子犬感覚で拾ったなんて今更言えない。



フォラスの信頼を勝ち取れたようだが……なんか想像以上の結果だった。


おかしいな、疑われない程度の関係性を築ければと思ったのに……まぁ、フォラスに裏切られた場合は色々と難易度がルナティックに上がるので良しとするか。


ひとまず僕はフォラスの金で明日のデートで日向萌香に恥をかかせない服を変えたと思える。


フォラスは何気に人間との接触も多いから適切なアドバイスがもらえて助かった。


最後辺り、店員までフォラスのアドバイスをメモしていたような気がするけど……まぁ、いいか。


現在僕は、フォラスと一緒に彼の職場に来ている。


今はそこのフォラス専用部屋、社長室である。


一応視察って名目だけど、実際のところは僕の相棒であるグラトニーの様子を見に行くためだ。


少し前まではずっと僕の衣服の一部に擬態して文字通り肌身離さず傍にいたのだが、フォラスの役割を考えると別行動をとらざるを得ない。



「で、これが今週の売り上げだ」


「WOW」



思わず外国人みたいなリアクションを取ってしまう僕。


別に労働とかに詳しいわけではないけど、一週間で外国車を買えるくらいの稼ぎを出すとかマジ凄い。



「言っておくがそれは単なる売り上げで、必要経費を差っ引いた純利益じゃないからな」


「だとしてもこれは凄いって……へぇ……キャバクラって儲かるんだねぇ」



そう、キャバクラ


以前の会議でフォラスに経営させているこの店は、本来僕のような学生では近づくことすら問題なお店なのだ。


もちろん、普通のキャバクラじゃない。


表面上はキャバクラに偽装した、お金とエナジーを集めるための場所だ。



「で……肝心のエナジーの集まり具合はどう?」


「想定以上……いや、今日のあのショッピングモールのことを考えればこれが普通だったか。


こちらの見積もりが甘めだったようでな、すでに目標より10%も多くのエナジーが回収できている。


どちらかといえば、我々はこの世界を害する側なのだが、ここに来る連中はみんな生き生きした顔で帰っていって礼を言う奴までいると、下級連中は戸惑っていたぞ」



微妙な顔をするフォラスに内心同意する。



「でもさ、別にこの施設は悪いことしてるわけじゃないから。


これが今後のスタンダードだって開き直っちゃいなよ」



そう、この施設はキャバクラとしてはいたって普通だし、他とはちょっと違うサービスを行っているが、少なくとも地球上の法律には一切抵触しない。


つまり、超絶クリーンなキャバクラなのだ。


まずその一!

客寄せの時はほんのちょっぴり魔力を使って疲労で意識がちょっと朦朧としてる奴を呼び込んだりしてるが、強引なキャッチをしてるわけじゃない。



その二!

最お出迎えに大部屋でこちらが用意したキャストに扮したネビュラシオンの下級戦闘員に接待させ、そこから徐々に魔法で催眠状態にしているが、酒で酔っ払ってるようなものだし、悪酔いして暴れさせるよりははるかにいい。


その三!

催眠状態が深くなってきたら向こうが気をよくして勝手にお金を出してくるけどあくまで自主的だし、そのお金を貰ったサービスと称して奥の部屋に案内する!


ただし、全然いやらしいことなんて皆無だ。

※ここ重要!


奥の部屋に着いたら即効で魔法をでより深い催眠にかけ、さらに夢の中でその客の望むようなあんなことやこんなことを見させてあげてるが、実際は寝ているだけで一切不潔なことなんてない。


だって夢なんだもん、夢を規制する法律なんて並行世界でも存在してないんだから一切問題はない。



とにかく、これらの一連の流れで、まずは疲労やストレスを抱えた者たちのエナジーを大部屋で吐き出させて吸い取り、そして最後に奥の個室で幸福なエナジーを放出させる際の熟睡させる魔法の副作用として体の疲労が取れる。


これによって、マイナスのエナジーとプラスのエナジーの両方が効率よく集められ、ネビュラシオンでの好みに合わせて好きな方のエナジーを吸わせてあげられるわけだ。


さらに繰り返すことでこのキャバクラで気持ちよく飲めると客の意識に刷り込ませてリピーターを取り込む。


さらに、一定のストレスを抱えたら必ずここに来るように催眠にもかけられるので、直接襲い掛かったときほど一度に大量に集められないが、一定期間に一定の量を集められるシステムが完成したのだ。



「いやぁ、上手く行ってよかったよかった」


「人を害さないエナジー収集か……昔なら一笑されて終わりだったはずなのに、ここまで簡単ならばもっと早くに始めておくべきだったな」


「それだけ、たくさんの人がまやかしであっても幸福に飢えてるってことだよ。


それはそれとして……フォラスが言ってる昔って、たぶん僕が生まれるより前でしょ?


