第6話
「どうして……なんで貴女がここに……ジュリエッタさん!」
俺の叫びが広場に木霊し、この場にいる一同の視線が集中する。だが、俺はそんなことなど無視し、前に出てジュリエッタさんへと詰め寄る。
「久しぶりだな、アルヴィン殿よ。先の混乱のおりは助かった。貴殿が共に戦ってくれたおかげで無事生き残れたのだから」
「違う! 今はそんなことを聞いてるんじゃない!」
「……正体を隠していた非礼は詫びよう。だが、こちらも任務なのでな。正体を明かすことなど出来なかった」
ジュリエッタさんは淡々と言葉を発する。彼女の背後からは似たような軍服を着た数十名の者達が歩いて来て彼女の背後に整列した。
彼等の動きは皆まとまっていて、一子乱れぬ挙動は訓練された兵士だということをありありと表している。
「貴女は本当に……帝国の?」
「そうだ。少将を任されている」
「くっ……」
信じたくはない。知り合いが敵だっとは。
しかも、敵の中でも上の立場なのだ。帝国の少将となれば指揮官として上位クラス。
この状況で出会うにはあまりにも最悪な相手であると言える。
「……ジュリエッタ・ヴァルク少将か……貴公は皇族……ということかな?」
「その通りだ、アストラム王子よ。だが、残念なことに貴殿ほどの価値はない」
「……落選者……或いは親縁ということかな」
「落選者……こちらの内情はよくご存知のようで。今の身共は庶子のような者。人質にしたところで帝国は構わず剣を振り下ろしてくるぞ」
「……それは残念だ」
アストラム殿下とジュリエッタさんとの会話の最中に、騎士達は俺の横に並んで剣を構えだす。
対する帝国側はジュリエッタさんの後ろに整列したまま動かない。
彼等の姿はこの世界にとって異様に感じる。というのも、ヘクトス王国側の兵士や騎士は基本的に鎧を装備している。大なり小なりだが。
だが、彼等の装備は軽装。まさに近代的な軍服その物で、この世界に慣れた俺としては違和感が大きい。
剣や槍、弓が主流のこの世界でそんな軽装大丈夫? と言いたくなる。
特に、ジュリエッタさんは肩に幾つかの紐が垂れていて、ボタンも金色。使われている糸も金色のようで、光を反射してキラキラしている。
少将という立場からあの服装なんだろう。けど、やはり彼等は軽装すぎて、今から荒事を行うには不向きではないかと思う。
「さて、ここで提案なんだが、大人しく降伏はしないか? 身共としては無駄な労力は建設的ではないと思うのだが」
「ジュリエッタ少将。貴方は我らが負けると言うのかな?」
「その通りだ。我等は帝国でも特殊な部隊故、戦力は規格外である。貴殿らを捻るなど雑作もない」
「そうか。だが、我等はここで終わる訳にはいかない。勝たせてもらうよ」
「残念だ。アルヴィン殿。貴殿はどうかな? 貴殿のスキルは有能だ。帝国軍部に進言して貴殿を取り立てることも出来るぞ?」
ジュリエッタさんの提案は美味しい話しだろう。未来が暗い王国より、王国を支配下に置く帝国の軍に入る。
先の事を考えればそれもありだとは思う。
だが、俺には任されたことがある。それを簡単に止めることは出来ないし、ほいほいと鞍替えする気もない。
「……美人の誘いは嬉しいけど、俺は結構一途なんだ」
「だと思ったよ。貴殿の盾と同じく心も硬いだろうとな。だが、身共の牙と爪も鋭いことは覚悟してもらおうか」
ジュリエッタさんが構えると、後ろの兵士達も剣を抜いて構えだす。全員が同じような構え型をするのでどこか美しさを感じつつ、俺は聖印の盾を左腕に装備させ、フローティングシールドを幾つか出現させる。
「ジュリエッタ隊……蹂躙せよ」
その言葉を耳にすると、俺達は驚愕に身体を震わせた。
彼女の言葉を合図に、兵士達が変化したのだ。
トカゲ、猫、犬、鳥。顔が変化し、体つきもそれに合わせて変わっていく。
羽が生えたり、爪が伸びたりし、先ほどの姿が嘘のよう。一見すれば獣人族かとも思うが、禍々しい見た目から違うと断言出来る。
