一目惚れした女の子が隣にいる件
■
時刻は9時45分
待ち合わせの15分前
「すぅーーーー…………!」
待ち合わせの駅前の広場にて、僕は昨日フォラスからの軍資金で購入した服を着ている。
といっても、それほど派手でもなく、しかしだからと言って地味ではないという……浮かないファッションを意識した。
あくまでも僕はモブ。
それを忘れてはならないのだ。
そして何より、これからやってくる日向萌香や、おそらく監視しているであろう他の魔法少女やマスコットから下手に強い印象を抱かれないように気をつけなければ。
――あと、今日のお昼前くらいにネビュラシオンの作戦が実行される。
そのタイミングまで乗り切れば、後はどうとでもなる。
さぁ来い、日向萌香!
「あ、あの……菊池先輩!」
「はいっ!」
声が聞こえてきて、急いですぐさまそちらの方を見た。
――魔法少女が、そこにいた。
いや、まぁ、普通の格好なんだけどね。
僕にとって女の子に使われる「天使」とか「女神」という表現の最上級って「魔法少女」だからね。
上は清潔感のある白を基調にしており、さらにその上からデニムのアウター、下はスカートの様に見えるが、おそらくはハーフパンツだな。たしかキュロットとかいう種類だったかな?
……なるほど、おそらくは皆瀬蒼の介入があってスカートでの登場を阻止したな。
しかしあくまでもデートということで、高坂茜が全体的なファッションを監修したのだろう。
普段の日向萌香の私服はもっとラフなパーカーとか、動きやすさを重視したパンツスタイルを好むことを普段のストーキングで僕は熟知しているのだ。魔法少女ガチ勢を舐めるな。
※普通に犯罪である。
「す、すいませんお待たせしちゃって」
「いやいや、僕が少し早く来すぎちゃっただけだから」
待ち合わせ10時なのだから、まだ全然時間に余裕がある。
僕の姿を見て急いで走ってきたのか、軽く息切れしている。本当にいい子だ。
「その……その服、凄く可愛いね」
デートの基本、まずは女性のおしゃれをほめる!
これが出来なければまず印象が最悪だ。
地味なモブでも最低限これくらいはしないとあかん!
「あ、ありがとうございますっ」
僕なんかの言葉にも嬉しそうにはにかむ日向萌香。
ああ、まじいい子。
「――おのれ菊池斗真……」
「――せ、先輩落ち着いて……!」
強化した聴覚が捉えたのは皆瀬蒼と小緑風花の声だった。
皆瀬蒼は想定通りだが、小緑風花まで一緒とはちょっと意外。
まぁ、それでも想定範囲内だ。ここからの行動に支障はない。
……で、おそらく日向萌香の肩掛けのポーチに潜んでいるんだろうな、あのマスコット。
心音とか発しないから断定はできないが、なんか気配は感じる。
魔法少女たちの中で一番エナジーの放出量が高い日向萌香を手元に置いておきたいのだから、敵かもしれない僕と接触する時に離れているはずがないか。
「えっと……それで、今日はどこ行くのかな?
今日のランニングの時は会えなかったから聞きそびれちゃったし」
昨日の時点で連絡先を交換した程度でとどまった。
その時にでも聞けばよかったのだが自分でもちょっと舞い上がっていたのだなと反省。
メールで聞いても良かったのが、今日のランニングで会うと思ったので結局聞かず今になってしまったのだ。
一応念のために適当なデートコースは頭に入れているし、資金の十分に(フォラスから)用意してある。
ただ、一応誘われたのだから向こうにプランがないかを確認せねば……
「……あ、えっと……」
僕の質問に言葉を詰まらせて視線をさまよわせる日向萌香。
あー、これはデートに誘うことに一杯一杯で肝心なコースを考えてなかったパターンですね。
流石のドジっ子属性。周りのフォローも、そもそも僕と一人で会わせるかどうかの議論をしただけでデートの中身までは言及してなかったなこれは。
※気持ち悪いほどの正確な予想。
「……せ、先輩はどこか言ってみたいところありませんか?」
ふむ、僕の意見を参考にどこに行くか決めるつもりか。
しかし、それならばここからは僕がリードしたほうがいいだろう。
年上の男性として、年下の女子……それも魔法少女に気を遣わせるなんてあってはならない。
むしろここは彼女にもっと気楽に楽しんでもらう方向に持って行こう。
あとついでに、そっちの方が僕が“下僕”であることの追求もしづらくなるだろうしね。
「うーん……そうだね…………日向さんって、動物って好き?」
まぁ、大好きなのは知ってるんだけどね。
――というわけでやってきたのは昨日も行ったショッピングモール
丁度ここでは今、子犬や子猫とのふれあいコーナーが開かれているのだ。
「わぁ……!」
ケージで区切られたふれあいスペースの中をちょこちょことどこか頼りない足取りで歩き回る子犬たちを見て顔をとろけさせて散る日向萌香
うむ、大当たりだな。
「日向さん、犬好きなの?」
「はい、大好きです。
でも、お父さんが犬アレルギーで……」
「へぇ……じゃあ猫とかは?」
隣のふれあいスペースにいる猫にも同じような視線を先ほど向けていたようだが……
「お母さんが猫アレルギーで……」
「中々難儀だね……」
動物好きだけどアレルギーで飼えないとは……
しかし、動物たちも彼女の善良性がわかるのか、ケージまで駆け寄ってきて日向萌香の指をペロペロと舐める。
――羨ましい! 僕だってペロペロしたい!
