの中で冷や汗が止まらなくなっていた。
眼前ではライオットと五人の魔法少女が激闘を繰り広げており、時折こちらに飛んでくる流れ弾などは弾いておく。
「――ふむ……随分と面白いことになったな」
背後から声をかけられたが、声と熱でそこに誰がいるのかすぐに分かった。
『イフリート、何しに来た?』
「そう固いことを言うなゲイザー。
既に作戦とは異なる様相を呈している以上、ここにいても問題あるまい。
安心しろ、魔法少女は今後の我らの作戦でも利用するということは理解している故、手は出さん」
そうだね、ここでお前があの戦いに加わると言い出したらマジで殺してやろうかと思ったわ。
今こうして手を出さないのだって、ライオットがちゃんと魔法少女たちを殺さないように立ち回っているからだし。
とはいえ、先ほどよりもある程度本気で戦っているライオットを相手に五人の魔法少女は防戦一方だ。
「――しかし、ガーディアンズも何故あんなか弱い存在を協力者に選ぶのか。
エナジーの放出量だけを確保するなら他にもいくらでもいただろうに」
「……なぞ」
『フォラス、グラトニー……お前らもか』
基地で待機していたはずのフォラスやグラトニーまでこちらにやってきて、僕と並んで魔法少女たちの戦いを見ている。
もう作戦が無茶苦茶になったからってお前らまで来るなよ。
内心愚痴りつつも、元々は僕がへましたのが今回の作戦のズレの原因と言えなくもないので、黙っておく。
■
「なるほど、単なる連携だけじゃないな。
人数が増えたことで個人の力まで増している。
エナジーの出力が段違いだ」
「よく、言うわね! こっちの攻撃、全部さばいてるくせに!!」
茜の剣による連続攻撃をライオットはすべて最小限の動きでかわし、当たるどころか体勢を崩すことすらできない。
「まともに受ければ俺でも深手を負う。
それがどれほどの事実か理解した方が良い。
まぁ、奴の理不尽に比べれば可愛いものだがな」
そう言ってちらりとライオットは腕を組みながらこちらを見ているゲイザーを一瞥した。
「隙あり!」
「はぁ!!」
その瞬間を逃すことなく蒼が射撃、別方向から風花が刺突を繰り出した。
「阿呆、隙と余裕の区別もつかないか」
ライオットは一見無造作に裏拳を放ったかのように見えたが、その拳は茜の剣の機動をずらし、風花の槍の盾となる。
さらにそのせいで軌道がズレた槍がライオットに当たる前の蒼の放った矢を弾いてしまった。
「「「なっ!?」」」
一瞬にして、完璧なその対応に瞠目する三人。
一方でライオットはもつれるように肩をぶつけた茜と風花に蹴りを浴びせようとした直後、光の壁が発生した。
「ぬっ」
壁事砕くつもりだったが、結果的にライオットは蹴りの反動で後ろに跳ぶこととなった。
「固いな……ピンク、やはりお前が一番強いようだ」
壁を発生させたのは杖を構えている萌香
「正確な位置に一瞬にして、あれほどの強度の障壁を作り出す。
中々の逸材だ。しかし……追撃が出来ないあたりはまだ甘い――ぬぅ!?」
言葉の途中でライオットは痛みを覚える。
見れば、足にはいつのまにか鞭が巻き付いており、そこから電流が流れていたのだ。
「取った!」
五人の連携によってようやく見出した勝機
「パープル、お願い!」
茜と萌香がそう叫び、奈月はそれに答えようと電流を強めようとしたのだが――
「――遅い」
たったの一歩の動作で、ライオットは奈月の目の前まで迫り、拳を握りしめていた。
攻撃が当たったという事実に喜んでいたことで他の四人は反応が遅れ、奈月当人も攻撃を発するつもりだったので防御が間に合わない。
「ふっ!」
ライオットの掌底が奈月の腹部に叩き込まれ、まるでゴム毬でも投げられたかのように奈月の身体はその場から飛んでいく。
「パープル!」
「先輩!」
茜と風花が急いで奈月の元へと駆け寄り、萌香と蒼はそれ以上の追撃をさせないようにカバーに回った。
だが、ライオットはそのまま動かずに静かに魔法少女たちを見据えていた。
「……今、お前俺を殺そうとしたな」
ライオットは顔を動かさないが、その問いは魔法少女たちに向けられたものではなかった。
