第10話

   前のめりに倒れつつある身体を、片足を前に出して支える。胸の内側に不快な違和感があり、呼吸がしづらい。

   背中の痛みは徐々に引いており、塞がっていくのが分かる。


   状態は万全とは言いがたい。けど、最悪とも言い切れない。妙に身体は軽く、身体の内から力が溢れ出るとはこのことを言うのだろうか。


   溢れているのは……魔力か。ウガルが言っていた魔力の炉心。これがそういうことか。


   魔力が体内から溢れ、俺の周囲を渦巻く。可視化している訳ではないが、風を起こすほどの魔力の奔流が凄まじい。

   これが竜の魔力。膨大な魔力を内に宿す竜の魔力か。


   にしても息苦しい。血が肺に溜まっていて、呼吸が難しいんだろう。ポーションで傷は塞がるが、血は戻らないのだから。


     このままでは血で溺れる。正直、手術が必要なレベルだな。


   けど、逃走中の俺達にそんな余裕はない。なら、燃やそう。俺は魔法が使えるんだから。


   イメージを固め、肺の中に溜まっている血、そして渦巻く黒いモヤののうな物のみを燃やす。それ意外の、体内を巡る血や臓器は燃やさないよう注意して。


「……流石に致命傷だと思うんだが……いい加減死ねよ」


   レスターの声が聞こえる。だが、今は無視して肺の中の血を燃やすことに専念する。

   下手に気にしていると、また制御出来なくなる可能性があるし。


「……おい、無視か?  幼なじみにその態度はないんじゃ……ないか!」

  

 前から悪寒が走る。レスターが、漂わせていた剣を俺に向けて放ってきた。俺の顔目掛けて飛んでくる剣の速度は早く、当たれば即死するだろう。


   フローティングシールドの一つを射線へと動かし、剣を防ぐ。別の剣も向かってきたのでこちらもフローティングシールドを複数操り、壁のように配して遮った。


   そうしてる間に、肺の中にあった血は全て無くなったので、今度は身体の中に渦巻く黒いモヤだ。

   これが体内に巣くっていると、どんどん黒いモヤが増えていく。正確には、黒いモヤがあると感情が暴走してモヤが増えるという悪循環になる。

   意識を黒いモヤへと集中させ、焼却する。すると、先程まで抱いていたレスターへの感情が薄らいでいく。


「動かないならこっちからいく!」


「……」


   レスターとジェシカがフローティングシールドの壁を避け、横から挟み撃ちにしてきた。

   動きはかなり速い。二人共本気で取りに来ている。


   ぶっつけ本番ではあるが、試すしかない。剣帝と剣聖の二人を相手どるならば、持てる札は出しきるしかないだろう。


   ウガルが言っていた竜化の感覚は本当に理解していて、やり方が頭の中にあるので問題なく発動出来る。


   魔力を消費し、足と腕のみを竜化させてみると、衣服の中で竜の皮膚が俺の皮膚の表面を覆っていく。

   どちらかと言えば竜の皮膚を鎧のように纏う感じか。


   本腰を入れて竜化させると竜の身体を出現させて中に入り込んで操作出来るようだ。

   といっても、今はその必要はない。というか、完全に竜になったらこの狭い場所じゃ大惨事になる。

 大型ではないにしても、流石にここでは無理だ。


   にしても、皮膚の表面に纏わせるのもガントレットやグリーブがきつくて仕方ない。


「っ!  はやっ!」


   竜化することにより、足の瞬発力と腕力が上昇する。上昇した身体能力に任せ、レスターへと飛び掛かって顔面へ拳を叩き込む。

   なるべく加減して顔を殴ったが、それでもレスターは顔を血まみれにして頭から壁に激突した。

   

「ち!  加減が分からん!」


   全力で殴っていたらどうなっていたか。想像するだけで実におぞましい。

   てか、頭から嫌な音をいってぶつかったのだが、死んでないよな?   さっきも気付いたら顔を癒してたし、多分大丈夫だよね?