その頃って仕事に希望を持ってた世代だから、多分その時やっても上手くはいかなかったんじゃない?」


「これだけ経済が発展しても人の心は飢えるのか……まったくもって、世も末だな」



世界を何度も破壊した組織の参謀からそう言われるって本当に日本終わってるな。


あ、それはそれとしてフォラスの喋り方、忠誠を誓われた当初はかたっ苦しいのに変わったけど戻させた。


今更かしこまられてもこっちの調子が狂うしね。



「しかし……なるほど、このキャバクラが順調だと知ったから私に牧場計画を話したわけか」


「ん?」



何のことかと思ったが、すぐにフォラスの言っていることが分かった。


ああ、このキャバクラって僕がついさっき適当に語った牧場計画の簡易版みたいじゃん。


向こうには気づかせること無くこっちがエナジーを搾取しつつ、相手に幸福を与える。


相手は幸せだけその実こっちは損害殆どない。


ある種の理想形であり、基盤となる。



「まぁ、成功ケースとしてこれ以上ないでしょ。


そして何より、実際に結果を出した奴の言葉は重みが違うからね。


前の会議でネビュラシオン全体が腑抜けてきてるのが分かったし……ここから徐々に戦闘員をこっち方面のスタッフに回していく。


そうすれば勝手な行動は抑えられて、規模のデカい襲撃は人類側のリアクションを見て適切なタイミングでできるようになる」


「人類だけでなく、ネビュラシオンの構造も簡略化するのか」


「複雑にするメリットが皆無どころか邪魔ならそこは直さないとね。


代わりにこっちが複雑になるけど……まぁ、ほら、その辺りは魔法でいくらでもごまかしが利くし」



実質業務の9割は魔法の力で済ませてる。


だって客引きは魔法、本サービスも魔法、唯一魔法を使ってないのは大部屋で酒やつまみを少々提供する時程度で、あとは客は熟睡してるだけだし。


税だとか財務関係も、面倒ごとは専門家を雇わせて問題ありそうな部分だけ数字を整えさせよう。


いやぁ、本当に魔法って便利。



「あと娯楽報酬としてアニメや映画はもちろん、その他諸々取り揃えた方がいいよね。


その条件を出せば勝手にこっちの方に転向したいっていう戦闘員が来るだろうし」


「わざわざそんなことに金をかけるのか?