『さて、なんのことだ?』
その言葉に答えたのは、ネビュラシオンの総帥を名乗ったゲイザーであった。
そして魔法少女たちも、この時にゲイザーの傍らに三人の怪人らしきものたちが増えていることに気が付く。
「ちっ……いいから大人しくしていろ」
『言いがかりだ』
ゲイザーはそう肩をすくめる一方で、その傍らにいるイフリートと名乗っていた怪人は呆れた目をゲイザーに向けていた。
「――げほっ……」
一方でライオットの打撃を受けた奈月は、腹部を抑えながらもゆっくりと立ち上がる。
「パープル、大丈夫なの?」
「この、程度……っ……!」
茜の声に騎乗に振舞おうとしたようだが、足を付く。
「先輩、無茶しちゃ駄目ですよ!」
風花は奈月を支えて泣きそうにそう言う。
血こそ吐いていないが、相当なダメージだったのは言うまでもない。
魔法少女の衣服による緊急防衛機能が発動したのだろう。
一定を超えるダメージは強制でエナジーを魔法少女から吸収して相殺させる。
抑えきれないダメージで肉体的に疲弊しているのはもちろん、精神的にも相当な負担がかかった状態だ。
普通に考えて、もう奈月は戦闘は不可能であろうと、仲間たちは判断した。
「ひとまず、あと二人位は動けなくなってもらおうか。
格の違いを教えてやる」
ライオットは目の前に立つ萌香と蒼を睨みつけながら闘志を滾らせる。
「予定通りではあるがな、流石に部下を倒されたことに腹が立ってはいるんだよ、俺は」
「っ……負けない。絶対に、負けないもん!」
「さっきの電撃だってまったく効いてないわけじゃない。
一気に畳み掛ける」
■
「はぁ……想定通りに呆気ないな」
つまらなそうにそう呟くフォラス。
そして、その視線は僕にも向けられた。
「ゲイザー、本当に彼女たちは作戦に必要なのか?
確かに地球側には希望は必要かもしれないが……もっと他にいくらでも人選はいただろう。
ガーディアンズが適当な相手を用意するのを待ってからでも良いのではないか?」
『フォラス、それは愚問というものだ』
魔法少女の人選? 選ぶ理由?
そうだな、現実的に考えればそれは確かに非効率かもしれない。
だが……この世界は魔法少女がいる世界なのだ。
「……ゲイザーはガーディアンズの考えがわかると?
あの非効率な人選の意味があるのか?」
『甚だ不本意であるが……ガーディアンズは我と同じものを彼女たちに見ているということだろう』
「それはなんだ?」
『……ならばそこで見ていろ。
我が見たかったものをお前にも見せてやれるはずだ』
フォラスの言葉をそう打ち切って僕はその場から動き出す。
ライオットと戦う日向萌香と皆瀬蒼、そこに高坂茜と小緑風花も加わって四人で戦っているが、先ほど以上に決定打がない。
柴野奈月が倒れたことが相当精神的に彼女たちを追い詰めているのだろう。
――ここで魔法少女が倒れることは絶対にあってはならない。
それではこの作戦の目的が大いに狂う。
表向きにもネビュラシオン社会的な認知であるから総帥として僕がこの流れを止めることはできない。
しかし、真の目的である魔法少女たちの救世主としての印象を強めるためにはこれは大失敗となる。
だからこそ、もう一度柴野奈月には立ち上がってもらう必要がある。
…………いや、本音を言えば、そういう作戦とかはもうどうでもいいんだ。
ただ僕は、純粋にこの目で見たいのだ。
信じたいのだ。
どれほど辛い状況の中で叩きのめされたとしても、強者を前にくじけること無く立ち向かうその姿を。
それこそ、僕が好きになった魔法少女そのものだった。
――だから
『どうした、もう終わりなのか』
――どうか見せて欲しい。
『紫の魔法少女』
――君の立ち上がる姿を。
■
一瞬にして、柴野奈月の前に現れたゲイザー
まともに動けない奈月はゲイザーの姿を確認して恐怖を覚えた。
『安心しろ、こちらに攻撃する意思はない。最初から』
ゲイザーは安心させるようにそう言うが……続くその言葉には確かな悪意が込められていた。
『所詮、この程度なんだからな、君は』
「……なん、ですって……!」
奈月は顔を少しだけ上げてゲイザーを見上げる。
