第8話
振るわれる高速の剣撃は鋭い風切り音を奏でる。常に響き続ける金属音に耳が不調をきたす。
途切れる事のない金属音に紛れ、レスターの嗤い声が聞こえてくる。目は明らかに正気を失い、瞳に俺という存在は映っていない。
あくまで獲物。俺のことを狩るべき獲物としてか捉えていないようだ。
何故だ? 一体何故レスターとこうして命のやり取りをしている? 何故こいつはアークスを信奉
しだした?
何故、レスターは俺を殺そうとしている?
振るわれている剣に一切の迷いはなく、逡巡もなく、淀みもなく、手加減もない。
本気で殺しにかかっている。俺を殺すことになんの躊躇いも持っていない。剣には殺気しか帯びていないのだ。
理解して目の当たりにすれば胸が締め付けられるように苦しい。目から涙が溢れそうになる。
よもやこんな状況に陥ろうとは、最後に会った時には予想だにしなかった。
容赦のない斬撃は俺とレスターの溝を深くしていく。無情にも繰り出される刺突に、レスターとの心の距離を無理矢理離されていく感覚に陥る。
両手にそれぞれ黒い剣を携え、上下左右から殺意に染まりながら襲いくる切っ先。
片方は剣帝のスキルで生み出した物で、壊しても新たに生成されるのは明らか。
さらに、レスターの背後には複数の黒い剣が浮いていて、いつでも俺を狙える状態。
対する俺は左手に聖印の盾。右手にはフローティングシールドを握ってレスターの斬撃を防いでいく。
叩きつけられる剣撃全てを真っ正面から受け、レスターを見つめながら思考を張り巡らせる。
しかし、理由に考えいたりはしない。そもそも、ここ最近の騒動で俺のキャパシティは越えていいて、頭はパンク寸前。
頭の中はごちゃごちゃしていて、考えがまとまらない。
けど、はっきりしていることがある。それは、レスターの姿に心痛めながらも、激しく沸き起こる怒り。
レスターの剣はこんな単調ではない。こんなにも剣筋は鈍くない。レスターの振るう剣はこんなにも濁っていない。
常に自信と誇りを持って剣を振るい、ジェラルドさんに食い下がるあの気骨。それが 俺へと振るわれる剣からは一切感じない。
まったくの別人。容姿もだが、剣筋もかつてのレスターの面影を感じさせないほど、別人へと成り果てていた。
剣帝のスキルを持っているとは思えないほどに落ちぶれ、ジェラルドさんが見れば落胆するだろう。
故に怒りが沸き起こる。誰が、あの輝いていたレスターをここまで落としこんだのかと。
「……何があったんだ……何が……お前をそこまで!」
「……お前には分かんないさ。無才のお前にはな!」
俺の言葉に顔を酷く歪ませて攻勢を強めてくる。けども、怒りを露にした搦め手もない単調な攻撃など、俺には届かない。
威力が強くても所詮は人が出せる程度。皇竜や金剛竜レベルでなければ、俺の防御を突破は出来ないのだ。
「落ちこぼれのお前には! 予備と呼ばれる俺の気持ちは分からない!」
予備か。
なるほど、俺は深い事情など知らないが、恐らくレスターはフリードの予備として扱われているのかも知れない。
タイミングが悪い。それで済ませると簡単だが、当人からすれば堪ったものではないだろう。
剣帝という強力な スキルを持ちながら、飼い殺される屈辱は凄まじいはずで、剣に自信を持つレスターからすれば、到底耐え難いことだと思う。
レスターの言うとおり、無才である俺からすれば、強力なスキルを持っているだけマシだとは思うけど。
レスターの場合、輝かしい実績を持つジェラルドさんも居るので、それがフラストレーションを溜める原因だったのかもしれない。
「誰にも期待されず、僻まれないお前には分からない! 愛する人に捨てられた惨めなお前に! 俺の気持ちなど分かってたまるかぁぁぁ!」
激流のように溢れでる怒りによって、剣の勢いは増していく。響く音は大きくなり、相対的に剣の精細さは失われる。
今のレスターはただ感情に任せて暴れる野獣のようなものだ。
「お前は知らないだろうさ! 俺の絶望を!」
「だからといって、アークス教はないだろ! 皆を殺したんだぞ!」
「ああそうだ! お前が守りきれず! 見殺しにした!」
「っ!」
黒い渦が胸の中で回りはじめる。暗い感情が沸きだし、頭を熱くする。目の端が黒く染まりはじめ、レスターに向けて強い憎しみを抱く。
制御出来ない感情が溢れ、レスターがまるで別の生き物のように感じる。気付けば歯を強く食い縛っていて、緩めると歯に違和感が残る。
憎しみを感じながらも、言葉の刃が胸を抉り、心を削り、傷口を広げていく。
「お前みたいな出来損ないが生き残るとはな! 皆も悔しいだろうさ!」
酷く不快な感情が大きくなっていく。成長していく黒い感情を抑えられない。
「てめぇはその間ちやほやされてたんだろうが! 皆が痛みに苦しんでる時! てめぇはうまい物を食べて楽しんでたんだろうが!」
かつて抱き、俺の心を染めあげていた憎悪。再会した時、死んだと思っていた想いは甦り、憎悪という炎が燃え盛る。
俺に向けられた言葉が炎に
目の前の存在は幼なじみではない。俺の敵だ。村の皆を見捨て、のうのうと生きている裏切り者だ。
「すらぁ!」
右手に持っていたフローティングシールドを手放し、レスターの胸ぐらを掴んで顔へと頭突きを放つ。