一応給料は出しているし、勝手に向こうで買うだろ」


「そうかもしれないけど、あくまでも自主的にこっちにこさせた方がいいんじゃない。


僕やフォラスの命令でこっちに来たっていう認識が広まったらイフリートはともかく、ライオットは黙ってないよ」



イフリートは去る者は追わず来る者は拒まずのスタンスだが、ライオットは絶対に戦闘員の数が減ることを危惧する。


あいつは戦闘を楽しむ直情的な性格だが、一方でかなり視野の広いクレバーな男だ。


僕の真の目的も、牧場計画も腑抜けているとか言いそうだ。


恐怖支配の方が好きそうだし、後々邪魔してきそうだ。


邪魔に来るのは僕の真の目的としては全然構わないが、早く来られても困る。


イフリートはその辺本当に興味はないだろうが……それ故にどう動くのかが読みづらいなぁ……まぁ、戦うことになったならなったでそれはいい。


奴は筋は通すだろうから、裏切るときは前兆は見せてくれるだろう。



「それはそれとして……グラトニーはどこにいるの?」



一応グラトニーの顔を見るためにここまで来たのだが、未だに会えていない。



「そろそろ来るはずだ」



フォラスがそういうと、タイミングよく扉がノックされた。



「入れ」



フォラスがそういうと、とんでもない美人がそこにいた。


明るい茶髪に肩を出した煽情的でボディラインまるわかりのドレス。


パッと見ただけで見惚れそうになる美女であるが……長年一緒にいた感覚ですぐにわかった。



「グラトニー?」



僕が名を呼ぶと、美女は意外そうな顔で目を大きくした。



「どうしてそうおもったのですか?」



少し舌ッ足らずな口調だが、以前と比べればかなり悠長な言葉遣いになっている。



「いや、なんとなく。どこをどうとか言われてもちょっと答えられないかなぁ……」



……まぁ、実を言うと臭いなんだけどね。


僕の犬や猫なんかよりもずっと強化された嗅覚はグラトニーの臭いを覚えている。


人間には知覚すらできないだろうが、転生特典のおかげで僕にはすぐにわかった。



「残念だったなグラトニー、折角驚かせようとしたのに」



フォラスの言葉に無言であるが頷き、しゅんとした表情を作る。



「……なんか感情豊かになってないか?」


「いっぱい、べんきょうしまし、た」


「今はアジア系の外国人ということで働いている。


大部屋で接待してもらっている時に、例の魔力で合成したドラッグの量を調整したものを提供したとき、どれくらいの量が直接見た方が効率的だと言い出してな」


「え……グラトニーの考えなのか?」


「はい」



てっきりフォラスの指導でそんなことしてるのかと思ったが、まさか自主的に動いていたのか……びっくり。


そう思っていたら美人の姿を整えたままグラトニーは僕の隣に座ってきて、なんか太ももを触ってくる。



「グラトニー、やめなさい」


「? おきゃくさん、こうすると、よろこぶ?」


「いや、僕お前の正体知ってるから気分としてはかなり微妙だし」



だってコイツの本体って僕が何度か枕にしてたわけですし。


見た目は超美人であっても、枕に発情できるほどの上級者ではない。


え? 魔法少女抱き枕?


――それは枕じゃない、神器というのだ大馬鹿者め!!



