こんなの僕のポジションじゃねぇ!

迷子を迷子センターまで連れて行ってはいさようなら……とは簡単にはいかず……


タイガという子どもは日向萌香が離れようとするとギャン泣きしてしまうのであった。


日向萌香は元々かなり面倒見がいいので泣いている子どもを放っておくことはできず……



「あの……せめてこの子のお母さんが来るまでここで待ってちゃ駄目ですか?」



とても申し訳なさそうに僕に聞いてきた。


すこしもったいない気持ちはあったが、そもそもこうやって時間稼ぎすることが僕の当初の狙い通りなので、問題はない。



「いいよ、僕も心配だし」



時刻は10時40分を回った。


あともう少し時間を潰したいところだが……



「うー……」

「きゃあああ!」

「ぶー、ぶー」



迷子センター、テラカオス!


デカいショッピングモールだとは思っていたが、迷子ってこんなに多いものなのだろうか?


というか、休日だとやはり昨日よりは子どもが多いらしい。



「熊さんはお友達の山羊さんと一緒に――」



日向萌香はタイガに絵本の読み聞かせを始めたら、周囲にいた子どもたちもわらわら集まっていて、ある程度静かになっている。


最初に来た時はもう耳を塞ぎたくなるような大騒ぎだったからね。



「すいません、お手伝いしてもらって……」


「あ、いや、僕は全然何もしてませんから……お礼なら後で彼女に」



迷子センターの係のお姉さんが申し訳なさそうに謝ってきたが、僕は何もしてない。


というか、何かしようと迂闊に近づくと子どもたちが一斉にギャン泣きするので近づけない。


……真面目にこの体質問題だと思う。あとでフォラスに相談しよう。



「本当にすいません。折角のデート中に」


「あー……いや別にデートというわけでは」


「やっぱり」



何がやっぱりだ? ん?



「やっぱりって……どういう意味ですか?」


「あ、すいません、なんだかお二人の距離が恋人とは違ったように見えたので」


「まぁ、その通りですけど」


「でも、彼女のこと気にはなっていますよね」



この迷子係ちょっとづけづけ訊いて来るな。



「否定はしませんけど、そちらの思ってるようなものではありませんよ」


「……ふむ……ですが、彼女、同性の私から見てもかなり可愛いですよ。


そうやってまごついていると他の男に取られちゃいますよ」


「――それは絶対にさせません」



魔法少女が男とくっつく?


冗談ではない。


そんな下種なことを考える野郎が現れたら即座に――――



「――――」



ふと、突如顔色を悪くした係の人の顔が目に入った。


――やべ、もしかして殺気立った?


冷静になって周りを見ると、絵本の読み聞かせを聞いていた子供たちや、関係なく鳴いたり騒いだりしていた子供たちまでこちらを見ていた。


全員が顔色が悪い。



「……先輩?」



恐る恐る、という具合に日向萌香が僕を見ていた。



「あ、え、あー、ちょっとトイレに行ってくる、あははははははは!」



今はこの場にいるのはまずいと判断し、僕は急いで迷子センターから出たのだった。





――菊池斗真が部屋から出た直後、それを合図にしたかのように子供たちが一斉に泣き出した。


放心していた係の人も、萌香も慌てて子供たちをあやす。


子どもたちをあやしながら、何が起きたのかわからなかったが、日向萌香も先ほどの一瞬だけ、感じ取った。


鋭利な刃先で、薄皮一枚切るかどうかの加減で肌を撫でられたような、そんな感覚。


思い出すだけで自然と身震いをしてしまう萌香は、そっと自分の腕を服の上からさすった。



(萌香、どうかしたポム?)



通信の魔法で、周囲には聞こえないように声を届けるパロン



(パロン、今、何か感じ取らなかった?)


(魔力は特に何も感じないポムよ)


(そういうのじゃなくて……もっとこう…………なんていえばいいんだろ……気配というか……)


(……ポーチの中で音は聞こえても何があったのかは見えなかったポム。


突然静かになったと思ったら急に子供たちが泣き出して……何があったポム?)