どちかと言えば魔物。獣人族はあくまで人に獣の特徴があるだけ。簡単に言えば、体のワンポイントが獣だ。
獣耳や尻尾が付いてたりとか。
だが、彼等は獣が人のシルエットをしている。見た目には魔物にしか見えないレベルだ。
「ちぃ! 噂に聞く
アストラム殿下の言葉を受けて騎士達が息を飲む。皆、顔には恐れの色が滲み、腰が若干引けている。
無理もない。敵がいきなり変化したのだから。しかも、彼等の力は……。
「ぎゃあぁぁ!」
「クソ! 速っ……があぁ!」
強い。速さもそうだが、力が半端ではない。
剣を打ち付ける力が強いため、剣で受けてもそのまま押し込まれてしまう。
殴られれば、鎧が飾りではないかと思うほど容易くひしゃげ、騎士を吹き飛ばし、頭を掴まれればトマトのように握り潰す。
蹂躙。ジュリエッタさんが言っていた言葉そのままの蹂躙劇だ。
数はこちらが僅かに上。だが、戦力差は圧倒的。一人一人が魔物並の力を有するとなれば当然か。
「俺の盾を使え! 奴等の攻撃を防げる!」
俺は浮かせていたフローティングシールドを騎士達へと寄せて持たせる。そして、持った盾で帝国兵の攻撃を受ければ防ぎきってみせた。
フローティングシールドはあくまで俺のスキルの影響を受ける。だから、ある程度の威力までは無効に出来る。
とはいえ、防ぐ手立てが出来ても、帝国兵の強さは厄介だ。
全員が俊敏で、さらに連携もしっかりと取っている。一人が攻撃して意識を誘導すれば背後から別の兵が攻撃を入れる。
厄介な騎士には三人がかりで挑んで足止めし、比較的楽な騎士を別の兵に仕留めさせていく。
訓練された軍人は実に厄介。勿論、こっちだって訓練を積んだ騎士達だ。けど、肉体的能力に差があればそれは埋めがたい戦力差となる。
普通だったら。
「どりゃあ!」
「ぐぅ!」
「馬鹿な! 力で我等を凌駕するのか!」
「くそ! 囲め! こいつは足止……ぎゃ!」
まぁ、普通じゃない脳筋がいるからな。魔物と殴り合える奴なんて非常識も甚だしいよね。
いつの間にかガルフェンの奴合流してたな。顔に痣があるのけど、恐らくこの戦闘に関係ないだろう。
「気持ち悪いから寄らないで」
「無詠唱!? 」
「近づけ! 所詮魔術師! 近づけば無力!」
「影が伸びてくる!」
あと魔術は普通に通用するみたいだな。キャスティに次々とやられてく。うん、やっぱあの二人は強いね。
騎士達が手こずってるのに関係なく薙ぎ倒してるよ。
「皆! 落ち着いて対処するんだ! 個ではなく固まって戦え!」
「くっそ! この女やる!」
「それはどうも!」
「ぎゃ!」
カタリナの素早い剣激に対処仕切れず、帝国兵は首を切断された。華麗に攻撃を盾で受け流してからあの斬撃の雨はキツイだろう。
魔物との戦闘に慣れたあいつらならば型にはまった人間の動きはむしろやり易いんだよな。
「しっ!」
「なんだよあの弓使い! 矢が分れ……」
「ああぁぁ! 避けきれな……」
ヴェラは王女達を庇いながら矢を打ち続ける。少々あいつには不利な状況だが、魔弓師……じゃなく聖弓師のスキルで放たれる魔力矢は複数の矢に別れ、追尾して獲物を刈り取る。
常識外れの攻撃に流石の帝国兵も呆気なく貫かれていく。
「この女ジュリエッタ隊長みたいだ! 本当に女か!」
「君、失礼すぎない? ほら、君たちの隊長が睨んでるよ?」
「ひ!」
アーナではなくジュリエッタを怖がってやがる。
あちらもアーナの力に負けてどんどん殴り飛ばされていく。あいつも大概だよな。
うん、これなら大丈夫かもな。最初はマジで絶望しかけたけど、普通に強い味方がいたから助かった。
だから、早く俺にも助けをお願い。ちょっとしんどい。
「見事だな、魔植兵をあぁも容易くとは」
「ひいぃぃ!」
ジュリエッタの足が鼻先を掠める。スカートなら丸見えだったが、非常に残念で遺憾ながらズボンだ。
ジュリエッタは涼しい顔で攻撃を繰り出してくる。迫りくる拳は鈍い音を鳴らし、振り下ろされる踵は地面を割る。
