第12話

「何処いけばいいっすか?」


   暗い通路をジェシカと共に進み続ける。聞こえるのは足音と、魔物のうめき声。どうやらここら辺はまだ魔物の掃討が終わっていないようで、時折魔物と遭遇して戦闘となる。


   この狭い通路に逃げ込める魔物は基本的に小さいのに限られているからか、さして厄介な存在はいない。

   足止めを食らうのはもちろん面倒なんだが、簡単に対処出来る。


   問題は、何処に向かえばいいのかと、ジェシカは魔物が襲ってきても特に反応もせず立っているだけで動かないことか。

   といっても、俺の戦闘スタイルは基本的に後方を庇いながらのものだから大して気にしてない。


   だが、現在置が分からないのはどうにも辛い。取り敢えず水が流れいく先に行けば外に出られるだろうという考えで進んでる。


『知るか。永い時を生きた偉大なる我でも流石に地面の中までは詳しくない』


   俺の独り言に反応する駄竜。

   ち、使えねぇ老いぼれだな。無駄に時間を過ごしてただけじゃねえか。自分の事を偉大とか言って虚しくないのかよ。


『……だだ漏れだぞ。もう少し我に歩み寄って……』


   くそ。プライバシーがない。頼むから出てけよ。変なこと考えられないじゃんかさ。


『妄想で楽しませてもらおうか』


   確信犯か…………待てよ……もしかして燃やせばいいのか?  なるほど、その手があったな。そうしよう。


『まてまてまてまて!  それをやったら其方が持つ竜の力が使えなくなるぞ!  それでもよいのか!』


   …………ち、それは今の状況じゃ避けたい。それに 一応恩もあるし、燃やすのだけは勘弁しやるか。燃やすのだけはな。


『出来れば優しく……』


   出来ないから無理。そもそも、お前達が現れなければルーナだって死なずに済んだかもしれない。その事が頭にある限りお前に対する態度は変わらないからな。


『……仕方なかろう……我にとて理由はある。だが、其方は理由を聞いたところで納得はせぬだろう』


   その通りだよ。てめぇらの理由なんざ知ったこっちゃねぇからな。


『其方の怒りをこれ以上高める前に、我は大人しく下がるとしようか』


   おう、さっさと失せろ。


   それからウガルの声はしなくなる。あいつのおかけで生き残れたし、ジェシカを助ける手掛かりも得た。

   けど、やはり前の戦いが尾を引いていてどうにも寛容になれない。


   そんな器の小さい自分に辟易しながらも、歩みを止めることなく進み続けると、喧騒が聞こえてきた。

   喧騒と共に、金属と金属がぶつかり合う甲高い音。恐らくは戦闘の真っ最中なのだろう。

   

   誰かが居たという喜びと、戦闘中という不安が混じりあってなんとも言えない感覚に陥る。

  

   とはいえ、俺達の状況として、スルーするなんて選択肢はないので警戒しながら進む。


   すると、見馴れた人物同士が刃を交えていた。


「カタリナ!  ハドック!」


   刺々しい鎧を身に纏ったハドックとカタリナが、戦意に満ちた顔で武器を打ち付け合う。

   二人の気迫は凄まじく、振るわれる武器の勢いに手加減というものは一切感じられない。


「っ!  アルヴィン!  気を付けて!  ハドックは帝国側だ。油断してると殺られる!」


「はっはっ!  大物がまた来やがった!  大人しく捕まれやアルヴィン!」


「きゃあぁぁ!」


   ハドックの一撃を受け、カタリナが悲痛の叫びを漏らす。ハドックが操る黒い槍が鎧を貫き、カタリナの脇腹を血に染めた。


   今の一撃はかなりキツイらしく、カタリナはその場で膝を付き、無防備に首を晒す。

   そして、ハドックは何の躊躇も見せず、槍を逆手に持ってカタリナへと刃を下ろした。


「バカ野郎!  なにやってんだ!  カタリナはお前の!」


「敵だ。殺すのは当然だろうが。今は戦争中なんだからよ」


   聖印の盾を取り出し、ハドックの凶刃を防いだ。俺の怒声にハドックは淡々と答え、距離を取る。


     周囲を見回せば、マルサスやリズ、それに騎士達が居ない。どうやら殿しんがりとしてカタリナが残ったのだろう。

     