(……私もよくわからなくて、急に先輩が怖い顔をしたと思った空気が重くなった……ううん、冷たくなったというか……とにかく、それで先輩が慌てて部屋を出て、そしたら子どもたちが一斉に泣き出して……)



魔力でもなく、単なる威圧であそこまで雰囲気が変わるのかと萌香も自分で体験した今でも半信半疑な気持ちであった。



「――あの、ごめんなさいね」



パロンに魔法で事情を説明していたら、迷子センターの係員が萌香に声をかけてきた。



「え……あ、いえ、別に子どもが泣き出してしまうのは仕方がないことなので」


「そうじゃなくて……お連れの男の子の方に……その、私余計なこと言ってしまって不機嫌にさせてしまったみたいで」


「……えっと、どのようなことを?」



これまで一緒に行動してみて、菊池斗真という少年はかなり温和な性格をしていると思っていた。


それが先ほどの様に周囲の雰囲気が変わるような……そんな怒り方をするのだろうかと。



「……うーん……あまり言わない方が良いのかもしれないけど……あなた当事者だし知っておいた方が良いわよね」


「は、はぁ……」



小声で、周囲には聞こえないように、係員は萌香に耳打ちする。



「彼、あなたのことかなり好きみたいで、急がないとあなたのこと取られちゃうわよっていったら急に怖い顔になったの」


「……え」



係員の言葉に急激に顔が熱くなったが、係員は言葉を続ける。



「悪いこと言わないから、彼とは距離おきなさい」


「――それ、どういう意味ですか?」


「言葉通り。私も変に踏み込み過ぎたこと言ったのは反省するけど……あの子はやめた方が良いわ。危なすぎる。


人生の先輩からの助言よ」



そこまで行ったら、係員は未だに泣いている子どもの方へと行ってしまった。


萌香はそれ以上聞くことができず、胸の内にしこりが残る。


菊池斗真はいい人だ。


だけど……それを危ないと事情を何も知らない他人が言った。


普段なら間違いなく萌香は係員の言葉を信じない。だって目にしてきた真実があるのだから。


でも……先ほどの威圧感を覚えた直後では……係員の言葉を真っ向から否定もできないのであった。





「失敗したぁ……」



僕、菊池斗真は男子トイレの個室で頭を抱えていた。


迷子センターから出たはいいが、監視の魔法少女二人がいる現状では落ち着かないとトイレの個室に入ったのだ。


魔法少女でもなんでもない、同じモブの言葉に動揺させられるとは……不覚。


僕のモブとしての自覚が薄かった。



――♪~~♪~~



ポケットから聞こえてきた着信音


私用のものではなくネビュラシオとの連絡用だ。相手はフォラス。


フォラスの連絡ならば今日の作戦に関することだろうと応答する。



「……もしもし?」


『――今話せるか?』


「手短にお願いね」


『離反が起きた』



一瞬、フォラスが何を言っているのか理解できなかった。



「……は?」


『昨日のショッピングモールで暴れてやると、お前にもともと不満を持っていた連中が向かっている』


「え、な、え……なんでここに?」


『今回の作戦は今で我慢していた分大暴れできる。


その混乱に乗じてお前を殺すためだ』


「……はぁ?」



カイザーを倒した時、僕の力は見せつけたはずだが……



『どうやらお前は実際には強くなく、グラトニーの力によるものだという噂が流れているらしい。


グラトニーは今はこちらにいるから、今のお前なら楽に倒せる……そう唆した奴がいるらしい。


どうする?』


「ちっ……ゴミどもが…………しかたない、僕が直接粛清する。


一般人に被害が出ると今後がやりにくい。


今日、殺していいのは警察や自衛隊だけだ。この決定に変わりはない」


『了解した――今着替えをそちらに送った』



通話を切ると同時に、僕の目の前に大きなカバンが出現し、その中には僕の“下僕”としての衣装が入っていた。


急いで着替えて、元々の荷物を鞄へと詰め込むと、鞄はその場から消えてフォラスに魔法で回収された。



「――ややこしいのは、全部潰さないと」



僕は周囲の気配を探り、窓から外へと出て一番近くにいる怪人たちの元へと向かった。





ショッピングモールの駐車場


普段なら車と人の出入りが激しい場所だが、今日はそれとは違う集団がいた。


――はっきりと言って、その集団は異様だった。


頭が動物だったり、羽が生えて居たり、もしくは下半身が人ではなく四足だったり昆虫だったり蛇だったり……レパートリーは豊富で、最初はコスプレの集団化と思った者たちもいただろう。