※おまわりさんこいつです。
「わ、わぁ……先輩、この子たち凄い舐めてきます!」
「ははっ、懐かれてるんだね」
表情には出さず、折角だし僕も子犬たちと触れ合おうかなとケージに近寄ると……
「ぐるるるるるるるっ!」
「ぎゃうぎゃうぎゃうぎゃう!!」
「キャンキャンキャンキャン!!」
それまで日向萌香に近づいていた子犬たちが一斉に離れ、そして毛を逆立てながら僕の方を睨んで威嚇を始めた。
なんでや。
「……あ、あの……先輩?」
「…………あ、あははは……なんか、僕って嫌われてるみたい」
とりあえず最初の立ち位置まで下がってみると、威嚇していた胴縁たちは一斉に日向萌香の元に向かう。
懐いている、というよりはなんか守ってもらおうとしているように見えるのは気のせいだろうか?
もしかして、こいつら僕のこと怖くて日向萌香に保護求めてるってことじゃないよね? 違うよね?
「い、犬とは相性が悪いみたいだね……さてじゃあ猫は……」
「「「ふしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」
あ、駄目だこりゃ。
ちょっとそちらに足を向けただけで「こっちくんな!」の大合唱。
原因はいくつか心当たりがあるが……とりあえず僕はこれ以上動物たちには近づかない方が良さそうだ。
無理に触れ合って怖がらせるのは僕の本意ではないし。
「……あの、先輩?」
「あー……僕のことは気にせず、そこで見てるからその子達と存分に遊んであげてよ。
その子たちも日向さんと遊びたがってるみたいだし」
返事を待たず、僕はその場から少し離れた位置にあるベンチに向かった。
後ろで呼び止めるような声がしたが、あえて聞こえないふりをする。
動物たちを前にあんなに楽しそうな顔をしてるんだから邪魔するのは可哀想だしね。
■
「――あそこまで動物に嫌われるとは珍しいポムね」
「ちょっとパロン、出てきちゃ駄目だよ」
体の前の方に回したポーチの中から顔を出すパロン。
今は体が影になっていて菊池斗真からは見えないが、できればすぐに隠れて欲しいと萌香は思った。
「大丈夫ポム、周囲の人はこちらを見てないポム。
それより、さっきの動物たちの反応ポム」
「うーん……先輩、動物から嫌われやすいのかな?」
「ネビュラシオンの怪人や異形の場合も、ああいった反応が見られるポム」
「……パロンは、やっぱり菊池先輩を疑ってるの?」
「流石に彼が悪だとは以前ほど思ってないポムけど、ネビュラシオンに関係ある可能性は高いポム。
いざという時はいつでも変身できるよう、心構えだけはしてほしいポム」
「わかってるけど……」
「あと、彼にあまりリードされているようでは話を聞きだすことは難しいポム。
自分で言い出したからてっきり自分で色々考えていると思ってたポムけど……」
「うっ……」
「ここから挽回ポムよ。萌香、頑張るポム」
「わかった、頑張る」
■
――などという一連の会話は、僕の強化されている聴覚には普通に拾えるわけで……やっぱりポーチの中に潜んでいたな、あのマスコット。
それにしても、僕が動物に嫌われている原因ってフォラスやグラトニーが原因なのか? 臭いでもついていたとか。
もしくは、僕自身の転生特典の力を感じ取っているという可能性は…………いや、そもそも僕自身僕の力を完全に把握してるわけじゃないしなぁ……憶測で物を考えるのはやめておこう。
犬との触れ合いとマスコットとの相談が終わったのか、日向萌香がこちらにやってきた。
「もういいの?」
「はい、大丈夫です。
あの、折角のモールですし色んなお店を見て回りましょう」
「そうだね、色々見て回ろうか」
ウィンドウショッピングも定番の定番。
中高生のお財布にも優しい。
早速並んで一緒にショッピングモールの中を移動する。
「……近い、近すぎる……!」
「先輩、あの、痛いです。肩に指が……!」
雑踏の中に紛れて聞こえる皆瀬蒼と、苦しそうな小緑風花の声。
途中で設置されている姿見の反射で背後を確認したとき、物陰から縦に並んでこちらを覗いているのが見えた。
下になっている小緑風花は、肩に置かれて皆瀬蒼の手にいたがっていたようだ。
おかしいな、ちゃんとモブとして距離を取ってるはずなんだが……最低でも半径50cmは保ってるはずだけどそれもアウトなの?
