なんか適当にそれっぽいこと言ってたら忠誠を誓われた件



作戦決行を明日に控えたわけだが、僕の日常に変化はない。


毎朝のランニングは変わらず実行するわけで……



「あ、あのっ!」


「え、あ、はい」



いつも通りのすれ違うポイントで軽く会釈を使用したら、日向萌香に声を掛けられてつんのめりながら足を止めた。


彼女は僕がこの世界に転生したときに一番最初に出会った魔法少女。


僕がこの世界で絶望したときに見た、希望の光。


――そして、叶うなら彼女にこそ僕の人生のピリオドを打って欲しい。


そう思う僕が心から愛する少女であるが……次に探りを入れてくるのは彼女ということでいいのだろうか?


しかし、探りを入れてくるにはいささか……いや、かなりの人選ミスだと判断せざるを得ない。


日向萌香は基本的に腹芸などできない素直な少女……悪い言い方をすれば単純なのだ。



とはいえ、いきなり声をかけてくるのは予想外だったわけで……さて、いったいどんな話題を切り出してくるのだろうか?


ひとまずは緊張しているようだし、にこやかに、相手の言葉を真っ先に否定するようなことはせずやわらかな受け答えを心がけよう。



「――あ、明日、良かったら一緒に遊びに行きませんか!」


「喜んで!」



――訂正、僕も緊張してたわ。






昨夜のチャットにて……



<萌香:じゃあ、今度は私が確かめてみる!>


<蒼:駄目>


<茜:奈月にやらせましょう>


<風花:私も、そう思います>


<奈月:じゅんびおk>


<萌香:なんで!?>



まさかの仲間たちからの総反対に萌香はショックを受けた。



<茜:これ、いうならば菊池を疑うってことなのよ?>


<茜:萌香って人を信じるのはできても、疑うのってあまり好きじゃないでしょ>



一番年上の茜のそのメッセージを呼んで、心配されているのだなと気付く。


たしかに、萌香自身も他人を疑うというのは正直好きではない。


だけど……



<萌香:でも、こういうのってやっぱり直接問いただしたほうがいいと思う>


<萌香:もし菊池斗真先輩が戦闘員さんだったなら、そこには理由があるはずだよ!>


<萌香:誰にも相談できないくらい思い悩んでるなっら、いっそ強引にでも聞き出さなきゃ!>



お節介だし、ありがた迷惑かもしれない。


それでも、もし菊池斗真という少年が悩んでいるのなら、力になりたい、助けたい。


特に関りがあるわけでもない日向萌香は、そんな風に他人のことを本気で心配することができる困った女の子なのだ。


そして……そんな困った女の子だからこそ、一番近くにいることを選んだ保護者のマスコットが隣にいる。



<パロン:こうなったらてこでもうごかないぽむ>


<パロン:いったんもえかにまかせるぽむ>


<パロン:ちゃんとこちらでもさぽーとするから、あんしんするぽむ>



大人として、萌香のことを見守ろうというパロンであるが……



<奈月:よみずらい>



奈月ちゃん、ちょっと空気読みなさい。


そして“ず”じゃなくて“づ”だ。





結局その日は、僕にはそれ以上の接触も監視もされなかった。


色々と勢い任せではあったが、ひとまず僕は現在ショッピングモールに来ていた。


私服の新調だ。


向こうは僕に探りを入れてくる気で、違うと判断したらもうこれ以上の接触は無いだろうが、それでも貴重な機会だ。


本来の僕の信条とは異なる行動になるが、一度了承してしまった以上、向こうに恥をかかせるようなことは絶対にできない。


ここはビシッと決めた服装で対応しなくては!



「というわけで、お金貸して」


「ふざけんなこの野郎」



ショッピングモールに呼び出したフォラスは、これでもかってくらいに顔をしかめていた。



「おいおい、僕は総帥だぞ」


「お前、こっちが今どれだけ仕事抱えてると思ってるんだ?


私が一日何時間しか寝てないか教えてやろうか?


その仕事を中断させて呼び出して、それなのにお前はデートに行くからお金を貸せ?


……は?」


「ごめんなさい」



素直に謝った。


流石に今回のネビュラシオンの組織改革で一番割を食ってるのはフォラスだもんね。



「はぁ……まぁいい。


で、なぜこのショッピングモールなんだ?


