第7話

「気勢が逸れた! 総員進め!  ここを抜けることだけ考えろ!」


   アストラム殿下の号令のもと、皆が通路へと走り出す。しかし、俺は白い炎の柱を見つめて止まっていた。


   分かってしまった。俺が何故ジュリエッタに白い炎を使うのを躊躇していたか。


   同じになりたくなかった。あの光景を思いだしたくはなかった。怖かったんだ。


   色は違えど炎。ビギニンの黒い炎を連想させられ、嫌な記憶を掘り起こされる。

   ウガルの時はがむしゃらだったこともあるが、ルーナの事で結構きてたから気にもしてなかった。竜が相手だったこともあるだろう。


   だが今回は違う。無意識に忌避していたのだ、人相手に白い炎を使うことを。ビギニンと同じ事をするのを。


   自分が汚く感じる。奴と同じになってしまったと不愉快な気分に支配されていく。

   人を殺すことより、ビギニンと同じになったことを嘆くとは、自分も大概だとは思うがな。


「助かりました!  アルヴィンさんがやってくれなかったら……」


「……うん?  ……あぁ……気にすんな……マルサス」


「行くよ。何を呆けてんの」


「うお!  ヴェラ!」


     ヴェラが俺の腕を引き摺って無理矢理連れていく。特になんともないことだが、ヴェラの行動に助けられ、マルサスの感謝に少しだけ気分が晴れた気がする。


   悩むのは後にすべきか。今はこの状況から一刻も逃げることに専念すべきだろう。

   ここに兵を配していたということは、この先にもいる可能性は大きい。

   覚悟を決めて進まねば。


「ここからはバラけて進もう!  最悪、一人でも王族が生き残ればいい!  全滅することはなんてしても避けるぞ!」


「しかし殿下!」


「カタリナ!  君はマルサスを頼む!  この状況、私よりも彼が最も重要人物だ!」


「っ!  ……承知しました!  どうかご無事で!」


   カタリナが苦虫を噛み潰したような顔をして俺たちの所へ寄ってきた。なんだろ、カタリナとアストラム殿下の二人の雰囲気がなぁ。

   ハドックとは微妙な関係だから、或いは……。邪推はやめようか。


   俺もフリーだから大丈夫だよ、カタリナ?  一度でいいからくっころが見たい。


「あで!」


   いきなりヴェラから横腹をどつかれた。フロントアーマーの隙間を狙った正確無比な一撃だな。


「変な想像してる余裕なんてないんだよ」


「……なぁ、なんのスキルで察知してんだ?」


「……変態を嗅ぎ別けるのにスキルはいらない」


「そうでっか……」


「俺達が居ない間に二人共仲良くなってますね」


「いや、前からこんなんだぞ?」


   ヴェラは基本的にバッシュと一緒にいたからだけど、二人きりになれば大体こんな感じだ。

   辛口を吐かれたりするけど、結構仲はいいんだよな。


「ガルフェン殿とキャスティ殿はすまないが妹達に付いてくれ!」


「お、ガルフェン達はあっちか……お前はなんちゅう顔をしてんだ……」


   アストラム殿下の指示が聞こえたのだが、キャスティがすんごい不服そうだ。中々迫力ある睨みをアストラム殿下へと送っている。

   不敬罪で処されんぞ。


「キャスティ。ここは王子さんの指示に従うぞ。どうせ合流できんだ。一時的に離れるのくらいは我慢しろ」


「…………はぁ……あなたに諭される日が来るとはね……アルヴィン。貴方には話したいことがあるんだから。無事でいてよ」


「お?  おおう……分かった」


   なんだよ、話したいことって。ガルフェンの愚痴なら願い下げだぞ。こいつの話題を聞いても暑苦しいだけだ。

   あの顔からして多分重大なことだと思うから、ガルフェン関連はないと思うが。


「絶対だからね」


   ガルフェンとキャスティが離れていく。あ、そう言えば俺もウガルのことはまだ話せてないな。

   タイミングとかが合わないんだよ。会ったと思えばこの騒動に巻き込まれてグダグダしてるし。

   次会ったら言わないとな。


   アストラム殿下、二人の王女、そしてマルサスと、三つに分かれて別の道を走り進む。

   出口までのルートはカタリナと何名かの騎士が知っているので、それを頼りに進むしかない。


「にしても、なんでガルフェン達はあっちなんだ?」


「戦力の偏りを気にしてるのさ。こっちに優秀な戦力が偏り過ぎてたから」


   カタリナに質問してみれば、暗い顔で答える。まぁ、戦力を均等に分散するのは妥当かも。

   相手がヤバかったら、分散すると危険だったりするけど。


「そっか……て、アストラム殿下が一番戦力足りないんじゃ?」


   あっちは数名の騎士のみ。あと、あの爽やか赤髪イケメンくらい。人数も一番少ないし、ヤバいんじゃないか?