などと考えつつ、ちらッと横目で時計を見るとまだ10時20分にもなってない。
この時間は楽しみでもあるが、気が抜けないものだ。
どうにかうまい具合に追及される機会を減らしつつ、怪しまれない方法無いだろうか?
そう思ったとき、僕の耳にある“声”が届く。
――流石は魔法少女、この手のイベントは放っておいても手繰り寄せるのか。
「日向さん、ちょっといい?」
「え、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと」
日向萌香をその場で止めて、僕は先ほどの声が聞こえた方へと小走りで向かう。
そして目標はすぐに見つけた。
「ひっ……ぅ……ぐす……うぅ……」
エスカレーターの裏側の小さなスペースで、小さくすすり泣く子どもがしゃがみ込んでいた。
その辺りには観葉植物が設置されていて、そこが影になって周りからは見えなくなっていたのだ。
「君、どうしたの?」
「――ぅ……うぅ……うわぁああああああああああああああああああああ!」
「マジ泣きした!?」
え、おかしい。いくらなんでもそれはないでしょ。
ただ普通に声を掛けただけなのに……
「ほ、ほら、お兄さん全然怖くないよ~?」
大声で泣き出したことで周りもこの子の存在に気が付いたようだが、その反面で僕への視線が冷たい。
傍目からには高校生男子が幼児を泣かせたように見えているのだろう。
「先輩、その子は?」
子どもの泣き声に気付いてこちらにやってきた日向萌香。
ナイス魔法少女!
「いや、なんか泣き声が聞こえて見に来たんだけど……声を掛けたらこの通りギャン泣きされて……」
僕と未だに大声で泣いている子供を交互に見る日向萌香。
状況を理解してくれたようだ。
「僕、子供にも嫌われやすいみたいで……悪いけど、ちょっと飲み物買ってくるからこの子の相手頼める?」
「はい、任せて下さい」
泣いている子供を前にしても嫌がることなく笑顔で頷く日向萌香。
可愛い(真顔)
ひとまずは有言実行。自販機は途中であったから一度来た道を戻る。
子どもがどんなのを飲むのかよくわからなかったので無難にオレンジジュース、日向萌香には好きなピーチジュースを購入した。
僕は無難に緑茶を購入し、三本のペットボトルを抱えて再び来た道を引き返す。
それにしても、やはり魔法少女ということか。こういったイベントが画策せずに起こせるとは。
こういうのを世間一般では“持っている”というのだろうか。
この世界が彼女たちを中心に動いているといわれても信じるね。
――いや、違うな。この世界を正真正銘、少なくとも僕が存命して死ぬその時まで彼女たちを中心にするんだ。
こういう偶然に頼るだけでなく、より一層、彼女たちの魅力を引き出すために頑張らなくては。
内心、そう意気込みながら元来た場所に戻ると……
「それでね、それでね、おかあさん、まいごになったの」
「そっか、困っちゃったねぇ」
「だから、ぼく、おかあさんみつけてあげるの。おかあさん、ぼくいないとさびしがっちゃうもん」
――このガキィ……!
泣き止んでくれたのは結構だが、僕を見た時はギャン泣きして、今は日向萌香に抱き着いてニコニコって腹立つ!
いや、モブ的にはこれは当然なんですけど、なんかこれ自分がやられるとイラっと来る!