服を買うなら他にもあるだろ」


「まぁ、ちょっとフォラスに確かめてもらおうと思ってね」



ショッピングモールの中を移動すると、疲れ気味だったフォラスが何かに気付いたようだ。



「……意外とエナジーが濃いな」


「総量としてはどれくらい?」


「うちの店と比較すれば微量だが……それでもここで毎日通っていればうちの下級戦闘員くらいは生存に困らないだろう」


「よし、奥にも行こう」



そうやってショッピングモールの中をフォラスと共に歩き回る。



「……ゲイザー、これはどういうことだ?」


「今は菊池斗真で」



どこで誰が聞いてるかわからないからね。


僕の五感では周囲に魔法少女や魔法の気配も感じないけど、警戒はしておいて損はしないだろう。



「……菊池、なぜこの開放的な商業施設でこれだけエナジーが濃いんだ?


世間に存在するブラック企業のような閉鎖的な空間ではない上に、人の出入りが激しい。


エナジーは基本的に、正と負が混ざり合うと中和して消える。


現場で働く人間がいくら疲労で負の感情を発揮していようと、来客が生の感情を発すればエナジーは消失するはずだ」


「簡単だよ、ここに来てる大半の人間は正の感情が薄いってことさ」


「どういうことだ?」


「例えばさ、こういうショッピングモールに来て一番正の感情を出すのってどういう客だと思う?」



僕の問いにフォラスは周囲を見回して考える。



「…………子どもか?」


「その通り。


現代社会は少子化が進んでいて、昔ほど子どもが来ないんだ。


そしてそれに伴う社会的な後退で、誰もが将来に漠然とした不安を感じている」


「だったら、そこらの道路でもこれくらいの濃度になっているはずじゃないのか?」


「それだけじゃないんだよ。ここはどういうことをする場所だと思う?」


「買い物だろ」


「ネビュラシオンにとってはどうでもいいことかもしれないけどね……ここ最近、日本では消費税が増税したんだ」


「……なるほど、買い物客の不満か」



フォラスもお金を使うから、その辺りの経済自重は知っていたので話が早い。これがイフリートだったら絶対に消費税のことを説明しなければならなかった。



「さらに店側では軽減税率、キャッシュレス決済……ややこしい処理が必要になって店員の負担も増加している。


たかが買い物に負の感情……ストレスを感じる場所なんだよ、今のここは」


「世も末だな」


「そう……こんなめんどくさいから、ネビュラシオンは世界の反応を予測しきれず、破滅に追いやる。


予測を正確にするならもっとシンプルにするべきだ」


「…………お前の言いたいことはなんとなくわかった。


要するに、私にお前の今後のネビュラシオンの行動方針を理解させたかったのだろ」


「まぁね」



――単なる悪役なら、それはそれでいいかもしれない。


――いや、それこそが当初僕が目指していたわけなのだけど……


僕は壁に寄りかかりながら、聴覚を強化し、このショッピングモール全体を知覚する。


聞こえてくる雑踏、心臓の不規則な鼓動、愚痴、悪態、舌打ち……いくらでも聞こえてくる不快な音。



「世の中、もっとシンプルに変えていかないといけないんだよ。


そのためには、デカい衝撃がいる」



だけど、この世界は完全なフィクションかというとそうじゃない。


下らない柵や、失笑するような法が、邪魔な権力者が確かにいるのだ。


それらの存在が、魔法少女やガーディアンズの社会的な進出を妨害している。


もっと彼女たちが魅力的な活躍をするためには、それが邪魔なのだ。


邪魔者は、排除しなければならない。



「まずは、ネビュラシオンの社会的な認知。


そして……人間の意識に変える」



ガーディアンズの枷を外すために、まずは国の機能をガタガタにさせる。


そして尚且つ、ネビュラシオンが僕の理想通り動くためには、今の社会的な状況――当面、ガーディアンズより国の機能を停止させた方が効率的であることをわからせる。


そちらに注力させるためにフォラスを懐柔させる必要がある。


もしフォラスが僕の最終目標に勘付いた時、確実に邪魔になる。


だからまず、イフリートやライオットより、フォラスの信頼を勝ち取ること事が僕の急務でもあったのだ。



「菊池斗真……お前は、最終的に人類をどうすることを望んでいる?」



なぜかフォラスは険しい表情で僕を見ている。



「僕が明日の作戦を説明した時点で、君なら気付いてると思ってたんだけどな」



そう思いながら、改めて僕はフォラスに、ネビュラシオンのな行動方針を口にした。


裏?


