第15話

 俺達は今、ギルドに来ていた。先程発生したアークス教の戦闘の経緯を説明するためにだ。


 先ほども街の兵士に状況説明のため、詰所で数時間拘束されやっと解放されたと思ったらギルドに来いと連絡がきた。正直うんざりである。


 あと、アークス教の教徒の遺体は兵士に引き渡し、フェルトさん夫婦は兵士の預りとなった。


 アークス教討伐の協力及び情報提供によって無罪とはいかずとも大した罪に問われないそうだで、魅了スキルの封印を受けてから、重要参考人のため護衛付きで王都へと後日向かうと教えられた。


 裏で、さるお方の伯爵様が事を大きくしないでとお願いされたそうだ。奥様が怖いらしい。


 あと、今回の件で。アークス教を討伐した俺達に後日、報償金が国から出るそうで、思わぬ報酬に喜んだ。


 報酬を貰う理由としては、ヘクトス王国はアークス教に対する討伐を何度も行っているが、あまり効果がないらしい。

 実際アークス教の実態が全然わからないのだと。


 質が悪いことに、捕らえた者はみな黒い針で自殺するらしい。不思議なのは手を縛っても何故か自殺してしまう。恐らくなにかしらの魔術が発動していると予想されている。


「すまない、先ほどギルドから召集された者だが」


 カタリナが受付嬢に話しかける。受付嬢は「今確認します」といって奥の部屋に入っていく。


「ちっ、めんどくせ。二回も事情聴取とかやってらんねぇ」


「まぁ、ハドック。どうせこういのはカタリナがやってくれるさ。俺達は聞かれたら軽く話せばいい楽な仕事だよ」


 面倒事をカタリナに投げるダメな男達のハドックとガルフェン。まぁ、こいつらは頭が筋肉で埋まってるからな。おっとハドックは筋肉と悪意だったな。


「おい、アルヴィンてめぇ俺を見て何か変なことを考えたろ? あぁん?」


「やめてくれハドック、お前で変なこと考えるとか気持ち悪い」


「あん? フラれたばっかなのに元気だなぁおい!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は慟哭した。ギルドに悲鳴がこだまし、中に居た人間が一斉に俺を見てくる。

 やめて。キズ口に塩を塗らないで。残酷な現実を避けてたんだよ? この哀戦士に慈悲をください。


「こら! ハドック! アルヴィンは折角持ち直してたのになにやってんだよ! 君はいつもそうだな!」


「えっ、あっ、いやすまん言いすぎたアルヴィン……」


「えぐっ……ひぐっ……」


 俺は泣いていた。もはや押さえらない激情。今日はすぐに宿に帰って寝る。


「アルヴィンがマジ泣きしてやがる。おいハドック流石にやり過ぎだぞこれ」


「す、すまないアルヴィン。またいい女に会えるさ、今回は運が悪かったと思ってな」


 そう思ってた時期も僕にもありました。そう思って見つけたのがフェルトちゃんなのに。あんまりだ。


「ひぐっ……もう……おうち帰る……うぐっ……」


「ショックで幼児退行してるよ……」


 カタリナが凄い憐れみの視線を送る。今カタリナに抱擁されたら惚れる自信あるね。


 俺がショックのあまり幼児退行してる間に受付嬢が来て、「準備が出来ました」と伝えてきた。


 流石にギルドの召集を蹴る訳にもいかず、一緒に付いていく。途中でハドックが謝ってきたり、ガルフェンが慰めに酒場を誘ってきたり、カタリナが優しく声を掛けてくれたり、キャスティーが………スルーしてた。

