第5話
リズの独白を聞いて感じたことは、貴族の世界は生々しいんだなということだ。
リズは現在のメルステア公爵とはなんの関係もない存在だった。しかし、未亡人だった母があまりの美しさからメルステア公爵の妾となり、連れ子だったリズは義理の娘として迎え入れられた。
リズと弟の二人の子供を抱え、経済的に苦しい母にとって妾としての立場はむしろ助かったといえる。
そして、リズが義理の娘として迎えられた理由は簡単。彼女の才能が目覚ましい物だったから。
通常、スキルは一定の年齢にならなければ発現しない。そもそも、スキルは潜在的能力を現す指標であり、所有者を補助する役割がある。だが、希にだが幼少期からその才能の片鱗を見せる者がいるのだ。
リズもその一人で、幼い頃から魔力の操作に長けていた。魔力操作が得意ということは、魔術の才を秘めているということ。
いずれは宮廷魔術師として召し上げられる可能性があると判断し、自分の子として迎えたのだそうだ。
それから数年後、メルステア公爵からとある命令がくだされる。
『マルクニス殿下に付き従い、来るべき日まで監視せよ』
まだ幼かったリズにとってその命令の真意は分からなかった。けど、断るという選択肢などなかった彼女はマルサスと共に過ごし、マルサス暗殺事件後も共にあり続けた。
そして、来るべき日が来た。ついこの間、メルステア公爵に呼び出されて計画を説明される。
それは、帝国に王族の子息達を献上するというもの。マルサス含む全ての王子と王女を確保し、メルステア家を後世まで安泰にするための生け贄とする。
それを聞いたリズは覚悟を決めた。
自分の命を持って母と弟、そしてマルサスを守ると。
故にあの行動。自分はメルステア家の者で、反意があると、そう高らかに宣言したのだ。
あのタイミングだったのはあの騎士が現れたから。全ての計画を知らされていないリズはただ事が起きたら手伝えと言われているだけ。
だから悟った、このタイミングしかない。危険を知らせ、尚且つ家族を守るにはこの時しかないと。
マルサスを殺さないよう直前で魔術を逸れるように放った。自分が殺されようと。
マルサスへのあの言葉も自分が死んでも、少しでも悲しませないようにと配慮してのこと。
根は優しいリズのままだったってことだ。
ただ、肝が冷えたのはアストラム殿下が身を挺して庇ったこと。まさか飛び出してくるとは思っておらず、アストラム殿下を危うく焼き殺す所だったらしい。
「……なるほど……ではここを出るとメルステア公爵が待ち構えていると?」
「恐らくは……」
「彼は我が陣営の中枢。このルートに関しては知っている。だとすれば罠があるか……」
「どうなさいますか? 逃走するにしても地上は……」
ベラトリム王女がアストラム殿下へと逃走経路について伺う。地下が駄目なら地上、となるほど甘くはない。
当然のように地上は帝国派の騎士やら貴族がいるだろうし、帝国の兵士だっている。
それに、帝国にはあれがなぁ……。
「王都上空には帝国の飛行船が構えているか……まだ地下水道の方が希望はあるな」
帝国の軍事力が恐ろしいのは航空師団を保有すること。
幾つもの魔道具を繋ぎ合わせて作られた飛行船は航空師団の要であり、輸送の重要施設で、飛竜騎空団や兵士を乗せて戦場に赴き、絨毯爆撃で蹂躙する。
要は空飛ぶ空母であり爆撃機だな。
もともと帝国の領土は険しい山岳地帯で、街と街の往来には遠回りをせざるおえない。
ならば障害のない空を飛ぼうと飛行船が作られ、帝国の発展に大きく寄与した。というか、飛行船がなければ帝国はあそこまで大きくなれなかった。
そんな戦力が空に浮いているのだからまず地上での逃亡は絶望的だろう。
「いくら飛行船の運用に時間制限があっても、地上ルートは現実的ではないですね。やはり飛び込むしかないですか……」
「……ベラトリム王女殿下、彼女の言葉を信じきるのもいかがかと。撹乱するための偽情報だってありえます」
騎士の一人がリズを見ながら疑いの目を向ける。
確かに彼の言い分は分かる。リズ一人の言葉を信じるには情報が少なすぎるし、状況が混迷しているならば慎重になるのは必要だ。
「君は、勝てない相手と向かい合ったらどうする?」
アストラム殿下の質問に騎士が当惑する。俺も何が言いたいのかちょっと分からん。答えなんて決まってると思うが。