「……彼は……優先度が低いんだよ……」


「いやいや、第一王子だろ?  一番優先度高いと思うんですが?」


「あまり探らないでくれ。ややこしい事情があるんだ」


「……分かった」


   難しい話しをされても迷惑だし理解出来ないだろうから追及をやめる。カタリナは深い所に足を突っ込んでるようだけど、あまり深追いしないで欲しいな。

   ま、それはカタリナが選ぶことだし、家にも縛られているから、頑張れよとしか言えない。


「ところで、あのジュリエッタ・ヴァルクという女性とはどういう関係?」


「うん?  そうだな……最初に会ったのは王都だな。ハドックと共に行動してたんだよ」


「……そっ……か……」


   自分の失言に気付いた。よりにもよってカタリナの前でハドックの話題を出すとは。

   しかも他の女と歩いていたなんて堂々と暴露までして。

   馬鹿でアホな自分の顔にデリカシーという言葉を書いて、ぶん殴ってやりたい。


「あぁ……その…………すまん……」 


「気にしないでくれ。多分、王都内の地理を把握してたんだろう」


「へ?  …………あ、そっか」


   カタリナの言葉で腑に落ちた。ハドックとジュリエッタが歩いていた時の違和感に。

   デートというのにはぎこちなく、二人の間に距離感を感じた。まるで見えない壁があるかのような。

   カタリナの言葉の通りなら納得もいく。単純に彼女のお守りをしていたのだろう。


「……カルケスト家は帝国派になっからね。恐らくは手引きしたんだろ」


「……なるほどな……」


「……もしハドックが立ちはだかったら……僕に任せてくれないか」


「おいおい……」


「けじめをつけたいんだ。でなければ前に進めない」


「……カタリナ……」


   俺には彼女の気持ちは分からない。どれ程の覚悟を秘めて今こうしているのか。ハドックに対する想いはいかほどなのか。

   どれだけの葛藤を抱えて今この状況を迎えているか、俺には想像もつかん。


   ただ、彼女のいく末を見守り、励ますことしか出来ない自分の無力さを感じ、どこか切なくなる。


「……にしても、魔物と遭遇しないな」


   話題を逸らすのも兼ね、先ほどから疑問に思っていたことを呟いてみた。


   先の襲撃で残った魔物達が地下水道に逃げこんでいるのは聞いていた。だから、魔物との遭遇は覚悟していたのだが、一向にその気配がない。

   時折壁に血が付いてたりするので、何かしらの生物は居たのだろうが。


   或いは、フリード達が片付けたのだろうか。フリード達の力ははっきりと見ていないので分からないけど、噂に伝え聞く限りでは、逃げ出した魔物を殲滅していてもおかしくはないと思う。


   それでなくとも、ロゼッタはいきなり魔術が強くなっていたのだから。


「……掃討作戦が大分捗ったんじゃないかな」


「何にせよ、邪魔が入らないならいいけどさ」


「話してるとこごめんね。アル君、この先は心を強く持って欲しい。例えどんな人に出くわそうと、心だけは折れないでね」


「いきなりなんだよ。まるで未来を知ってるみたいな言い方」


   アーナが俺に呟いてきた。顔は真剣そのもの。少しばかり目に悲しみがこもっているのは何故だろうか。


「さぁね……でもこんな状況だ。昨日まで友だった人が、今日は敵なんて十分ありえるだろ?」


「それはそうだけど……覚悟しとけってか?」


「そうだね……どんな結果になっても後悔しないで欲しい」


「……お前の助言にさっきも助けられたからな。覚えておくよ」


「あはは!  あれは凄かった。この人死ぬ気だって思ったね」


「うん、僕も馬鹿だなと思った」


「カタリナまで……いやいや、だからあれは撃たないって確信があったからな」


「それでも信じきれる君はやっぱり凄い」


   アーナの笑顔を見るに、褒めているというよりか、馬鹿にしてるというか、呆れているような気がする。

   まぁ、いくらなんでも信じきるのはどうかと思うけど、ああしないとやっぱりリズを止められなかったと思う。

   だから、俺の選択は間違ってないと言い切れる。


「ま、無謀と勇気は違うってことだけは忘れないようにね」


「はいはい」


   確かにアーナの言うとおり。無闇に命を賭けて落とすのは馬鹿だな。こんな俺を気に賭掛けてくれる奴だっている訳だしな。


   カタリナ達に導かれて走っていると、途中で制止させられる。どうやら角の向こうから誰か来ているようだ。


「……誰だ!  名を名乗れ!」


   騎士の一人が叫ぶと、角から姿を表したのは見知った人物。

   黒づくめの服を所々血で染め、髪は乱れていた。顔は俺が知るあいつとは別人のように痩せこけ、目の下は黒く染まっている。一体何があったのかと心配になってしまうのはよく知るあいつだから。