 ……おうち帰りたい。


「皆さんこんにちは。お疲れの所ご足労頂きありがとうございます」


 俺たちに挨拶をしてきたのはアルド支部長だ。髪色はブラウンでもうじき四十歳になる、もと白金級冒険者で鎧岩の二つ名をもつ。


「いえ、構いません。早速ですが情報の開示を始めますか」


「ええ、よろしくお願いします」


 カタリナがアルド支部長へ事の顛末を話始めた。俺達は時折アルド支部長から確認され、それに返答していく。

 三十分ほどで説明が終わり、一息付くと受付嬢がコーヒーを持ってきてくれた。


 ちなみにこの世界のコーヒーは高級品だ。コーヒーの原料は大陸の南側にしか群生せず、輸送費がバカみたいに高い。


 そんな物をぽんと出すあたりに今回の情報が如何に重要なのかが分かる。


「みなさんありがとうございます。実際の所、今回の件で色んな動きがあるでしょうね」


「やはり、五神教と行政関連ですね」


 カタリナがアルド支部長と難しい話を始める。俺は今だに心のキズが癒えてないのでコーヒーを啜ってぼーとしてる。苦い。


「ええ、実際五神教の中にアークス教が入り込んでいたのはかなりの問題です。当分は公に出来ないことでしょうけど。確実に内部調査を行い騒動が何件か起きるでしょう」


「そして、行政機関。特に住民管理局ですね」


 この国の住民管理は、三ヶ月に一回多くの執行官が村々を周り、村長に確認していき把握する。

 そして、それらの情報を一括で管理するのが国営の住民管理局。


 住民管理局が成人の儀式を受ける人物の管理も行うのだ。


「えぇ、既に伯爵様からは通信で王都に連絡しているでしょうね。近々行政その物の浄化が行われるでしょう。恐ろしい話ですよ、行政内部にアークス教が入りこむなんて」


「そうですね、あの虐殺集団が情報を意のままに得ていたのですから」


「商会の方は国の騎士団が動いて潰すでしょう。ギルドにも協力要請がくるかもしれません」


 周りの連中は小難しい話を聞くのが苦痛なのか、寝始めてる。キャスティーがガルフェンにもたれ掛かって寝てる。いいなー。


「それでは、私達はこれで失礼させて頂きます」


「えぇ、お疲れの中、ありがとうございました」


 ぼーとしてたら話が終わったようだ。カタリナが帰る意思を支部長に伝えた。おうち帰ろ。


「ところで、みなさんにお願いがあるのですが」


「お願いですか。……ゴホン!」


 カタリナが咳払いすると、皆がビクンと反応して起きた。


「はははっ。いえ、実は近くの森で魔物が目撃されまして」


「魔物ですか」


「はい、しかも目撃数が多く、種類もバラバラのため、スタンピードの可能性が示唆されてまして。ユニオンを結成することになったんです」


 ユニオンか、参加すると報酬が確定しているんだけどな。まだスタンピードも確定してないのにユニオンを結成するってことは、厄介な魔物でもいるんだな。


 ユニオン。複数の冒険者パーティーが集まりスタンピードなどの魔物の大氾濫に対して組織された集団のことである。


「我々に参加して欲しいということですね?」


「はい、是非とも。みなさんの評判は聞いています」


「みな、それぞれパーティーを組んでいますので、全員は無理かもしれませんがね」


「それは仕方ありません。パーティーの総意をまとめて頂いて、参加の是非を決めてください」


 まぁ、俺には関係ない話だな。俺のパーティーはまだそこまでの実績をあげてない。


 俺自身、対人戦ならまだしも、魔物相手だと守り主体の一択だからな。スタンピードじゃまったく役にたたん。


「分かりました検討させて頂きます。いつ頃森に向かうのですか?」


「出来るだけ迅速に動きたいので2日後を予定しています」


「なるほど。では戻り次第検討します。コーヒーありがとうございました」


 カタリナが席から立ち上がると俺達も続き、ドアへと向かう。


「最後にみなさん、本当にお疲れ様でした」


 アルド支部長から感謝の言葉を受けてギルドを後にする。


「はぁ、やっと終わったぜ」


「ハドック、君ほぼ寝てたよね?」


「うぐっ……」


 カタリナがハドックに冷たい視線を向けている。このあとじっくりと二人きりで怒られるんだろうな。いいなー。


「ガルフェン、後で話があるわ」


「えっ! 俺何かした?!」


「えぇ、戦闘中に変な事、考えたでしょ? カタリナをチラチラ見たりして」


「ナニヲイッテルノカワカリマセン」


 ガルフェンは青ざめた顔でカタコトになっている。キャスティーの笑顔が怖い。このあと二人きりでねっとりと尋問されるんだろうな。いいなー


「じゃみんな。俺はちょっくら寄るとこあるからこれで。お疲れさん」


「おう、アルヴィン。お疲れさん。俺に何かあったら助けてくれ」


「強く生きろガルフェン。俺のように」


「あら、ガルフェン? 何かあるのはあなた次第よ?」


 ホントに強く生きろガルフェン。


「アルヴィン……その……今日は悪かった」


「やめろ、お前にそのキャラは合わん」


「君達はホントに不器用だね。アルヴィンお疲れ様。元気だしてね」


 カタリナが天使だ。少しだけ元気が出た気がする。明日もがんばろ。


「あぁ、みんなじゃあな」


 俺はみんなと別れ、ある場所へ向かう。街のとある郊外、そこに俺の目的地はある。イフリム墓地。

 今日俺を助けてくれたあの声の主、シエラ。彼女はそこに眠っている。


「シエラ」


 俺はシエラの墓の前に立ち尽くし、墓石を見つめ続ける。シエラの墓はガルフェン、ハドック、キャスティー、カタリナと俺で金を出しあって立て、よく、墓参りにくるのだ。


「今日は助かったよ。ありがとう。……まだ、俺は君との約束を果たせてないな。俺の幸せはね、奴を。黒炎を殺さなきゃ始まらない」


 彼女の掛けた呪い。幸せになってほしいと、私の分まで生きてほしい。俺はもう約束を破りたくない。両親との約束を破ってしまった。突如黒炎で焼かれる村人達。もうあの絶望はごめんだ。