睨んでいるようだが、その目には覇気がない。
そんな奈月の態度を無視して、大袈裟に肩をすくめるようなジェスチャーを見せるゲイザー
『君の境遇には正直同情するよ。
ああ、とても可哀想だ』
ゲイザーのその言葉に、怒りを覚え、顔を完全に上げた。
「ふざ、けんじゃないわよ……!」
『ふざけててなどいないさ。
君は哀れで、とても弱い。
だから……』
ゲイザーはその手を奈月の方へとゆっくりと差し出した。
『今からでも遅くはない。
手を取るがいい、魔法少女。
我に協力しろ。そうすれば、ライオットは退かせてやる』
「あ……」
ゲイザーの言葉に、奈月は迷いを見せた。
そして、未だにライオットと戦う四人を見た。
『どうせ君には何も守れない。
今までも、そしてこれからも』
「わた、し……は……」
ゲイザーの言葉に、未だに知らぬ生まれ故郷の存在と……そして、目の前でその姿を消した部下だった男のことを思い出す奈月。
あげていた顔を、再び伏せてしまう。
『だからこそ、ただ我に支配されていればいい。
そうすれば、君の代わりに我が彼女たちを守ってやろう。
君では守れないものも、我なら守れるのだからな』
思考がどんどん停止していく奈月に、その言葉はとても甘美なものに聞こえた。
『以前の君では果たせなかったが、今の君ならばエナジーを十分に生み出せる。
さぁ、来い、ネビュラシオンは君を歓迎しよう。
誰もが君を必要としてくれる、決してもう君は迫害などされない、居心地のいい場所だぞ』
「……本当に……」
『ん?』
「……もう、みんなには手を出さないで……守るって、誓えるの?」
『…………ああ、その点は約束しよう』
ゲイザーの言葉を聞き、奈月はその手をゆっくりと伸ばした。
この手を取れば、もう何も恐れることは無いのだと、もう何も失わなくて済むのだと、もう誰もいなくならないのだと、自分に言い聞かせる。
そして握ったその手は……奈月が思っていたよりもずっと小さくて……そして、温かかった。
「――そんなの、絶対に違う」
強い意志のこもった言葉が、傍らから聞こえた。
顔を上げれば、先ほどまでライオットと戦っていたはずの日向萌香が、奈月の傍にいたのだ。
そして、ゲイザーに伸ばしていた手を、萌香が先に握りしめ、その杖をゲイザーへと向けている。
「あなたは間違ってる」
『それを言うために、わざわざライオットの相手を三人に任せたのか?
そうとう追い詰められているようだが……我に攻撃の意志はない。杖を下せ。
我はただ君たちと言葉を』
「――だったら、これが返答です」
ピンク色の閃光が瞬く。
杖から放たれたのは、確かな攻撃の意志のこもった魔力弾だった。
『……意外だな、君は五人の中でもっとも温和な気質に見えたのだが』
しかし、ゲイザーは一瞬にして拳でかき消してその場に悠然と立ち続けている。
とはいえ、萌香の攻撃には少なくない驚愕の感情を抱いていた。
「――自分でも驚いてます。
そして…………多分生まれて初めて、人に向かってこの言葉を言います」
日向萌香は、確かな敵意を持ってゲイザーを睨む。
「――あなたなんか、大ッ嫌い!!」
その言葉と同時に放たれる魔力の弾丸。
ゲイザーはそのすべてを弾き、回避して無傷であるが、流石に数が多いとその場から下がった。
「……萌香?」
初めて会った日から、ずっと見てきたその少女の怒りに、奈月は唖然とした。
敵として現れてから今日まで、彼女がここまで怒ったところを見たことが無かったからだ。
まして、内容はともかく話し合いを求める相手を攻撃するなんて今までの萌香のことを知る奈月には想像すらできなかった。
「――奈月ちゃん、ごめんね」
「え――」
敵の目の前で名前を呼ばれたことに驚き、そして続けざまに頬に痛みを覚えたことに驚く奈月。
自分の叩かれた頬を触れながら見れば、目に涙を浮かべた萌香がいた。
「もっと、自分のこと大事にして。
そんなんじゃ……あの人も喜ばない。
それに……それに、私は、そんなの絶対に嫌だ! 奈月ちゃんが、あんな人に取られるなんて、絶対に嫌っ!!」
「……何言ってんのよ?