だが、すぐにそうではなく、危険な偉業の存在なのだと気が付く。



――近くにあった車が爆発し、車体が宙に舞う。


――街路樹が輪切りにされる。


――アスファルトが砕け、地面が陥没する。



そんな非現実的な現象が目の前で起きて、スマホを構えて撮影していた若者は唖然と足を止めた。


次の瞬間、その人物の身体に糸が巻き付く。


糸を辿れば、集団の中の一人……いや、異形の一体、芋虫のような顔の異形の口から伸びていた。



「――ひ、ぃ」



手からスマホがこぼれ、口からも恐怖で引き攣った声が漏れる。


しかしその糸は突如として斬られた。



「――そこまでです」



周囲に風が吹いた。


その風が糸を切ったのだと若者が理解したときには、目の前に見たことのない衣装を身にまとった少女が二人いた。


西洋の衣装――この世界では超ド級が付くほどのマイナーなゴシック・アンド・ロリータという様式の格好に、明るい青と緑をそれぞれ基調とした衣服を身にまとう少女がいた。


しかし不思議と、その二人の顔を若者は認識できない。


可愛いとは思うのに、その顔を上手く認識できず、スマホに手を伸ばして撮影しようとしたが……青い少女にスマホを踏み潰された。



「――スマホ構えてないでさっさと逃げなさい」


「は、はい」



言われるがまま、踏みつぶされて画面もカメラも割れたスマホを置いてその場から逃げる若者


自分より遥かに年下と思われる少女の言葉に、何故かこの時若者は一切疑問を抱くこと無く従った。



「でたぞ、ガーディアンズだ」

「予定より早い」

「なんでまだそんな暴れてないぞ……」



二人の少女を前に、異形の存在は困惑していた。


一方で二人の少女も、目の前にいる異形の集団に困惑していた。



「こんなに一気に出てくるなんて……」


「今日は厄日」



魔法少女の姿で現れた小緑風花として、目の前のネビュラシオの怪人や異形は人気の少ない場所に少数に出てくる存在だったのだ。


だからこそ、こんな人通りの多い場所で、しかも明るいうちにこんなまとまった数が出てくるなど異常なのだ。


同じく魔法少女の姿の皆瀬蒼にも、これは異常だ。そして彼女の大事な大事な日向萌香が男とデートしているという状況も重なってさらにげんなりしている。ある意味平常運転である。



「さっさと片付ける」


「はいっ!」



数が多かろうと、強力な個体は少ないのは魔力の感知能力で分かっていたので、一気に片付けてやろうと意気込んだ――その時、少女たちが居た場所とは別の場所でも爆発が起きた。