   白かった鎧は墨を垂らしたかのように所々赤黒くなっていて、見るに痛々しい。頬にすら幾つかの切り傷を受けており、激しい戦闘を切り抜けてきたようだ。


   いや、違う。切り抜けてきたのではない。今もその渦中。傷を与えたのはハドックだな。

   カタリナの癖を知り尽くしているならば、カタリナの防御を掻い潜り、守りの硬い顔を斬るなど容易い。


   黒い感情が沸き立つ。ドロドロとした黒い何かが胸の中で暴れ、胸がいやに熱くなる。

   

   何故ハドックはカタリナにここまでの仕打ちをする。何故カタリナに向ける刃に一切の迷いがない。何故カタリナに向けてそんな冷たい顔を向けるんだ。


「……てめぇ……ざけんなよ……」


「ざけるな?  ふざけてるのはどっちだ。あ?  何か?  戦場で敵相手に何もするなってか?  馬鹿かお前は」


「そうじゃねぇだろ!  お前!  カタリナだぞ!」


「だったらなんだ。互いに敵同士。知古だろうが戦場に立てば倒すべき敵でしかない…………はぁ……お前の問答は時間の無駄だ」


   冷たい声色で会話を切って捨て、槍の穂先を俺に向けて突いてくる。なんの予備動作もないただの突き、さしたる速度も威力も出ないはず。

   だが、ハドックは槍の名手であり、イフリムでは名のある冒険者。驚く程の速さで槍の穂先は目の前に来ていた。


「ぐ!」


   間一髪で顔を横に反らして回避し、蹴りをハドックの胴へと叩き込むが、それはフリーとなっていた左腕で防がれる。


   さて、驚いたのは突然迫ってきた槍だけではなく、ハドックの予想外の頑丈さにもだ。

   手加減したとはいえ、それでも強烈な蹴り。それをいともたやすく防いでみせたことに驚く。


   故に反応が遅れてしまった。横から迫りくる槍の切っ先に。


「つぅ!」


「ほぅ……妙に力が強くなってないか?  お前が狙われる理由はそれか?」


「知るかよ!」


   寸での所で何とか盾の端で止められた。しかし、頬に一線の傷を受けてしまう。

   伝わる僅かな鋭い痛み。さして問題はないはず。だが、妙に痛みの主張が気になるのだ。


   そして、何故か頬から嫌な感覚を覚える。危機察知が作動しているようだが、この程度の傷で反応するとは到底思えない。

   たかだかかすり傷で反応してたら逆に不便だ。


   だが、それも瞬く間に治まってしまうが。


「…………まさか……てめぇ……その槍に何か細工してんな……」


「流石察しがいい。ご名答だ。この槍は黒蛇牙こくだがつってな、傷付けた相手に呪いを付与すんだ。ま、身体が重くなるって程度の呪いだがな。それでも、積もり積もれば死んじまうけどよ」