「え? ……それは……出来るだけ戦闘にならないよう立ち回るかと……」
「それが答えだよ」
「……殿下、それはいったい……」
「メルステア公は現在の将軍。軍部を司るうえで多くの事を知り得る……各国のミリタリーバランスとかね」
「それは……」
なるほど、そういうことか。
メルステア公爵が現在の将軍ってのは初めて知ったが、アストラム殿下の言いたいことはよく分かった。
単純に屈したんだ。帝国の軍事力に。そして、帝国に迎合する貴族も多くいる現状ならば、王国の未来は絶望的。
自分が生き残るため、どちらに付くのかを選択したわけか。
「だから彼女の言葉は信用出来るさ。彼だって貴族。国よりも自分の家を優先するのは当然。帝国に与する方が安全だと判断したのさ」
「とりあえずお兄様、こうなると第二議案のルートになさいますか?」
「そうだね。広大な地下水道。流石のメルステア公も全てを把握仕切れてはいないだろう。そもそも地下水道の全体像は王家しか分からないんだし」
どうやら対策はあるらしい。ヤバいのかと思ったが、大丈夫なようだ。
いや、厳しい状況に変わりはないんだろうけどさ。
メルステア公爵の件を考えるに、味方の貴族も完全に信用出来ないとなるわけで、あまりにも悲観的な状況だ。
「リズ嬢。君の家族はなんとかする。私をどうか信じて欲しい」
「……はい」
アストラム殿下はリズの母と弟を保護する部隊を差し向けることを条件に、リズから情報を引き出した。
リズの家族は人質というより、公爵の妾として匿わられているので、あまり危険はないらしいが。
だが、百パーセントではないので部隊を差し向けて保護してもらうことになった。
「では行こう。モタモタすればそれだけ此方が不利となる」
アストラム殿下の言葉のもと、俺達は地下へと歩み始めた。
まず階段を降りて進めば行き止まりとなる。周囲を見回しても道らしき道はなく、ただの行き止まり。
だが、騎士の一人が壁を何ヵ所か叩くと、壁が重厚な音をたてながら動き出して道が現れた。
道の壁から次々と光が灯され、闇を照らしていく。
上の仕掛けといい、かなり厳重だな。王城に繋がるわけだから当然なんだろうけど。
にしてもこの仕掛けどうなってんだ? ゲームでよくあるあり得ない古代遺跡のギミックみたいでカッコいいんだが。
ただ、この先の地下水道にいくのは気が重い。イフリムのトラウマがあるからだ。
「アルヴィン、俺すんげぇワクワクしてるんだが同時に嫌な感じがする。背中がよ、こうゾワゾワってさ」
「奇遇だな。俺もだ。けどガルフェン、思い出さなくてもいい過去はあるんたぞ」
ガルフェンはイフリム事変の記憶が曖昧だ。祝勝会の浴びるほど酒を呑んで吐瀉物と一緒に記憶を吐き出したようだ。
なんて器用な奴。
「二人共バカ言ってないで行くよ」
カタリナが呆れたような顔をして歩いていく。こいつ、あの地獄を忘れたのか?
ビクビクしながら進むと、裾を引っ張られたので振り向けば、暗い顔のヴェラが引っ張っていた。
「どうした?」
「……アルヴィンさん、あんな無茶はなしにして」
「無茶?」
「リズの杖……」
「あぁ……あれか……」
いや、確信があったからあれをやっただけなんだが。それに、ああしないと多分リズは危なかった。
下手に魔術をぶっぱなされたら騎士達に切り殺されてたと思う。
リズを止めるにはあの手段しか思いつかなかったんだよな。
「別にあれは危険ではなかったぞ。リズが撃たない自信あったし」
「それを見ている方は気が気じゃないんだよ。お願いだから軽はずみに自分の命を賭けないで」
「つってもなぁ…………俺は命を賭けるくらいしかろくなもんないし」
「それはね、無責任って言うんだよ」
あれ? もしかしてヴェラ怒ってる? 暗いから気付きにくかったが、顔が怖い。
声もなんか強めだし、やっぱ怒ってるな。
「ごめん。気を付ける」
「気を付ける? 貴方は気を付けても危なっかしいから信じられない。いい? 貴方の為にロゼッタは…………なんでもない」
ロゼッタの名前を出すと、ヴェラが顔を歪めてそっぽを向く。ちょっと、いや、かなり気になるんだが。
「ロゼッタがどうした?」
「なんでもない。兎に角、無駄に危ない橋を渡らないで」
「それは分かったからロゼッタがどうしたんだよ」
