いや、そこまでの絶望は求めてないんだけど……



「――茜、もっと急いで!」


「わかってる!」



今、紫と赤の魔法少女たちが街の中を疾走していた。


紫の魔法少女 柴野奈月と、赤の魔法少女 高坂茜である。


建物の屋根、時には標識や信号機、電柱すら足場として疾走する。


認識阻害で周囲から自分たちは見えないようにしているが、本来はこんな目立つような行動は禁止されていた。


そんなことをしなければならないほどに今、彼女たちは急いでいたのだ。


最近は活動が控え目なネビュラシオンの警戒のため、今回菊池斗真に接触している日向萌香と、それを監視している皆瀬蒼、小緑風花の三人が現地にいた。


本来心配するようなことは何もない、はずだった。


事態は急変し、奈月がネビュラシオンに所属していた時では考えられないような大量の怪人や異形が一気に出現した。


絶対的な力を持ちながらも、これまで慎重な総帥であるカイザーには考えられないことだった。



「一体何が起きてるの……?」



自分が組織に所属していた時には考えられないその事態に戸惑いつつ、問題のショッピングモールへと到着した奈月と茜。



「な、なによこれ……?」



そこにいたのは怪人や異形ではなく、その死体と思われる物。


殆どが原型をとどめていない肉片ばかりだ。



「あの子たちじゃない……わよね、これ?」


「あの三人ならこんなの残さない。浄化の魔法で痕跡を消す」



仲間である三人の魔法少女は、この町の平和を守るため、こういった現場は戦いが終わった直後に痕跡を魔法で消す。


まして、ここまで過剰に相手の肉体を損壊させるような攻撃もしない。


やるとしても弱らせて隙を作ることだ。


その隙に、HESという仮初の肉体を操るネビュラシオンの怪人や異形の本体である精神体を引き剥がすことが魔法少女たちの撃退方法。


HESをその後捕獲し、パロンの所属するガーディアンズに引き渡すまでが魔法少女たちの仕事と言える。



「……酷い……これ、もう……」


「ええ……精神体は既に残ってない。


肉体損傷の痛みに耐えきれずに崩壊したのね」



茜が口元を抑える一方で、奈月は冷静に状況を分析し、浄化の魔法を使いながら周辺の死体の痕跡を消していく。



「っ……茜、ここは任せていい?」


「構わないけど、どうしたの?」


「中に多分知ってる奴がいる」


「もしかして……あの下僕くん?」


「あいつは魔力とか発生させないからわからないわよ。


あいつといつも一緒にいるスライム。だからいる可能性は高い」



そこまで行って、奈月はショッピングモールの中へと急ぐ。


人混みが邪魔だったが、魔法を利用し、姿を消しながら跳躍したので混乱はない。



「萌香!」



そして見つけた。


萌香がおそらく保護したであろう子どもを抱きしめているところ。


――そして……



「……え」



見覚えのある背中が、無数の触手によって貫かれた光景が、そこにあった。




無数の触手に体を貫かれたように見える黒衣の男


服の内側から突き破られたその触手は、ジュウジュウと音を立ててその衣服を溶かしている。


そして……



「な、お、おい!」



男は戸惑いの声を上げた。


その体は触手によって引っ張られているのか地面から足が離れていく。



「先輩!!」



日向萌香が悲鳴をあげたが、そんなものは何の意味もないというかのように、男はその体を引っ張られ、触手の根元である巨大なスライムの元へ行き――大口を開くかのようにスライムは形を変える。



「あ……あ……!」


「っ、見ちゃ駄目!」



咄嗟に、自分の腕の中で震えだすタイガの目を覆う萌香。


その一方で萌香はその光景を目にしてしまう。


まともに抵抗することができず、男はスライムに捕食された。


その瞬間にスライムの液体の色がどす黒く変わり、中がまったく見えなくなった。


数秒ほど、その体全体がうごめいて……そして、何かが勢いよく吐き出された。


それは溶けてはいるがまだ形がしっかり残っている。



――さきほどまで男がかぶっていたヘルメットだ。



「あ……ああ……」



それを確認し、日向萌香は視界が暗くなっていくような錯覚に陥る。



「――なに、してんのよ」



そんなところに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。萌香は声の下方向を見ると、そこに立っていたのは柴野奈月だった。