「……」


「おいジェシカ!  どうなってやがる!」


「……」


   ジェシカが背後から横薙に斬りかかってくるので屈んで回避し、そのままの状態で横に飛んですぐに体勢を立て直してジェシカへと声をかける。

   だが、表情に変化はなく無言だ。


   どこか生気を感じない。まるで人形のような状態である。こんなジェシカは本当に初めて見た。

   基本的にジェシカは賑やかなタイプで、声を掛けられれば無言で返したりはしない。


   なるほど、レスターの目的は完全なるジェシカの回復。肉体の死は無くしてもらったが、意識までは戻して貰えなかったということか。


   ……もしかして、アークス教に入信した連中もこんな手口で従わされてたのか?  あり得そうだよな。


「……」


   また無言で斬りかかってくるので、フローティングシールドを動かして斬撃を防ぐ。

   違和感がある。レスターと似た感じの違和感。若干異なるけど、レスターと同じく剣筋が甘い。


   ジェシカの場合は掴みにくいというか、流れるような動きで、次の行動を予測しづい動きが得意なんだが、今のジェシカはなんとも単調だ。

  そう、人形のような表情もだが、動きも無理矢理動かされているように感じる。まさに操り人形。


   誰かが操っている?  どうやって……


「つ!」


「痛いじゃないか……なぁ?  アルヴィン」


   背後から悪寒を感じて横に飛び退くが、フロントアーマーを切り裂いて腋の下を僅かに斬られる。

     腐っても剣帝、切っ先の鋭さは健在か。


   つか、よくもまぁ直ぐに復帰できたな。中々の勢いで頭ぶってたから、気絶くらいしたっておかしくないと思うんだが。


   反撃を試みようとするが、即座に聖印の盾とフローティングシールドを装備し、防戦一方となってしまう。


  二対一という不利な状況。しかも、二人とも身体能力は高いため、流石にきつい。

   レスターの連撃をしのげばジェシカが横から隙を付いてくる。かといってジェシカに意識を割けばレスターの猛撃が襲い来る。


   それに、空中にはレスターが出した剣が漂い、時折向かってくるし。三方向からの攻撃を捌くのはキツイを通り越して無理ゲーだ。


「ほらほら、死んじゃうよ?」


「くっそ!  おいジェシカ!  いい加減この馬鹿をなんとかしてくれよ!」


   「……」


「無駄だよ。このジェシカは空っぽの器。魂が入ってない脱け殻なんだからさ」


「レスター!」


   ジェシカは俺の言葉に一切の反応を示さず、レスターと共に剣を振るってくるばかり。

   正直言えば劣勢だ。いくらパワーアップしても、この状況は俺のキャパをオーバーしてる。


   いっそ逃げるか?  別に、この二人とまともに相手をする必要なんてない。そもそも、俺達は逃走中の身で、皆がある程度離れたであろう今ならば逃げ出しても問題ないと思う。


   ヴェラとアーナがこの場にいるが、二人を引き連れて逃げる分には大丈夫のはず。

   うん、逃げよう。馬鹿くさい。

 取り敢えず二人にこっそり逃げるよう合図を……。


「アルヴィンさん!  援護します!」


「なんでぇぇ!」


   折角逃げようと思ったのに、ヴェラが矢を放ってきた。狙いはレスターだが、軽く身体を反らすことで難なく回避される。

   レスターがヴェラへと一瞥を送ると、空中の剣を複数ヴェラへと放つ。

   それらをヴェラは見事に撃ち落としていくが、いかんせん数が多い。処理が追い付かなくなり、どんどん剣のミサイルがヴェラへと近づいていく。


「ま、私がいるから通さないんだけどね」


   アーナがヴェラの前に出てパンチや蹴りで剣をはたき落とす。二人の連携で剣の進行はおさまり、拮抗を保ち始めた。


   それにしてもレスターさんや、どんな無限の武器庫ですか?  アンリミテッドですかね?


