第4話

 緊迫した空気が室内に充満する。放たれた炎の渦は俺が出したフローティングシールドで阻まれて消え、駆け出そうとした騎士はフローティングシールドが邪魔で先へと進めなくなっている。



 混乱する頭を必死にまとめようと励むが、重苦しい空気がそれを邪魔し、状況が分からないままだ。

 唯一分かることはリズがマルサスを殺そうとしたこと。



 まさかあのリズが。マルサスにべったりとくっつき、とても仲が良かったリズが刃を向けたのだ。マルサスへ。



 このままいけばリズは殺される。魔術が発動するよりも、騎士が踏み込んで肉薄する方が早い。

 この狭い部屋の中では魔術師の方が不利なのだ。



 だが何故だ? 何故このタイミングでリズは反旗を翻した? やるならばもっと早く、逃げ場のある廊下などでやるはずだろう。



 何故このタイミングで……。



『ヒントはあったりするんだよ。それを拾って導き出せるかによって、答えはまったく違ってくるはず』



 アーナの言葉を思いだし、リズの様子を見てみる。すると、あることに気付いた。



「覚悟しろ小娘!」


「っ!」



 騎士がフローティングシールドを避けてリズへと接近する。それを見て気づけば俺はリズと騎士の間にいた。

 咄嗟だった。変な衝動にかられて、咄嗟に身体は動いていたのだ。



「っ! 貴様! この小娘を庇うのか!」


「お願いです! どうか待ってください!」



 フローティングシールドを出現させ、手に取ってから疾駆で間に割って入った。

 聖印の盾で騎士の剣を止め、フローティングシールドをリズの杖の前に出す形で。



 状況はいまだによく分からない。けど、このままリズを殺させる訳にはいかないと思い、気付けば身体は動き、この状態になっていた。



「ふざけるな! 魔術師を捨て置けば被害は甚大となる! ここでその首を落とす!」

「私がいる限り魔術は大丈夫です! だからどうか彼女と話しをさせてください!」



 騎士の剣幕はあまりにも厳しい。当然だ、マルサスを暗殺しようとしたのだから。

 正確にはマルサスを庇ったアストラム殿下が死にかけたというのが正しいか。



 アーナが居なければ恐らくアストラム殿下は死んでいた。そう断言出来る程に切迫していて、威力も致死的だったのは見て分かる。

 故にこの騎士は怒り、リズに誅罰を与えようとするのは当然だろう。



 だが、どうかここは堪えてほしい。リズの目。彼女の目は覚悟を決めた目だ。ここで討たれる覚悟を。



 人を殺すのではなく、殺される覚悟を決めている。明らかに彼女の行動とは矛盾している。

 それがなんだと言われればそれまでだが、リズは元パーティーメンバー。後輩であり、バッシュに面倒を頼まれた一人だ。



 容易く切り捨てることは出来ない。



「……構わん。彼に任せろ」


「しかし! なりませんぞ殿下! この小娘は危険です!」


「私はこの通り無事だ。彼女が何を思って宣言したか確認もしたい。それとも私の命が聞けぬか?」


「くっ……」



 アストラム殿下の言葉を受けて騎士は下がる。勿論警戒は怠らず、何かあればすぐにでも行動を移せる状態で。



 リズに向き直れば彼女の顔には迷いが出ていた。迷いながらも決意を込めた瞳。矛盾した感情に悩まされ、どうしたらいいのか分からなくなっている。そのように感じる。



 一体何を思っているのか。俺には推し量れないが、彼女は望んでこんな行動をしているとは思えない。



「甘いですね。アルヴィンさんは甘過ぎます。だから、ここで死ぬんです!」



 リズが魔方陣を展開して再度魔術を放とうと杖を俺に向ける。手は震え、何処か怯えた表情へと顔を変える。

 敵意は感じず、迷いのみ。これでは到底暗殺者として成り立っていない。そして、決意を込めた瞳の奥、それに見覚えがある。



「貴様ぁぁ! っ!」


「リズ! お前は何を迷っている。何を悲しんでいる」