いきなりの奇襲、突然顔に襲ってきた痛みに悶え、レスターは顔を抑えながら後ずさる。
胴体はがら空きとなり、鳩尾へ向かって拳をつき出す。
「かふっ!」
痛みと衝撃で変な息を吐き出す。だが、レスターの様子に頓着せず、聖印の盾を前に勢いよく押し、レスターの顔にぶつける。
衝撃で顔を大きく上に跳ねあげたので、右の拳を腹部へとめり込ませると、間抜けな顔を俺に向けた。
今度は聖印の盾を横に振り、レスターの顔をぶつ。殴られた拍子に半回転し、後ろを晒したので背中を押し出すように蹴る。
レスターは前につんのめるように数歩進んでから、振り向き様に剣を横に薙いできた。
「遅い」
ダメージからか、剣の速度は遅い。いや、それ以前に動きが解りやすいので容易く避けられる。
身体を低くすれば剣が頭上を通過し、下げた姿勢を戻す勢いを乗せながら脇腹へと拳を叩き込む。
「がは! てんめぇ!」
殴られた勢いから横にたたらを踏み、俺を遠ざけようと横に蹴りを放ってくる。
だが、崩れた姿勢からの
蹴りが向かってくる方向に身体を捻って胸を敢えて向け、フロントアーマーで蹴りを受けた。ぶつかった衝撃をこらえ、今度は身体を反対方向に勢いよく捻り、足を伸ばしてレスターを唯一支えている片方の足を払う。
右腕で蹴った足を掬い上げるようにしたのもあり、抵抗なく後ろへと転ぶ。
聖印の盾をしまい、レスターへと馬乗りになって顔へ勢いよく拳を打ち込む。
レスターの小さなうめき声が聞こえ、頬が赤く染まる。肉を殴った柔らかい感触を感じつつ、レスターの目は鋭く、まだ戦意の炎が灯っているようだ。
反対の拳を頬に打ち付け、レスターの目を見てみるがまだ変わらない。レスターの意思を挫くため、また反対の拳を頬に放つ。
しかし、まだ駄目だ。
それから何度も顔を殴る。速度は増し、最早レスターの表情は分からない。だが、止める気は毛頭ない。
こいつは裏切り者。手加減など不要だ。今、この瞬間こそレスターの懺悔の時。
こいつをコロシテ、ミンナニアヤマラセテやる。俺を傷付けたツミヲ抗え。
止まらない。止められない。何故かキブンガいい。ココチイイ感覚がアフレテくる。肉を打つカンショクにぞくぞくする。血が跳ね、徐々にガントレットが赤く染まればムネガタカマル。
「はは! ハハハハハハ!」
嗤える。ワラエルなぁ! 剣帝という強大なスキルをモッテイテモ、使うやつがこんなショボいとナニもコワクナイ。
これこそマサシク宝のモチグサレだな。
上に浮かんでいた剣が動く気配がする。どうやらやっと使う気になったようだ。
大方、俺相手にここまで追い詰められるとは思ってなかったんだろう。余裕ブッコイテるからカオガブサイクになるんだよ。
フローティングシールドを動かし、俺の真上に整列させ、剣の進行を遮る。
甲高い音を幾重にも響かせるが、それだけだ。俺にトドクコトハナイ。
「ハハハ! お前こんなにヨワカッタンダナ! ハハハハハハ!」
こいつがあの時村に居ても、何の助けにもならなかったな。まさかここまでヨワイトハ。
ショセンユウシャの二番煎じか。
「そんなんだからヨビなんだよ。ったく、ジェシカがカワイソウ……だな……」
ジェシカのナマエを言った瞬間、ムネニナニカガツカエル感覚に覚える。何か、重要なナニカを見落としていると、頭が警鐘をナラス。
「……やっと思いたった……か……この……薄情者……」
レスターの掠れた声。だが、耳によく届く。そして、その言葉は俺の想像を肯定するには十分な威力を発揮した。
「まさか……」
「やっぱり……気付いてなかったんだな……忘れてたか? どうでも……いいんだな……」
まさか……だとすればジェシカは……。
あのイフリムにジェシカが留まっていた可能性。それを考慮していなかった。いや、身重な彼女を戦線に出すこと自体が非常識か。
例え、剣聖のスキルを持っていようが、命を宿す女性を戦場に引っ張るなど、出来ないだろう。
なら、あの時、イフリムに残っていた可能性は十分にある。いや、残っていた。そして、残っていたということは、ジェシカは……。
「……なんで……もっと早く……解決出来なかった? お前が……あの事件解決に……貢献した……と聞いてたぞ……」
「……あぁ……ああああ……」
俺はまた守れてなかった。無意識に、大切な幼なじみを守れていなかったんだ。
この役立たず。誰も守れていなかった。何が護聖だ。何を護れてたというんだ。
お前は何故生きている。何故俺より価値のある人達ばかり死ぬんだ。
キエロ。ヤクタタズナオレナンテキエロ。キエテシマエ。
「けど……お前に懺悔する気があるなら……
お前の犠牲で……ジェシカは助かる……」
「ジェシカ……」
「だからさ……死ねよバケモノ」
突然、胸から燃えるような痛みが走る。後ろからヴェラの叫び声が聞こえるけど、遠い。何故か遠く聞こえる。
熱の発生源を見れば、胸の中心からフロントアーマーを突き抜けて剣の切っ先が飛び出していた。
レスターの顔を見ればいつの間にか顔は元に戻り、瞳に俺と、背後にとある人物が映っている。
それを直接確かめようと後ろを振り向けば、瞳に生気を感じないジェシカが、俺に剣を突き立てていた。
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