「むぅ」



残念そうな表情を作って僕の太ももから手を放すグラトニー。



「フォラス、うちの子に何妙な事教えてんの?」


「お前は親か……俺は何も教えてない。


グラトニーが周囲を見て勝手に覚えただけだ。


スライムだから知性があること自体かなり珍しいが……グラトニーはかなり学習意欲が高い。


以前の環境では学びの機会が少なかったから人間への擬態が下手だったのだろうな。


今ではこの店の指名1位だぞ」


「お前何やってんの?」


「がんばった」


「えらいね、けどちょっと頑張る方向性がおかしい」



グラトニーはあくまでもこの店で提供する魔力合成ドラッグの生産安定供給のために預けたのであって、スタッフとして働かせるために預けたわけではないのだが……



「グラトニー、頑張るのはいいけど嫌な思いとかしてないか?」



ポンポンとグラトニーの頭を軽く叩いてやる。


するとグラトニーが美女の姿から見慣れたまんまるな液状のものに変わった。



「お、持ちやすくなった。やっぱりお前はこうじゃないとな」



まんまるなグラトニーを持ち上げて膝の上に乗せて撫でまわす。


顔は見えなくなったが小刻みにプルプル震えているのは喜んでいるということだろう。



「この仕事は管理する俺に負担が大きいが、実務連中は適当に客を酔わせて催眠を掛けるだけだ。


そこまでハードなことはしてない」


「上の奴がそう思っていても、やってる本人がそう思ってるとは限らないだろ。


かつての僕と上司の様にね」


「お前の場合は逆だったろ。


向こうは痛めつけてるつもりだったのにお前楽しんでただろ」


「否定はしない」


「しろ」





――あんしんする。


主と定めた少年の膝の上で、どんな形にもなるが故に、何者でもないその肉体には確かな自我があった。


そして自分は、何番目の自分であるのかを、定められない。


スライムには自我がない。


それがこれまでのネビュラシオンでの常識であったし、グラトニーは特別だと、誰もが思っている。


だが、違う。


スライムだって元はれっきとした精神生命体だった存在。


肉体を失い、エナジーを得られなくなって崩壊した数多くの魂の残骸がまじりあっている混沌の渦。


それこそがスライムたちの中にある自我なき魂である。


その中のごく一部の意識がほんの少しだけ、稀に強く出ることがある。


これまで何百何千、何万とそれをくりかえしてきたが、それもほんのわずかな時間。


また意識が混沌に混じりあって消えていく。


自分という自我を確定するためには、他人という自分を観察し、定義する存在が必要だった。


自分だけでは自分が自分だと認識が出来ない。


自分とは、他人という鏡を通してみることで初めて実像となる虚ろなものなのだ。



――ゲイザー、みつけてくれた



グラトニーも、本当ならばその意識は再び混沌の中に消えていたところ、ゲイザーに見つけてもらった。


その事実を当時のグラトニーは理解できなかったし、そもそも何が何やらわかってもいなかったが、今ならばわかる。


グラトニーは確かにあの瞬間に、新たな存在として誕生したのだと。


誰もが気にも留めないような存在に優しく手を差し伸べてくれたこの少年が、グラトニーにとってはすべてであった。



――グラトニー、ゲイザー、たすける



この少年のために自分が存在しているのだと、本気で思えるくらい、グラトニーはゲイザーを想うのだ。


それがどんな感情であるのかをグラトニーは知らない。


――そして、その想いが決して報われることのないということも、はまだ知らない。





――ネビュラシオン組が一部の総帥を除き、ちょっぴりシリアスなムードになっている一方


駅前のカラオケ店の一室にて、魔法少女たちミーティングを行っていたのだが……



「反対、断固、断固反対!」



普段は冷静な蒼が、珍しく声を荒げる。



「萌香にデートなんて早すぎる!」


「デ、デートじゃないよ! ただちょっと明日一緒に遊びませんかって誘っただけで……!」


「それ完璧に逆ナンよね」



普段はみんなのお姉さんという立場で優しくみんなを見守っている茜であったが、今日はなんだか機嫌が悪そうである。


まぁ、記憶を失った(設定)とはいえ、自分に告白しておきながら他の女子に誘われてホイホイついてく奴がいるというのは、それなりに不快ということなのだろう。


――高坂茜 好感度down



「あ、茜先輩まで……」


「二人っきりなんて認められない!


最低でも私が一緒に行くべき!」


「それはやめた方がいいポギュッ!?」


「パローーーーン!?」



みんなのマスコット、パロンのターン強制終了。


なんだかんだでこいつに喋らせると無難な状況にまとめられるとこれまでの経験則から蒼は有無を言わさずパロンを萌香の鞄から自分の鞄の中へと強制移動。


しっかりロックを掛けた上で他の鞄も重ねて封印。


鞄の山の下から「ぽぎゅ~」と普段よりこもった声が聞こえてくる。



「あ、あのでも……蒼さんが行くのは菊池先輩が警戒してしまって本音を聞き出せないのでは……ご、ごめんなさい」



間違ったことは一切言っていないのだが、蒼の鋭い眼光になって涙目で誤る風花。哀れ。



「向こうは萌香が一人で来ると思って油断している。


それだけ浮かれているならわざわざ警戒させるのは悪手」


「なっ……柴野奈月……まさか、萌香を一人で行かせるのに賛成だというの……!」



副音声で「裏切り者……!」と聞こえてきそうなリアクションを見せる蒼。


大して奈月はゆっくりと首を振る。


そう、忘れてはいけない。彼女が一番……



「いざという時のためにこちらは身を隠して潜み、不意打ちで仕留めるのがベスト


ぶっちゃけ、もう面倒くさいから捕まえて直接情報を吐かせましょう」



暴力行為推奨派だということを!



「採用」


「やめなさいやめなさい」


「それ一番やっちゃ駄目な奴だよ!」



萌香としては人を困らせたり傷つけることは絶対にしたくはないのだ。


記憶や怪我は魔法で消せるからといって、していいことと悪いことは分別をつけなければならないと思っているのだ。


そしてそれはみんなもわかってはいるが……



「萌香の身の安全第一」


萌香絶対至上主義の蒼



「茜の時みたいに迫ってくる可能性は十分にあるわ」



菊池斗真は悪い奴ではないけどがっついて来る危ない奴と認識している奈月



「そうねー、そう言うの考えるとやっぱりちょっと危ないかもしれないわねー」



実際に迫られたので否定することなど一切しない茜(不機嫌)



「え、っと……あ、の……うぅ……」



もっともまともな意見を持っているのだが、無常。最年少であるが故に発言力も最小。


魔法少女のみでのミーティングの場合、こういう感情論で話が進まなくなるのでパロンが場を仕切るのだが、未だに鞄牢獄からのプリズンブレイクはできていない。



この後、パロンが仕方なく魔法を使って脱出


蒼をなだめ、とりあえず菊池斗真は萌香に任せ、蒼を監視、風花を監視 兼 蒼ブレーキ役としてこっそりついていくことになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る