「もういくよ」


 俺は墓地を後にした。


 街を歩く。今は午後四時。午後になってからは曇り空で、雨が降りそうだ。街行く人も小走りで早めに仕事を終わらせようとしている。俺は宿へと戻り寝ようと心に決める。


 きっと明日になればこの傷付いた心も癒えるだろう。とにかく身体が重い。

 ふと、自分のハーフプレートを見るとキズが付いていることに気付いた。


「……さっきの戦いでついてたな。ローガンさんの所にいこうと」


 明日はダンジョン攻略がある。今のうちに装備を整えておかなければ、ちょっとした事で命に関わる。

 装備を補修するため、俺はローガンさんの店へと向かった。



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「こんばんはー……」


 店に入ると客がいない。天気も悪いので帰ったのだろう。


「おう! どうしたアル? 朝と違って元気ないな?」


「ちょっとね。ローガンさん、ハーフプレートにキズ付いたから見て」


「おう…………こりゃ、誰かとやりあったのか?」


 ローガンさんがキズを見て人とやりあったことを見抜く。さすが、長年武器屋やってるだけはある。



「悪い奴が一般市民に切りかかってるのを守ったら付いた」


 一応事実を伝える。間違ってもアークス教のことは出さない。怒られるからな。前にアークス教に復讐するといったらぶん殴られた。馬鹿野郎って。


「そうか、あんま無理すんなよ。すぐ直すから上がってろ」


「わかった。お邪魔するよ」


 俺は奥に入りテーブルに腰かける。……落ち着く。今日は疲れたな……いや、昨日から疲れたが正解だな。


「あっ! アル」


「お邪魔してるよジリアンさん」


「いらっしゃい。どうしたの? すんごいやつれてるよ?」


 声を掛けてきたのはジリアンさん。ローガンさんの奥さんで俺の母親変わりだ。いつも俺のこと心配してくれる。


「いや、疲れただけ。少し休ませて貰うよ」


「そかい。ゆっくりしてきな。ご飯も食べていきなよ」


 そういうとジリアンさんは厨房へと向かった。……たまにはジリアンさんの手料理を食べていくか。

 さらにくつろいでいると、階段から足音が聞こえた。人影がゆっくりと降りてくる。トイレにでも来たかな?


 足音の主がゆっくりと階段から降りてきてそのままトイレへ入っていく。俺はただポケーと見ていた。


 暫くして水が流れる音が聞こえてドアが開けられ、とてもスッキリした顔で出て来た。

 まず、肌が真っ白だった。まぁ、一年近く引きこもってりゃそうなるか。胸は結構膨らみ始めたな。あれぐらいが丁度いいだろう。いや、ちょっと大きすぎるかな?


 両足両腕も細く運動していないことがまる分かりだ。ちゃんと飯食って少し運動しろよな。まぁ難しいか。


 髪は明るい茶色で顔の片方が隠れている。折角可愛い顔なのに隠すなんて勿体ない。


 名前はロゼッタ、ローガンさんとジリアンさんの娘で、俺は彼女を妹のように可愛がっていた。


「よぉ、大か? ちゃんと換気したか?」


 俺は乙女の沽券に関わるのでしっかりと確認した。だってねぇ? 俺もちょっと催してきたから入りたいんだもん。


「ぶべふぁぁくぁwせdrftgyふじこlp!!??」


 お年頃の乙女にあるまじき汚い悲鳴をあげ。男が寄り付かないような悲惨な顔で俺を見て、尻餅をついてそのままゴキブリのような音、カサカサと発しながら後ずさって壁に後頭部が激突した。


 なんだあいつ、スッキリしたり悲鳴あげたり、後頭部強打して悶絶したりと忙しいな。


「なんであんたがいんのよ!!」


 痛みが引いてきたのか俺を涙目で睨み付けてきた。


「いや、ローガンさんに上がれって言われて」


「ふざけんな! いるなら声掛けろくそ! 万年童貞!」


 ひどい言われようだ。ちょっと前は妹のように可愛いがってやったのに。


「いや、なんか声かけるとつまらなそうだからやめた」


「確信犯かよ! たちわりいな!」


「いや、久しぶりに姿見たから感動してポケーとしてた」


「はっ? きもっ!」


 これがお年頃の妹が兄に向ける嫌悪ってやつか。



「あっご飯食べて帰るからな」


「いや! 今帰れ!」


「なんだよ、朝は素直に俺の話聞いてたのに随分機嫌悪いな」


「どぅあれのせぅぇいだぁぁぁ!!!」


「あまり怒りすぎると顔に皺ができるぞ」


「くそ! 疲れる! なんであんたの心だけ聞こえないのよ! お母さん! お父さん! ふざけたこと想像しないでよ! 気持ち悪い! もういい! 部屋に戻る!!」


 そういうとドカドカとがに股で階段を登っていった。まったく騒がしいやつだな。


「まったくあの子は。アル、雨降ってきたから泊まってきな」


 どうやら雨が降ってきたらしい。ジリアンさんが泊まるよういってくる。……何か今日は泊まりたい気分だな。


「じゃ世話になるよ」


 俺は泊まるむねを伝えるとジリアンさんがとてもいい笑顔で厨房に戻っていった。

 さて、我慢してたから小をすませるかな。俺はトイレに入る。


「くっっせぇぇ!!」


「くたばれこんちくちょう!!」


 上から怒鳴り声が聞こえた。近所迷惑だろうに、まったく。

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