「うっさい! この馬鹿! あんぽんたん! 鈍感のすけこまし! スケベ!」
「えぇぇ……心当たりない罵倒もある……」
ヴェラががに股で先をいく。あいつがあそこまでムキになるのも珍しい。つか、すけこましは違うだろ。どっちかと言えば逆ではなかろうか。
にしても、ロゼッタの事は気になる。そもそも、あいつが勇者と行動を共にするのがあいつの意思なのかも分からない。
ま、聖女になったなら仕方ないんだろうけど。
取り敢えずロゼッタが望まない結婚をするなら死んででも救いだすけどな。
「お前は女の扱いが分かってねぇな」
「おうガルフェンぱいせん。お前も大概だと思うがね」
「へ! 俺には最高の女であるキャスティがいるんだぜ? 女をゲットする腕はお前より上さ」
ムカつく。
「だよな。この間も知らない女の冒険者と連れ込み宿に消えてたし」
「なんでそれを知ってる! てかお前馬鹿!」
あ、口から出任せ言ったら当たった。そうか、こんな脳筋でもモテんのか。悔しいなぁ……。
「ガルフェン。話を聞かせてくれるかしら?」
「あ! ちょっま! 違うんだ! あれは反動が! アルヴィンの裏切り者ぉぉぉ!」
キャスティに連れられて通路を戻っていく。悪は裁かれる運命にあるのだ。二人共早く追い付けよ。
暫く進めばまた行き止まりとなり、騎士がまた壁を叩く。先ほどとはまた違った箇所を叩いているな。同じじゃ簡単に突破されるからか。
壁が動くと水の音が聞こえ、冷たい空気が一気に吹き付けてくる。地下水道内部は灯りが灯らないようで、視界が悪い。
ここは地下、光源がなければ見えないのは当然か。にしてもここの地下水道は匂いがしないな。
イフリムの地下水道は少々生臭い匂いが漂っていたんだが。
流石は王都。地下水道すらもしっかりと配慮されているのか。お願いだからGだけはやめてくれよ。
「では行きましょう。別ルートになるので途中に匂う箇所があります。そこは我慢してください」
あ、ここら辺は匂いがしないのね。もしかしてここは上水道かな? 飲み水として供給するための水道か。
とすれば別ルートは排水の方。下水となるのかな。
頼むからトイレとかの排水は勘弁して欲しいもんだ。病気とかに罹ったら笑い話しにもならん。
地下水道内部は非常に広く、配られたランタンの光では先が見えないほどだ。
流れる水はとても澄んでいて、そのまま飲めるのではと思えるほど。けど、実際に飲むと体調を崩す恐れもあるので止めた方がいいと言われた。
まだここに流れる水は完全に浄化されていないので、雑菌がいるのだとか。
本格的な浄化施設は流れ行く先にあるそうだ。
それと、あまり派手な行動は避けてほしいとも言われた。なんでも、足元にも水道があり、老朽化から崩れやすくなっているため、下手すると崩れて水流に流され、遭難するんだとか。
なんかフラグっぽいんだが。いきなり足場が崩れてドボンとか勘弁してください。
暫く進むと不快な匂いがしてきた。先ほでは無臭に近かったため、極端に不快感は大きい。
流れる水も形容しがたい色に濁りきっていて、視界に入れたくないほど。
とはいえ、それも短い間だけで、少し進むと匂いは無くなって水もキレイになった。
そして、灯りによって隅々まで照らされた広い場所に出る。
「なるほど、身共は幸運なようだ。このルートは通らないと言われて待ちぼうけかと思っていたのだがな」
澄んだ女性の声が響いてきた。聞き覚えがあるこの声を耳にして混乱が頭を支配する。
何故彼女がここにいる? 地下水道は限られた人間しか入れない。それこそ国の重鎮かここの管理を任されている人くらいしか。
「……敵の方が一枚上手か……待ち構えられているのは既に覚悟のうえ。悪いが押し通らせてもらう」
「血気盛んだな、ヘクトスの第一王子よ。だが身共も帝国に身を置く武人なれば、容易くは道を譲らぬさ」
黒い軍服を見にまとった金髪の女性。ジュリエッタさんが佇んでいた。
軍服を着たことでどこか大人びていて、雰囲気も冷たい。何より、彼女から発せられる圧は凄まじい。
「身共はヴァルク帝国少将。ジュリエッタ・ヴァルク。貴殿らを仕留める獣だ」
予期せぬ再会。最悪といっていい事実に、俺はただ唖然とするしか出来ない。
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