   あれだって魔力消費して出してるんだろうから、有限ではあると思うんだが、随分とばんばん出してますね。


「ちっ!  邪魔だな!」


「そいつは良かったよ!」


   剣の奇襲が無くなったことで、少しばかりだが余裕が出来た。取り敢えず身体能力に任せてレスターとジェシカを相手どる。

   幸いなのはジェシカの動きがぎこちないことだな。ビギニンとの戦いで見せた動きをされたらまずもって対処しきれん。


「おっと!  ホントタイミングいいな!」


「っ……」


   後ろからジェシカが迫ってきたので直ぐに方向転換し、一気に距離を詰めて拳で腹を軽く叩く。

   レスターの件があるのでさらに力を加減してみると、予想よりも吹き飛ばなかった。ここら辺の調整は練習が必要だな。


   てか、ジェシカが攻撃してくるタイミングが本当絶妙だ。いやまぁ、二人はそういう訓練してるからなんだろうけど、魂のない脱け殻と言うわりに正確に狙ってくる。


   まぁ、魂が抜けている弊害がどれほどなのか知らないから断言出来ないけどさ。

   だが、それでも妙すぎる。


   例えば、魂が抜けていても動けるならそこには意志があるはず。意志があるなら疎通ぐらいとれてもいいと思うんだが。

   じゃなければ操られているパターン。誰かに操作されていて、それに従って動いているなら、操っている奴がいるはず。


   遠いところから見て操作しているのか、誰か隠れていて操作しているのか。

   いや、そもそも、誰かに操作されることをレスターが許すか?  ジェシカはレスターにとって大切な人だ。

   誰かに好き勝手させるのを許すとは到底思えない。俺だったら嫌だな。


   だとすれば……。


「お前しかいないんだよなぁ」


「独り言いってないで死ねよ!」


   レスターが盾の隙間から剣を滑らせるように突いてきた。それを身体を反らして避けつつ、ジェシカの背後からの奇襲を盾で防ぐ。

   

 パターンがある程度分かってきたので、対処が大分楽になってきた。今だにヴェラ達が剣を撃ち落としてくれてるおかげでもあるな。


「……お前、ジェシカを使って・・・んじゃねぇよ」


「ジェシカは俺のっぐ!」


「モノじゃねぇ! 人だ!」


   レスターが発しようとする言葉を遮るよう、フローティングシールドを投げつける。

   もし、その先を聞いてしまえば、また暴走するだろうから。


「てめぇのやってることはジェシカを辱しめてるだけだ!」


   ジェシカは残念で仕方ない。その可能性に思い至らず、のうのうと生きていた自分を殴り倒したいほどに。今すぐにでも泣き喚きたいくらいに。


   けど、それは後だ。俺よりも悲しいはずのレスターの愚行。看過出来る訳がない。

   必ず正気に戻してやる。こいつのためにも、ジェシカのためにも。


「うるさい!  お前に何が分かる!  大切な人を失った俺の気持ちを!」


   痛いほどよく分かるさ。俺だって失ってばっかだ。


   だから、お前は助ける。失意からくる苦しみ、辛さをよく理解してるからこそ、見捨てはしない。


「目を覚まさせてやる!」


   ジェシカの前にフローティングシールドを複数繋ぎ合わせ、壁を作って妨害し、一気に踏み込んで疾駆を発動させてレスターへと迫る。

   衝撃で地面が抉れ、妙な音が聞こえたが一顧だにせず、突き進む。

   薄暗いこの空間では、一瞬だが俺を見失うはず。その隙に、奴に一撃を叩き込む。


   死なない程度、出来うる限り全力で。レスターを止めるために。


「この薄情者がぁぁぁ!」


「バカ野郎おぉぉ!」


   お互いの叫びが鼓膜を震わせる。レスターの剣が眼前へと迫る。けど、俺のほうが一歩速い。

   俺を見失ったというハンデは明確に響いていた。


   そして、俺の右手がレスターの脇腹へと嫌な音をたてながらめり込む。骨が折れる乾いた音が耳に入り、少々手加減に失敗したかと思うが、ここで引いてはレスターに届かない。


   勢いを止めずにそのままレスターへと叩き込めば、踏ん張りがきかなくなったようで吹き飛んだ。

   通路の角に激突し、ずるずるとずり落ちていくレスターを片目に、ジェシカの気配に気を配る。

   

   しかし、ジェシカは動きを止めてその場に立っているようだ。やはりレスターに動かされていたか。

   レスターの意識が途絶えたままなら、ジェシカも動くことはないだろう。


「……さて、このバカをどうするか…………あへ?」


   鈍い音と共に、いきなり浮遊感に襲われ、理解する前に水に落ちる。兎に角パニックに陥り、腕を伸ばして何かに掴まろうとするが、水の流れが強くてできない。

   視界は真っ暗で何も見えず、上下の感覚が分からない。水流もだが、ちょくちょく何か固いものにぶつかっては身体をグルグルと回らされる。


   息継ぎが出来ない。これヤバい。死ぬ。


   死を覚悟したその時。またもや浮遊感に襲われ、水の中から飛び出した。


「って!  滝いぃぃ!」


   抵抗虚しく眼下にある水面へと落ちた。



   

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る