「……やっと見つけたよ……アルヴィン……」


「レスター……」


   俺の幼なじみ、レスター・ハレットが見せたことのない表情で現れた。

   血走った目が不気味さを引き立て、粘っこい笑顔を作る。レスターのそんな姿を見ていると悪寒が止まらない。

   手に持っている何かの肉を無造作に投げれば、生々しい水の音をたてて血を撒き散らす。


   俺が知るレスターとはまったくの別人。他人の空似と言われたら鵜呑みにするほど変わり果てていた。


「君が中々見つからないからさぁ……苛立ってこの辺の魔物を皆殺しにしたよ……さぁアルヴィン、俺と行こう。アークス様のもとにさ」


「なっ!  お前何を言ってんだ!」


「はははは!  アルヴィンもアークス様の偉大さを知ったほうがいいよ!  あの御方は奇跡の力を持っている。君の願いも叶えてくれるかもね」


   こいつ、馬鹿か?  何を考えてやがる。よりにもよって皆を殺したアークス教のトップだぞ!


「ふざ!」


「レスター・ハレット!  第五師団の副師団長である君が何故ここにいる!」


   カタリナが俺の前に出てレスターへと叫ぶ。しかし、当のレスターは不気味に笑うだけ。

   カタリナの質問に答える気はないようだ。


「今はアルヴィンと話してるんだ。ふふ……邪魔するなよ……はは……」


「くっ!  正気を失っているのか!?」


   カタリナと他の騎士達が剣を抜き放ってレスターへと向ける。時間がないということもあってか、悠長に説得することも出来ないわけか。

   レスターの様子を見ても、確実に衝突は避けられない。


   レスターの強さはビギニンとの戦闘で把握済み。本気でぶつかればこちらに大きな被害が出るだろう。


   出来ることなら損失は避けたい。混乱した状況では、僅かな損失が大きなダメージとなりうる。

   それに、怪我人を運んで移動するとなればそれだけスピードも落ちるのだ。


「……俺に用があるんだな?  だとすると、他は関係ないんだよな?」


「あぁ、そうだよ」


「分かった。皆、先に行っててくれ」


「アルヴィン!?」


「ちょっ!  また馬鹿なことを言って! 」


   皆の視線が俺に集まる。こいつ、正気かと伺うように。

   だが、今の俺は至って正気。レスターの言葉に荒立ちはあっても、思考はまともだ。


   そもそも、この場所でレスター相手に複数人で挑むほうが危ない。あいつは剣を出現させ、それで攻撃してくる。

   あの能力を相手に複数人で挑めばかえって危ない。攻撃の拡散は負担を軽減するだろうが、この狭い場所では避けられる範囲も限られるのだ。


   なら、俺一人でこいつを抑えたほうがまだ安全。ビギニンとの戦闘である程度の動きは把握している。

   こいつとまともにやりあえるのは俺だけだ。


「この馬鹿の目的は俺だ。迷惑はかけられない。それに、俺は奴の動きをよく知っている。子供の頃から共に訓練してたんだからな」


「だからって!  相手は副師団長に最短で上り詰めた天才!  それに、最強クラスと謳われる剣帝のスキルを持つ規格外だ!  君一人なんて!」


「だが、まとまって挑んだら半分以上が死ぬぞ?  それだけは断言出来る」


「っ……けど!」


「マルサス。皆を連れてさっさと行け。お前はあの馬鹿の力を見てるから分かるだろ」


「それは…………」


「こいつの目を覚まさせるのは俺の役目だ。分かったら行け。でないと追い付かれるぞ」


「……分かりました。必ず追い付いてくださいよ!」


「おうよ! マルサス!」


「これは命令だ!  この場は彼に任せて先を急ぐぞ!」


   マルサスが叫び、レスターの横を通りすぎていく。本当にマルサスへはなんの用もないようで、通りすぎるのを黙って見ている。

   いや、見てすらもいない。興味がない、というよりは眼中に入っていないのが正しいか。


「……私は残るからね」


「……分かった。けど近づいたり手を出したりするなよ。簡単にばらされるからな」


   ヴェラは立ち止まったまま、俺の背後で残ると言う。どうやらアーナもヴェラと同じく残るようだ。

   まぁ、この二人は俺のパーティーメンバーだしな。アーナは仮だけど。

   残る分には別にいいか。


   下手に手を出しさえしなければ剣が向くことはないだろう。


「ふふ……自信あるんだな……けどさ、お前のスキルは盾だけだろ?  俺の剣帝に勝てるわけないのにさ」


「スキルに傲るなとジェラルドさんから教わったろ?  過信してると足元すくわれるぜ」


「……その名を出すな……イライラする!」


   レスターが剣を俺に向け、走り出した。


   

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