盾で防ぐのはいいが、格闘による攻撃は手数が多い。盾で防ぎきるには苦しい攻撃の弾幕だ。
迫る右の拳を盾で防ぐ、すると視界の端には足の爪先。屈んで回避すれば頭上から悪寒。
上に盾を滑らせて防ぐが、今度は目の前に蹴り上げが迫る。
いやいや、あんたマジで人間すか? 動きの速さもさることながら威力がヤバい。
「ちょ! ちょっ待って!」
「待つ理由があるのか? 身共と貴殿は敵同士。ならば加減する理由はない」
「いやそうだけど! でもここは知り合いのよしゅ! あだぁぁ!? ぐえ!」
彼女の攻撃を屈んで避けた瞬間に舌を思いっきり噛んだ。そして、容赦も情けもない蹴りが腹に入って吹き飛ばされる。
意識が刈られかけたものの、なんとか持ちこたえた。しかし、ショック状態となったため、呼吸が出来なくて苦しい。
迫りくる足音が嫌にはっきりとし、呼吸は出来ないが、無理矢理身体を立たせて盾を構える。
「戦闘中に喋るのは危険だぞ?」
「かひゅ!」
あんたが言うかとツッコミを入れたいが、声が出せない。攻撃を捌きながら必死に呼吸を整え、形成逆転の一手を考える。
だが、思いつかない。俺のフローティングシールドで囲むかと思ったが、彼女の身軽さを思えば不可能だろう。
簡単に飛び越えられそうだし、バインドで拘束するのもあの速さではまず無理。
さて、どうしたものか。
「何を迷っているのだ? 貴殿は先ほどから何かを躊躇しているな」
「勘が鋭いな」
この世界の女は勘が鋭いのばっかか? ったく、俺にもそのスキルを分けてくれ。
いやいや、考えを逸らすのはよくないな。彼女に見透かされているなら、悠長してもいられないだろうし。
手はある。彼女を倒す手は。
だが、その選択は殺すということである。
白い炎ならば彼女を倒せるだろう。ただ彼女にぶつければそれで終わり。難しいことはない。
だが、それは彼女を殺すということ。
厄介なのは彼女が武器を使っていないのだ。故に武器を破壊して無力化するなんてことは出来ないし、手足だけを焼くのも彼女の技量的に難しい。
ここまで動ける相手にピンポイントで部位を破壊するのは、今の俺には出来ないと断言しよう。
当たるまでやってたらこっちが先にガス欠になる。だから、いっそのこと一気にいくしかない。
「戦場で迷いを抱けば死ぬぞ」
「わかってるさ!」
彼女の言葉はごもっとも。如何なる状況でも、戦いで迷えば次の瞬間には死ぬ。
冒険者やってれば誰だって分かってることだ。
だが、相手は人間。盗賊ならばまだしも、彼女はジュリエッタ。先日は肩を並べて共に戦った人。
そう易々と割り切れるほど俺は出来た人間じゃない。
「ならば迷うな。貴殿が死ねば後ろにいる王子、王女の命運は尽きる。それだけではない。貴殿があの盾を出しているならば、盾も消えて形勢は傾くだろう」
「ちぃ! 言われなくても!」
頭で理解していても踏ん切りがつかない。彼女との時間は短く、深い思い入れがある訳でもない。だが、知らない相手ではないのだ。
自分に失望する。アーナにはっきりと言ったにも関わらず、いざなってみればこの体たらく。
口だけの役立たずと言われたら黙るしかないな。
「はぁ!」
「くっそ! ただの王子だと思ったが、やる!」
「舐めるな! 俺だってあの人の背中を見てるだけじゃない!」
後ろでマルサスの声が聞こえた。体制を傾けて横目に見ればマルサスの剣が歪んで見える。
恐らく風を纏っているのか。高密度の風が光を歪ませているんだろう。とんでもないな。
「ふむ。余所見とは余裕だな。その油断が仲間を殺すのだ」
俺の横を一瞬にしてジュリエッタは通り抜け、マルサスへと向かう。止まる気配など一切なく、拳を構えて猛進する。
俺は無意識だった。ただ最悪の事態を避けるため。バッシュの頼みを遂行するため、気づけば白い炎の柱がジュリエッタを飲み込んでいた。
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