状況、分かってるの?
……私たち、負けたのよ?」
奈月は再び俯こうとしたその時、萌香がその顔を両手で触れて強引に顔を上げさせた。
「まだ負けてない!」
「負けてるじゃない、今だって……全然、何もできてない!
このままじゃ……いつか必ず……また誰かが、いなくなる!
そんなの……私、もう……そんなの耐えられない!」
奈月は顔に添えられた萌香の手を掴み、引き離す。
自然とその目からは涙が零れ落ちていく。
「私が、守るよ」
引き離された手は、今度は奈月の背に回された。
萌香は奈月を力強く抱きしめる。
■
日向萌香からの弾幕を完全に回避するため、僕はその場から少し強めに後ろに跳んだ。
「……おい、何をしている」
結果、ライオットの傍に着地。
日向萌香と柴野奈月以外の魔法少女を相手にしていたライオットだが、僕が来たことによって攻撃の手を止めて僕を咎めるように見てくる。
『いや、暇そうだったのでちょっと勧誘をと思ってな』
「……手負いの獣がもっとも狂暴だということを知らないのか貴様は」
『獣にそう諭される日が来るとはな』
そんな軽口を返すと、ライオットは訝し気な目を向ける。
「何を喜んでいる?」
喜ばずにはいられない。
――今、僕の視線の先では日向萌香と柴野奈月が抱き合っている超絶レア百合シーンが展開されているのだから。
ちゃっかり張られて防音結界で何を話しているのかは聞こえないが、口の動きで大体の内容については理解できている。
流石だ、完璧だよ日向萌香!
君は僕の想像通りの主人公っぷりだよ!!
そんな歓喜に、自然と体が震えてしまう。
「……なんだ、このエナジーの放出量は?」
僕が歓喜に奮える一方で、ライオットは日向萌香と柴野奈月を見て全身の毛を逆立てた。
「何をする気か知らないが、そうはさせ」『待て』
ライオット、今良い所だから邪魔するな。
「放せ、このエナジー、見過ごすことはできんっ!」
『我は待てと言っている。
大人しく見ていろ』
「何を悠長な――っ!」
「仲間割れしてる今がチャンスよ!」
「これで!!」
「やぁあーーーーーーーーー!」
ライオットを呼び止めている間に、他の三人の魔法少女が僕たちに襲い掛かってきた。
あ、ちょっと、今攻撃されると肝心なところが見えないんだけど!?
そう心の中で叫びつつ、僕は皆瀬蒼が放ってきた魔力の弓矢を回避し、どうにか二人の様子を見ようとしたら、前方が炎の壁によってふさがれた。
「――なんとしても今の二人を守るポム、絶対に近づけさせちゃ駄目ポム!!」
「「「了解!」」」
いつの間にかちゃっかり復活してたマスコット
いや、初めから邪魔する気ないんですけど!!
邪魔しないからちょっと二人の様子を見させてくれ!!
そんな願いを実際に口にするわけにはいかず……
「――もう、私は迷わない」
「――私は、絶対にみんなを守って見せる」
そんな言葉が聞こえた。
同時に、まともに魔力を感じられない僕ですら異常な圧を感じた。
周囲はまばゆい白い光に包まれ、僕の視界を塞いでいた炎も消える。
「ゲイザー、私は……ううん、私たちは」
「絶対にあんたなんかの言う通りにならないっ!」
その言葉が頭上から聞こえた。
見上げると、そこには天使がいた。
そうとしか表現できないような、その光景に僕だけでなくその場にいた誰もが息を呑む。
そして、ようやく現実を受け止められた僕は、ヘルメットの中で喜び余り口が勝手に歪む。
『そうだ……これだ、これこそが……!』
今までの魔法少女の衣装よりも白を基調としたいて、背中から光の翼を生やしている日向萌香と柴野奈月
その体から放たれる威圧感は、これまでと比較にならないほどに強い。
つまり、この状況を一言で表すのなら………………
パワーアップイベントキターーーーーーーーーーーー!!
つまりそういうことである。
でも肝心な変身シーン見れなかったので、ライオットとマスコットはいつか殺す。
絶対だ。絶対に殺す。
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