「な!」


「アルヴィンさん! 何を!」



 皆の驚愕の声が聞こえる。けどもそんなものを無視して俺はリズを兎に角見つめる。彼女へと真摯に向き合うよう。故に、盾は邪魔だ。対話の障害となる壁は邪魔なのだ。

 俺は両手の盾を消し、リズの杖を自分の胸に押し当てた。



 命賭け。もしリズが魔術を発動すれば俺は死ぬ。初級魔術であろうと、ゼロ距離で胸を撃たれれば人間は容易く絶命する。

 端から見ればなんて馬鹿な事をと思うだろう。俺だって逆の立場ならそう思う。



 けど、俺はリズを信じている。こいつは性格が悪くて口も悪い。マルサスに対してだけ猫をかぶり、俺に対して中々にいいことを言ってくれやがる。



 けど、こいつは素直なんだ。素直で根は優しい奴だ。仲間を大切に思い、よく気に掛けていたのはこいつだ。



 だから信じられる。魔術を撃たないと。



「リズ、俺は他人が思っていることを理解してやれるほど賢くない。基本的に鈍感で馬鹿なうえに無力だから、いつも大切な人を失ってばかりだ。だから教えてくれ……お前は何を思っているのか」


「……」



 無言。俺の目に写るのはただ苦悩しているだけのか弱き女の子。手だけではなく全身が震え、何かに怯える弱い人間だ。



「リズ……」


「っ……」



 マルサスが俺達の傍に寄ってくると、リズはさらに弱々しくなる。そして、見覚えのある瞳はさらに色濃くなり、ある人物を思い出させた。

 そうか、俺ではリズを止められても、心を引き出すには至らない。けど、マルサスなら。こいつなら出来る。俺には出来なかったことをこいつならやれる。



「……マルサス。俺のようになるな。俺は駄目人間だったから掴めなかった。けど、お前ならやれる」


「アルヴィンさん……」


「俺のように後悔しないためにも、しっかりと掴み取れ」



 俺はマルサスへと視線を移すと、その場をどける。俺に出来るのはここまでだろう。

 彼女を引き留められるのは心に住まう大切な人のみ。俺が出来るのは後押しだけだ。



「……リズ……どうして……」


「っ! 私はメルステアの娘! 家の利益を考えるのは当然! ここで王族を討てば我が家は帝国でものしあがれる!」


「……それは……君の本意なのか?」


「当然! あなたは第三王子! 大将首として申し分ない! そもそも、私が貴方の傍に居たのはこの時のため! 身を預けたからって、私が貴方に心を許したことはない!」



 あ、やっぱり身を預けてたんだ。そっかそっか、マルサス裏切り者も男だもんな。

 リズみたいな美人が傍にいたら我慢なんて出来ないだろうさ。俺がフラれてる間に腰を振ってたのか。

 うまくないね。畜生。


 って違う違う。今はジェラシーに燃えてる場合ではない。裏切り者マルサス……じゃなくマルサスとリズの一挙手一投足を見張らねば。



「……そんな……」


「ここで私は貴方達を討つ!」



 リズの言葉に衝撃を受けたマルサスが後退る。対するリズは杖をマルサスへと向け、いつでも魔術を発動出来る状態。

 これは不味いな。既に騎士達は殺気だち、いつでも飛び掛かれる状態。あと一秒と掛からずにリズを切り捨てられるだろう。



「……ならなんで魔術を発動させない。なんでそんなに悲しい目をしている」


「っ! ……それは……」


「マルサス、女の嘘は難しい。だから掴み損ねるなよ」


「……はい……」



 俺に出来ることは二人の邪魔をさせないことだけだ。フローティングシールドで遮り、騎士を止める。

 騎士達の鋭い目が突き刺さるが、それくらいで怯むような生活はしていない。冒険者を舐めるなよ。



「……リズ、俺には君が必用だ。君が傍に居てくれたから俺はこうして居られた。君が支えてくれたから、俺は生きてこれた。君が居なければとっくに野垂れ死んでた。だから、君の言葉は信じない。もし俺を殺すつもりなら、あんな親身に俺を支えたりはしない」