そして、今、最もこの場にいてはいけなかったはずの人物だ。



「ねぇ……答えなさいよ。


喋れるの、知ってるのよ」


「ま、まって奈月ちゃん……そのスライムは危険なの!」


「――答えなさいよ!!」



その手を振り上げると、その手に鞭が出現する。


そして紫電を纏ったかと思えば、スライムへと勢いよく打ち付けられた。



「吐け、吐き出しなさい! 早く、あいつを、吐け、吐け!!!!」



鬼気迫る形相で、スライムに向けて何度も鞭を打ち付ける奈月


しかし、スライムはそれらの攻撃が一切効いていないといわんばかりに奈月を無視し、最初に自分が出てきた穴へと潜っていく。



「待て、逃げるな!!」


「――そこまでポム」



スライムを追撃しようとした奈月だったが、それを魔法少女たちの司令役であるパロンが止めた。



「邪魔するな!!」


「そこのヘルメットを見るポム。


下級戦闘員用でも、かなり頑丈なのは奈月も良く知ってるポム。


……それですらここまで溶けてるポム」



パロンが指した方向にあるのは、原型こそ整えているが、大きな穴が開いてヘルメットとしての機能が果たせなくなったものだ。



「……あの強力な酸を直で浴びれば、魔法の障壁で守られている君達でもタダでは済まないポム。


まして……いくら強い力を持っていたとしても、障壁を持たない彼は……」


「うるさい!!」



パロンの言葉を無視し、奈月はスライムが潜っていった穴へと単身で飛び込んだ。



「奈月ちゃん!