「な、なに?」


「……他にもいる?」



遅れて聞こえてきた悲鳴。


魔力感知で、周囲の状況を再確認する皆瀬蒼


――そして数秒後に絶句する。



「ふざけてる……何、この数」


「……うそ」



小緑風花も独自で魔力を感知し、そして周囲の異形の数に絶望した。


ショッピングモールを囲むように、異形が全方向に存在した。


数はざっと500は下らないだろう。


一体一体は殆どがザコのようだが、それでも一般人にとっては十分すぎるほどの脅威。


これらの怪人から人を守り切るなど不可能


――誰かが死ぬ――そんな避けられぬ未来に二人の少女は戦う前から心が折れそうになる。



「よしいけ!」

「中の人間を殺せ!」



そうやって棒立ちしていたら、その真横をチーターような足をした怪人が突破した。



「しまっ――」



対応が遅れ、急いで追いかけようとしたが間に合わない。



「――ひぃいいいいいいい!!」



先ほどの若者がまだ近くにて、その人物に向かってチーターは走る。



「まず一人――いただきまーーーーーー」



大口を開けて飛び掛かる怪人


――実際に人を食らうわけではなく、迫る死を前に若者は強烈な恐怖と絶望を発し、そのエナジーを吸い取っているのだ。


とはいえ、噛み殺した瞬間の感情こそが本命である以上、この若者の死は避けられない。



「だめぇえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」



小緑風花が悲鳴をあげた。


皆瀬蒼が走った。


しかし、今の二人にはどうしようもない。



――故に。



「――はぁあああああああああああああああああああああああ!!」



気合一声。


飛び掛かったはずのチーターの異形が、突如として弾けた。


まるで水風船でも割れたかのように、文字通りに弾けたのだ。



「――え……あ」



死にそうになった若者は何が起きたのかわからず、自分の髪や肌に生温かな赤い液体が付着していることに気が付く。



「――中へ逃げろ、外よりマシだ」



冷徹な、若い男の声。


ヘルメットのような仮面ですっぽり顔を覆っているので顔はわからない。



「あ……!」


「――ここにいるってことは、やっぱり……!」



魔法少女二人は、その人物の姿を確認し、小緑風花は純粋な驚きを、皆瀬蒼は納得を覚えた。


だが、次の瞬間には二人とも動揺した。



「――何をやっている?」



口調は穏やかだが、明確な怒りを感じる。


これまで見たことの無いほどに、その男――“下僕”と仲間である柴野奈月に呼ばれていた少年は激昂していたのだ。



「――はっ……出たなインチキ野郎!」

「こいつを殺せば俺たちの自由だ!」

「旧人種が調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」



“下僕”の姿を見て、怪人たちの血の気が増した。


明確な敵意を向けているのだ。



「会話する気もないか。


――結構。こちらも手間が省ける」



“下僕”はそう言って、拳を握りしめて身を低くして足に力を溜めた。



「あ、あの――」



小緑風花が声を掛けようとした時には、突風が吹いた。


小緑風花の使う魔法は風を操るものが多いが、これは彼女の操ったものではない。


――“下僕”が走ったときに起きた風だ。


そして気が付いた時には、先ほどまでいた異形の集団の半分近くがチーターの異形と同じように弾けていた。



「なっ……こ、殺せ殺せ!」

「そうだ、こいつはどうせ一人じゃまともに戦えない!」

「あのスライムがいない今がチャンスだ!!」



周囲にまだ残っていた怪人や異形が一斉に飛び掛かる。


すぐに彼を助けようと魔法少女二人が動くが、それすら遅い。


だって瞬きをする間も無く、次の瞬間にはそれらの怪人や異形は血霧となっていたのだから。



「「…………」」



――強すぎる。


今まで異様に耐久があるなとは思っていたが、目の前の男がまともに戦ったところを魔法少女たちは誰も見たことが無かった。


そんな人物が、力を行使すればこれほどまでに圧倒的なのかと



「僕はあっちの方向から回るから、反対方向にいる連中、任せるね」



まるでTVのリモコンを取ってくれというような軽い口調でそう言った“下僕”


少女たちはまだ目の前で起きた事態に頭が付いていかなかったが、再び突風が吹いたと思えば“下僕”の姿はもうそこには無かった。



「っ……とにかく、今は外の怪人を倒す」


「でも、中にも怪人がいるんじゃ……?」



今この瞬間にも、魔力感知でショッピングモール内部にも怪人が入り込んだのを小緑風花は感じ取っていた。


しかし、だからと言って外にいる怪人を放置もできない。


むしろ隠れられる場所が少ない分、外の方が人的被害は出やすいだろう。



「そっちは萌香とパロンに任せる。


今はとにかく数を減らす!」


「わかりました!」



二人の魔法少女は、状況を理解できないながらも、“下僕”の言葉通りに反対方向へと向かって走り出すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る