「お待たせ。はい、とりあえずジュースどうぞ」
だがここは我慢。
笑顔でジュースを子どもに渡そうとしたが、その瞬間、子供は機敏な動きで日向萌香に隠れるように……というか完全に日向萌香の背後に隠れた。
「……あ、はは……嫌われたみたい」
「は、恥ずかしがってるだけですよ」
「とりあえずジュースをどうぞ」
僕の手からは受け取らないだろうから、日向萌香に子どもの分もまとめてジュースを手渡す。
「あ、ありがとうございます。お金は……」
「これくらいいいって、それで、その子の名前は?」
「タイガ君って言うんですけど……名字はまだ言えないみたいで」
ふむ……見た感じまだ幼稚園にも通ってないように見える。
親を探すために情報を聞き出そうにも、まだうまく会話が成立するか怪しいし……そもそも先ほどから僕を警戒している。
……もしかして僕って、こういう小さい子供とか動物には本能レベルで嫌われるものなの?
そう言えばここ最近野良犬や野良猫見た覚えないなと思ったらそういう理由?
近所や普段通る道には犬とか動物飼ってる住宅とかもなかったから気付かなかったが……
「ほら、タイガ君、お兄さんがジュース買ってくれたからお礼言わなきゃ駄目だよ?」
「うぅ……」
前に出るように軽く背を押されるが、子どもは嫌がるように日向萌香の足に抱き着く。
「お兄さん、タイガ君のこと見つけてくれたいい人だよ。
そんな人を怖がるなんていくらなんでも失礼だよ。わかる? とても悪いことなんだよ」
口調はとても穏やかだが、雰囲気で自分が叱られているとわかったのか、子どもはうつむいてしまう。
「日向さん、別に僕は気にしてないから」
「いいえ、ちゃんとお礼を言えないのは駄目なことです。
タイガ君のためにもなりません」
ええ子や。
おばあちゃん子だったからその辺りしっかりと躾けられていて今時の子とは思えない立派な考えである。
「ほら、タイガ君」
ゆっくりと背を押されて前に出てくる。
ひとまず怖がらせないように僕はその場でしゃがみ込んで目線を合わせる。
子どもは気まずそうに目線を泳がせながら小さく呟いて、そのまますぐに日向萌香の背後に隠れた。
「あ、ちゃんとお礼を言わなきゃ」
「大丈夫、ちゃんと聞こえたよ」
「え……?」
「ありがとうって聞こえたから。
タイガ君、ちゃんとお礼言えて偉いね」
本当に、僕じゃなきゃ聞こえないくらいの小声だったが、まぁちゃんと言えたのだから良しとしよう。
あまり子どもの相手だけしてても面倒だし……
「…………」
子どもは相変わらず日向萌香の背に隠れている。
というかお前、日向萌香の生足普通に触ってんじゃねぇよ。
僕も触りた――ごほんっ……流石にそれはモブとしてもアウトか。
※人としてアウトです。
とはいえ、ギャン泣きされるほど僕が怖い奴ではないということは認識できたのか……今は不思議なものを見るような目で僕のことを見ていた。
「とりあえずジュース飲ませて少し休憩したら迷子センターまで行ってみようか」
一緒に探すというのは定番かもしれないが、ここはショッピングモールであり、普通に迷子対策の施設はある。
こういうのはやっぱり専門に任せるべきだろう。
下手に連れて歩いて誘拐とか疑われるの怖いし。
「先輩って、凄い優しいんですね」
「え? いや、別にこれくらい……」
普通、と言いかけて少し考える。
下手に好感度が上がる発言をしたら今後のモブ活動に差支えが出てくる。
「……たまたまだよ、たまたま。
僕は別に優しくはないよ」
「え……でも」
「まぁ、僕のことはいいから。
ほら、折角買ったジュース温くなっちゃうよ」
多少強引でも話題を切り替えよう。
……いや、だが待て、これってモブ的にベストアンサーだったのだろうか?
なんか謎を秘めている中盤辺りから登場するお助け仮面ヒーローポジになってない、僕?
……いや、まぁ、大丈夫だ。
僕が下僕と同一人物であるという疑惑さえ晴らせばもう彼女とこうして一緒に出掛けることは二度とないはず。
だからセーフ、セーフなのだ。うん、そうしよう!
僕は自分にそう言い聞かせて、ペットボトルの蓋を開けてお茶を飲む。
自分でも意外と緊張して喉が渇いていたのか、一口で半分近く飲んでしまうのであった。
――――
※途中経過
――菊池斗真 疑惑度stay
「内心ゲスだがやってることはまとも」
対象
――日向萌香 疑惑度stay 好感度up(大)
「すごく優しい先輩と思っている。幻想だ」
――皆瀬蒼 疑惑度stay 好感度down(小)
「萌香とのデートは気に入らないが、迷子を見つけたのでこの程度で許すらしい」
――小緑風花 疑惑度stay 好感度up
「先輩、肩痛いです、と訴えております」
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