当然僕と魔法少女たちのラストバトルですが、何か?(真顔)



「人類はネビュラシオンの牧場の家畜に変わる。


そして人類にそれを気付かせず、静かに、そして予定調和に生かして、エナジーを搾り取り続ける。


こちらが用意した幸福の中で、生涯を終わらせ続けて活かし続けるんだ」





人類の牧場化


こいつは今、確かにそう言った。


私、フォラスはその言葉に冷汗が止まらない。



「……お前は、神になるつもりか?」


「は? 神? 僕が?」



俺の言葉に、ゲイザー……菊池斗真は間の抜けた顔で首を傾げた。


そのしぐさは演技ではないが……演技ではないからこそ強烈に気味が悪い。



――“箱庭計画”



こいつの言っていることは、まだネビュラシオンがガーディアンズが袂を分かつ前――いや、袂を分かつきっかけとなった計画そのものだ。


旧人類の物質文明を、精神文明であるHESが統治するというもので……しかし、それはあまりに傲慢だと内乱が起きて中断された計画。


当然だ。いわば、HESが神となって旧人類を治めるということなのだから。


本来ならばガーディアンズに多くを引き抜かれた技術者の力が必要だったので、ネビュラシオン単独では実行は困難とされ頓挫した計画。


正直、そんな計画を考えるような奴は大抵が雑な思考をしている。


しかしそれを、こいつは――物質文明に頼る旧人類の一人が考え、実行しようとしている。


同族相手に、こいつは……平然と、へらへら笑いながら実行するといっている。



――こいつは頭がおかしい。



それは前から知っていた。


この世界の住人でありながら、ネビュラシオンへと、理由もなく加わり、叩きのめされてもへらへら笑い、そして普通の人間ではありえない力を持つ。


極稀に、エナジーの力に触れると妙な力に覚醒する旧人類は確かにいたが……こいつはそれだけじゃない。


真に異常なのは、その精神性


こいつの精神構造は、明らかに常軌を逸している。



――だからこそ……!



身震いがした。


恐怖ではない。


柄ではないが、武者震いというものだろう。


この仮初めの肉体を得てから、久しく忘れていた感覚だ。



――ネビュラシオン発足当初から今まで……私が最も古い世代の一人であるという事実はもはや認知している者はごく僅かだが……それまで見てきた誰よりも、ゲイザーはイカれている。



緻密な計画を、その絶対的理不尽な力で荒くれ者が跳梁跋扈する現ネビュラシオンを従わせ、そうでないものは忌憚も憂いもなく排除する。


温和な顔をして、絶対的で冷徹な振る舞い。



――かつて箱庭計画に加担した者の誰もが抱いていた、足りない何かを今、私は見つけた気がした。



「――ゲイザー」


「いや、だから今は菊池……って、どうしたのそんな真顔になって?」



一応認識阻害用のフィールドを形成して、周囲には認知されないようにしてから私はゲイザーに問う。


例えこの場で不快を買って殺されようと、問わなければならない。



「そんなことをして、お前に何の得がある。


お前の理想が叶ったところで、お前自身が得られる幸福は、極めて限定的だ」



例え人類牧場が叶っても、ゲイザーの命は有限だ。


旧人類からHESに昇華する方法は永い時の中でガーディアンズとの戦いの中で失われた。


復活できたとしても、ゲイザーが生きている間には無理だ。


その事実はここ最近の私の授業を受けて知っているはずだ。


それなのに何故……?



「だからさ、難しいことは嫌いなんだよ」



こちらの考えなどどうでも良さそうに、ゲイザーは笑う。


いつものように変わらずヘラヘラと笑う。



「例えばさ、目にゴミが入ったら目を擦るよね。眼球が傷つく。


カサブタが出来たら痒くてかく。また血が出る。


ニキビは潰すし、無駄毛は抜くし、鼻くそはほじるし、爪は噛む。


肌は傷ついて荒れて鼻の中が傷ついて深爪する。


生物的に見ればどれもやらない方がいい事だけど、やらずにはいられない人がいる」



そう言って、ゲイザーは正常に自分の異常さを淡々と当然のように語る。



「僕はね、それが人よりちょっと強いだけ。


この力を手に入れてからはそれが尚更なんだ。


だから、シンプルに、もっとスッキリしてほしいんだ。


それだけだよ」



ああ、こいつはもうダメだ。


こいつは誰にも止められない。


こいつにとってはもう、世界の支配も、目を擦るのも同じなんだ。


敵と戦うことも、眼球が少し傷つく程度にしか思わない。


だからこそ目先のことしか頭にはなく、自分の願望を叶えるためにどこまでも突き進む。


まったくもって……面白い。


ああ、面白い! 面白過ぎる!


こんな感覚は、本当に久しぶりだ!


ならばこそ、私がとるべき選択は一つ。


その場で跪き、私は告げた。



「ゲイザー、私はあなたに、真に忠誠を誓おう」



この男の行く末を、見届けたい。


すでに枯れたこの体に、何の意味のない感情の熱が着いた。

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