「…………」


   ハドックは凍えそうなほど冷徹にそう言い切る。言葉に温もりはなく。いつもの陽気な声は何処に落としてきたのやら。


   ただ目の前にいるのは敵。仲間の身を脅かす親友だ。


「……覚悟はあるようだな」


「……あぁ……吐き気がするほどに何度も覚悟してる」


   こいつはこう言ってるんだ。俺を殺さなければカタリナを、いや、仲間達を殺すと。

   だから、迷うな。一切の感傷もなく俺を殺せと。


   こいつとの付き合いは長い。嫌な思い出も、むかつく思い出も、面白かった思い出も腐るほどある。

   だから、何を言わんとしているか分かる。分かってしまう。


「……何があったかは聞かない。理由がなんであれ状況は変わらないんだろ?」


「あぁそうだ。敵同士に変わりない。てめぇらとの無駄口を叩くのも億劫だ。ほら、おっぱじめようぜ」


   ハドックが耳に指を当てて何かを主張する。……無駄口か。なるほど、会話を聞かれている可能性があるということか。 不用意に情報を垂れ流すなと。


「ったく。地下に逃げ込んだのは囮作戦だってのに、まんまと引っ掛かって残念だったな」


   なら出来る限り混乱させてやる。どれほどの効果があるか分からないが、それでも盗み聞く悪趣味な奴には少しでも嫌がらせをしてやる。


「……あ……あぁ……ったく、とんだハズレだな。でもま、もう一人の標的がいるからまだいいか」


   俺の言葉を受け、最初は困惑したが、俺の意図を察したのかいきなり顔をにやけさせる。

   獰猛な野獣のごとき笑顔はこれまたハドックらしい。少しばかり仮面が取れてきたな。


   だが、今は感傷に浸ることは出来ない。ハドックは覚悟を決めてここにいるならば、それを汲み取ってやるのが俺の義務だ。

   例え、カタリナに恨まれようとも。


「……カタリナ、すまんがジェシカ……そいつを連れて離れろ。お前も長い時間はもたないだろ」


    理由は二つ。カタリナは肩で呼吸をし、息は荒く、額に大量な汗を垂らしていてかなりしんどそうだ。

   恐らくもう少ししたら気を失うだろう。そうでなくとも現在は逃亡の身。今のカタリナは足手まといでしかない。

   出来るだけ動いてもらって、少しでも先に進んでもらいたいというのが一つ。


   そして、もう一つは見せたくない。これから起こることを。


   甘いと言われたらそこまでだが、別に見せる必要もないのだから。

   

「いやしかし……」


「邪魔だ。それと、そのジェシカはちょっと訳ありでな。今は心ここにあらずだ。面倒かけるけど、見ててくれないか。ほれ」


   効くかは分からないが、ポーションを二つほど投げつけてやる。投げてから受け取れるかと思い至ったが、無事に受け取れて安堵する。


「それと、ジェシカが襲ってきたら迷わず斬ってもらって構わん。自分の身を優先してくれ」


   流石に俺がジェシカを預けた故に、ジェシカから襲われてカタリナが死んだなんてなったらヤバい。そこはもう割り切ってもらうしかないだろう。

   状況的に見てもこの判断しか出来ないんだし。


「……色々複雑そうだね……了解した……」


「おう。頼んだぞ」


「ごめん……本当なら僕がけじめを……」


「ばかが。んなん誰がやらせるか。お前はさっさと身体を治せ。次会うまでその死にそうな顔を下げてたらめっちゃ高いケーキ奢ってもらうからな」


「……はは……それは避けないとな…………本当に……すまない……」


   二人が遠ざかっていく気配を背中で感じながら、ハドックを見据える。対するハドックは、俺を警戒しながらもその向こうに意識を割いていた。

   奴の瞳から感じるのは寂しさだ。顔には出していないが、瞳にはっきりと寂しさを宿している。


「……お前の事情は分からない。多分家の問題なんだろうけどさ…………だから、俺がお前をやる」


「おいおい。お前が俺をやるって?  このハドック・カルケスト様を?  夢は寝てる時に見るもんだぜ」


「……そうか……けどよ……お前、ついぞ俺に一騎討ちじゃ勝てなかったろ?  いっつも悔しそうに地面に寝転がってたの……忘れたか?」


「そうだったなぁ…………結局、お前に勝てなかったなぁ……」


   俺とハドックはよく二人で手合わせをしていた。訓練用の武器と盾で打ち合い、疲れはてるまでよくやったものだ。

   こいつは昔から憎まれ口を叩く。それに反論し、口論の末に手合わせという形になるのだが、結末はいつも同じ。俺の勝利で終わっていた。


   ハドックが扱うのは刃のない棒切れ、それではいつもの鋭さを出せない故に、なんの苦労もなく組伏せることが出来たわけだ。


   だが、今回は違う。これは殺し合い。互いの命を賭けた真剣勝負。


   なのに、今のハドックから感じるものは……。


「……最初から……死ぬつもりでいるんじゃねぇ!」


   疾駆を使い、ハドックへと突っ込む。拳を強く握り、大きく引いてハドックの顔に狙いを定める。


   しかし……。

   

「は!  否定はしないさ!  けどな!  悪いが手加減はしてやんねぇからな!」


   ハドックは身体を横にスライドさせ、俺の拳を避けると同時に槍の切っ先が脇腹へと迫る。

   身体を捻り、槍をなんとか回避して距離を取った。


「さぁ!  全力で殺しあおうぜ!  アルヴィン!」


   黒き猛獣は獰猛な笑顔を見せ、槍という鋭い牙を向けてきた。

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護聖と呼ばれた男の物語 - 異世界転生 思ったより辛いことが多いですけど頑張って世界救います もっちー @motii

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