「それは貴方を信じさせるため! 来るべき日のために!」


「違う。今までの君は嘘なんてついてない。ありのまま、君の心のまま傍に居てくれた」


「そんなこと! 分かるわけない!」


「いや、分かるよ。俺は……君を愛してるから」


 あ、背中痒いなぁ。


「っ! …………違う……私は……私はぁ……」



 リズは涙を流しながらその場に崩れる。魔方陣は霧散して消え、彼女は最早何も出来ない。先ほどの覇気は消え去っているから。



「リズ……お願いだ、俺の所に戻ってくれ。君が傍にいないと……寂しい……」


「う……うぅ……うあぁぁ……」



 啜り泣くリズをマルサスが優しく抱き締めた。俺はその光景を見て幻視する。あり得たかも知れない光景を。掴めなかった未来を。

 取り敢えずはなんとかなっただろうか。



 とはいえ、今度はこっちだな。リズが刃を向けたのは事実。沙汰無しとはいかないだろう。

 勿論、リズに何かをするならば俺は立ちはだかるがな。



「……リズ・メルステア。君の覚悟はよく分かった」


「っ……」



 俺は聖印の盾を取り出して振り返る。アストラム殿下がこちらへと歩み寄ってきたから。

 彼の表情に感情の色は感じとれず、ただ無表情。故に彼が何を考えているのか分からない。

 だから警戒は切らさない。彼の行動いかんによっては対立もあり得る。

 無表情ながらも敵意は感じられるので、最悪は殿下と刃を交える可能性もありえるな。



「貴方の気高き精神には恐れいった。彼女の真意に気付き、その身をとして我等に伝えるとは。リズ・メルステアよ、彼に感謝しなさい。さて、君の事情は察しがついた。だからここで死んでもらうしかない」


「な! アストラム殿下! 何故ですか!」


 話の脈絡が繋がらない。何故ここでリズを殺さねばならないのか。彼女の事情を察したならば温情くらいはかけてもいいだろうに。

 確かに王族の命を危険に晒したならば、その罪は大きいのかもしれない。

 けど、今裁くべきタイミングではないと思う。



「彼女のためだ。おそらく彼女はこうするしかなかった。ここで彼女が死ぬことで、助けるつもりだったのだろう」


「だからって!」


「まぁ、死ぬのは彼女じゃないがな!」


「が! 殿下! 何を!」



 突如アストラム殿下が後ろに立っていた騎士の腹部へと剣を突き刺した。

 咄嗟の動きに誰も反応出来ず、騎士は剣を受け入れるしか出来ない。フロントプレートの隙間。稼働を妨げないよう繋ぎ合わされた所に刃がキレイに入り、赤い液体が剣を滴って床を濡らす。



「リアム。君はメルステア公と仲が良かったね。彼女の言葉で判断するならば君は内通者となる。さっきから必死にリズ嬢を斬ろうとしたのも口止めだね」


「ぐ! ちっくしょおおぉぉ!」



 騎士が剣をアストラムへと振り下ろす。しかし、それは殿下へと届くことなく止められた。カタリナの盾によって。


「この不敬者め! 国を裏切るとは!」


「がぼ! かひゅ……」


 カタリナの細く美しい剣が騎士リアムの喉を貫き、止めを刺す。喉に血が回ったのか、ゴボゴボと喉を鳴らし、苦しみもがいて絶命した。

 あんな死にかたは御免だな。


 アストラム殿下とカタリナは剣に付いた汚れを拭き取り、絶命した騎士へ冷たい視線を送る。

 裏切り者への怒りが見てとれるほどに重い雰囲気だ。


「……メルステア公までとはね……帝国の力が凄いのか……それとも王国の求心力が弱いのか……なんともなぁ……」


「御心中お察しします」


 アストラム殿下がこちらへと寄ってくる。既に敵意は消えているが、何かあってもいいよう動きを注視する。


「……大丈夫。彼女をどうこうするつもりはない。けど、話しは聞かねばならない。今後の動きにも影響するからね」

「……お話しします。私が何故あのような行動を取ったのか……」



 リズは顔を上げ、アストラム殿下を見つめる。涙に瞼が真っ赤に腫れ上がっているが、何処か弛緩した表情だ。

 どうやらなんとかなったのだと安堵しながらも、彼女が何故このような行動を取ったのか気になる。


 アストラム殿下は既に思い当たっているようだが、俺には分からない。分かるようなら苦労してないな。


「私は……メルステアとの血縁関係はありません……」


 なんかごちゃごちゃしてきそうだな。

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