パロン、タイガ君をお願い!」


「萌香、待つポム!」



パロンの制止を無視し、萌香もすぐに奈月の後を追って穴に飛び降りた。


だが、そこには地下駐車場があるだけで、壊れた車や溶けて不自然に凸凹になった地面があるだけだった。



「どこに行った! 出てきなさい!!」



血を吐く様な強い敵意を込めた声が地下駐車場に木霊する。



「先輩! 菊池先輩!!」



同じように萌香も叫ぶ。


しかし、沈黙しかその場には帰ってこない。


もうこの場に、先ほどの巨大なスライムがいないことは明白だった。


ネビュラシオンの怪人や異形は魔力を使って転移することができる。それを使われてしまったのだろう。


地球上内部の転移なら魔力の痕跡を追うことはできただろうが、ネビュラシオンの基地がある別次元への転移となると話は別だ。


その次元への干渉を弾かれるように結界が張られているからだ。


故に、かつての奈月ならばまだしも、裏切ったことを知られた今はもう向かうことはできない。




「そんな……私の、せいで……」



その場に崩れ落ちて涙を流す萌香。


一方で奈月は、そんな萌香を見て愕然とした表情になる。



「……菊池斗真が、あいつだったってこと?」


「……うん」


「そんな……じゃあ……あの時……もう会ってたっていうの……私は……?」



萌香と同じように、奈月もその場に座り込んでしまった。


その眼に涙は無いが、他の感情もない。すべてが消え去ったかのような虚無感だけが残る。


そんな二人を、穴の上からパロンは眺める。



「……今の二人はもう戦えないポム」



――普通ではありえないネビュラシオンの行動は、まだ続いていたのだ。


だが、今の精神状態のあの二人に戦場に赴いてくれとはとても言えなかった。


仮に向かわせたとしても、感情――精神力をエネルギーとする魔法を使う以上、足手まといになる可能性すらあった。



「――パロン、まだ戦いは終わってないの?」



声がして、振り返ると高坂茜、皆瀬蒼、小緑風花の三人がいた。


三人とも、今来たばかりで状況を完全に把握はできていない。


――だが、察しは着いた。


何故なら近くには見覚えのある壊れたヘルメットが落ちているのだから。



「っ……」


「……そんな……」



先ほどのスライムを見た皆瀬蒼、小緑風花は状況を理解して顔色が悪くなる。



「…………パロン、ネビュラシオンの侵攻はこれで完全に終わったの?」



ヘルメットについて尋ねようとした茜だが、今はそれ以上にこの異常事態の把握の方が先決と判断した。


周囲へ魔法の痕跡を残すことを徹底して防ぐパロンがその指示を出さない時点でまだこの異常が終わりではないと判断したからだ。




「今、ネビュラシオンの幹部クラスが同時に二体出現したポム。


放っておけば、たくさんの被害が出てしまうポム。


けど…………今のあの二人はとても戦える状態じゃないポム」



地下駐車場につながる穴を覗き込み、萌香と奈月のその姿を見て茜は頷く。



「……そうね。私が一方を受け持つわ。


もう一方は……二人で行ける?」


「……私は大丈夫。風花……あなたは残った方が良い」



風花は菊池斗真という人物を五人の中で一番知っていた。


その人物が死んだ直後では、心優しい彼女は戦えない。


そう判断したのだが……



「いいえ、私も……行きます」



無理をしているのか、そう思ったが違う。


今の風花の抱く感情は、怒り。


普段の彼女には考えられないほど、怒りがそのうちに渦巻いていた。


良くはない。この状況は彼女にとっては良くはない。



――だが、今は一人でも戦力が欲しいことも事実。




「……蒼、頼めるポムか?」


「わかった、任せて。そっちも萌香をお願い」




蒼の言葉にしっかりと頷くパロン。



「ガーディアンズには既に応援を頼んだポム。


無理はせず、どうにかそれまで被害を抑えるようにしてほしいポム」



パロンの指示を三人は了承し、それぞれの魔力を感じる場所へと移動する。


残されたパロンは一人、その小さな手を握りしめる。



「情けない……情けなさすぎる……こんな時ですら、彼女たちに頼ることしかできないなんて」





「……で、なにこれ?」



どうも、ゲイザーこと、菊池斗真です。


普通にバリバリ生きてます。ちなみに今は服は殆ど溶けてしまったので私服に着替えています。


先ほど、魔法少女を守るために酸を拳圧で吹き飛ばした直後、グラトニーから触手が伸びてきて、何をするかと思えば溶けて穴が開いた個所に触手が入ってきた。


攻撃ではなく、体をまさぐられる感覚に戸惑っていると、服の内側から背中を触手が貫通。


背後から僕が触手に貫かれたように見えたのだろう、日向萌香の表情が驚愕に凍り付いていた。


情況が呑み込めずに戸惑う僕だったが、そのままグラトニーに触手で引っ張られ、食われたように見せかけられたところで強制的に転移魔法を掛けられて……


で、今、僕はネビュラシオンの地球支部基地に送られ、いつぞや利用した会議室にいた。


席にはグラトニーと、そしてフォラスがいる。


イフリートとライオットは予定通りに動いているようだ。



「ゲイザーの目的達成のために邪魔者の一掃と、不安要素“下僕”という存在の抹消だ」


「……グラトニーが出た時点でなんとなーく読めていたけど、今回の反乱を仕組んだのはお前だな、フォラス」


「いつかしなければならないことだったからな、どうせならまとめてこなしてしまいたかった」


「それなら僕に一言通すべきだろ」



僕、今はこの組織のトップなのに。



「敵を騙すためにはまず味方から、というだろ。


これは二番目の下僕の存在抹消につながる」


「僕は普通に生きてるわけだが?」


「消したのはあくまでも、裏切り者であるあの女の部下というお前の一面だ。


ここ数日の情報で、やつはお前の素顔を知らないのはこちらも承知していた。


やつらの動向を探る意味でも、菊池斗真という人物とネビュラシオンはつながりがないという認識を魔法少女たちに植え付けた方が良い」


「……なるほど。僕が何食わぬ顔で出てくれば、魔法少女たちは僕と下僕は別人だと思うわけか」


「そういうことだ。


なにより、ガーディアンズから派遣されている者は人の感情の機微に敏感だ。


表情や声音などから演技しているとバレる危険があった。


だが……お前が演技をしてなかったおかげで、奴らはまんまと俺たちネビュラシオンにお前が抹殺されたのだと奴らは勘違いしたぞ」



そう言って、フォラスはパチンと指を鳴らすと、その姿が変化した。



「……は?」



その姿に僕は開いた口が塞がらなくなった。



「……タイガ?」



僕の目の前にいたのは、先ほどショッピングモールにて出会った迷子のタイガがいたのだ。



「どうだ、私の変装もちょっとしたものだろう。


お前が死んだと本気で思いこんでいるのを、しっかりとこの目で確認してきたぞ」



日向萌香に抱き着いていた時の小生意気な雰囲気はそこにはなく、いつも通りのフォラスの皮肉っぽさが残っていた。



「…………よく気付かれなかったな。


僕以上にパロンが近くにいたのに」



もう、驚き過ぎて怒るという感情は無くなって感心してしまった。



「得意ではないが、これでも長生きでな。


たかが百年程度しか生きていないあの若造に気取られることはない」



薄々わかってはいたけど、あのマスコット超絶長生きしてたんだな。


わかっててもあの見た目で百歳って……



「といっても見た目だけだ。


知らない相手に化けるならいいが、知人に化けて敵に接触とかは勘弁してほしい。入念に調べなければボロが出る」


「いや、十分スゴいって……でも、そんな技術どこで身に着けたんだ?」


「老若男女で意外と食べられるメニューが変わってきてな……特にレディース限定の食事など多いので、必要に駆られてやっているうちにな」



食べ歩きのまさかの副産物。こいつの食い意地って意外と強い。



「まぁ、そんなわけで今後はもう正体を気にするリスクは減ったわけだ」


「確かにそれなら大分僕の魔法少女のかん――し、は楽になった」


「今の間はなんだ?」


「ちょっと咳が……」



あっぶね。危うく普通に観察って言うところだった。


流石にこいつに僕の趣味まで話すわけにはいかないもんな。



「でもさ、今後僕はどうすんの?


ネビュラシオンとして活動するための戦闘服が無いのは流石に困るんだが……同じものを着るのか?」


「それではまた同じ疑いを掛けられることもある。


もういっそ、新しい衣装を用意すべきだろう。そして……ライオットの意見もここに取り入れさせてもらった」


「ライオット?」



なぜここで奴の名前が出てくるのだろうか? というか奴は僕が菊池斗真として学校に通ってることは知らないはずだが……



「グラトニー、例の物を」


「はい」



フォラスの言葉に従い、グラトニーは席から立ち上がって一度部屋を出て、数秒後にアタッシュケースを持って戻ってきた。


そしてそれを僕の前に置き、ロックを外して開帳する。



「……これは……」



中に入っていたものを見て驚く僕。


そんな僕を見て、フォラスは愉快気に笑った。



「どうだ? 我らが新しき総帥に、相応しき衣装だろう」



僕は手を伸ばし、そこにあった新しい衣装を手に取る。



「……へぇ、悪くないじゃん」

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