第13話

「とりあえず確保」


 カタリナがフェルトちゃんを捕まえる。魅了スキルは同性に反応しないので女性で抑えるのはナイスな判断だ。


 でもね? 俺も盾を装備したら魅了スキル効かないんだよね。俺がフェルトちゃんを捕まえたい。フェルトちゃんの人生丸ごとね!


「さて~~話を聞こうかしら。あなたがフェルトちゃんね?」


 キャスティーが確認をとってくる。まぁ、当然だよね。人違いだと失礼だし。だけど、俺が未来の妻であるフェルトちゃんを見間違えるわけないだろ。


「……」


 フェルトちゃんは黙ったままだ。怖いお姉さん達に詰め寄られちゃそりゃ怯えるさ。どれここは優しいフィアンセに任せな。


「フェルトちゃん、探したよ」


 俺は努めてイケメンボイスで目をキリッとさせ、フェルトちゃんに手を差しのべる。さぁ俺の手を取り共に行こう輝かしい未来へ。


「……私に酷いことする気ですか?」


 フェルトちゃんが怯えた目で俺を見てくる。なんだろ、ちょっとエッチな本にこんシチュエーションあったな。


「違うよフェルトちゃん! 俺はただ未来のおく……じゃなく、フェルトちゃんが心配で探してたんだ! 事情も聞かず、フェルトちゃんを悪者扱いは非道いよね!」


「アルヴィン……」


 皆が馬鹿な男を見る顔で見てくる。いや! 実際脅されてる可能性だってあるじゃないか!


「私の話を信じてくれますか?」


「もち……」


「とりあえず聞いてから判断するよ。あっちで座って話そうか」


 カタリナが俺の言葉を遮り、話を進める。ひどい。近くにあった段差にカタリナを座らせ、女性二人がフェルトちゃんを囲み、俺たち男衆はフェルトちゃんの前にいる。

 俺はポーチから盾を取り出して一応警戒する。


「! アルヴィンいつの間に盾を?」


「あっ! 本当だ! てか、ほんとにいい盾だね。僕も欲しいなー」


「盾一つ入るマジックポーチがあったからいれてた」


 ガルフェンとカタリナがビックリしていた。ハドックも一瞬ビックリしたが、すぐにフェルトちゃんに向き直る。


 人の妻をジロジロみんなよゴラ! キャスティーはこっちを見たらすぐにフェルトちゃんを向く。とりあえず適当な言い訳でみんな納得したのか、フェルトちゃんへの尋問を開始した。


「で、事情を聞かせてよ。嘘とか言わないでね?すぐわかるから。もし、嘘をいったら即切るね。あ、あと魅了を使っても切るね」


 真剣な顔でカタリナがフェルトちゃんに説明した。カタリナ? ホントは切らないよね? フェルトちゃんが切られたら俺、後を追うよ?


「わかりました…………説明します」


 彼女からの話はこうだ。

 彼女は小さな貧しい村に生まれた。不作が続き村を維持できなくなり、廃村が決まる。そこで他の村へ移住することになった。だが問題が発生する。


 他の村へ受け入れてもらうための資材がない。流石にタダでは受け入れてもらえないので金が必要だ。

 そこで子供達を売ることになる。奴隷として。


 子供達は断ることも出来ず、大人しく売られた。しかし、幸いにも裕福な商会に引きとられ、そこである程度の教育を受け、彼女が十四歳になると商会内で鑑定を受けたのだ。


 魅了のスキルがあると発覚すると、商会の会頭は喜んだ。最近になって魅了スキル持ちが駄目になったらしい。そして半ば強制的にイフリムへと連れてこられた。キャバクラで、客からいろんな情報を掴めと指示された、お偉方が来やすい桃園の憩いで働けと。


「おかしいな」


「カタリナよ何がおかしいというんだ。こんなにも可哀想な話を聞いてお前はなんとも思わないのか、お前には人の心がないのか!」


「ごめん、少し黙ってくれ。うざい。……なぜ商会は奴隷を成人の儀式につれていかないくてもいいんだ?」


「あっそっち。ごめん勘違いした」


「なんでって、そりゃ魅了とかのスキルを独占したいからだろ。魅了がばれたら封印されんだから」


「そうじゃないんだよハドック。なぜ、成人の儀式に連れていかないのに問題にならない?」


「あっ。そうかフェルトちゃんを連れて行かないってことは罰せられるよな」



 たとえ奴隷であっても成人の儀式は行うのが当然だ。また、成人の儀式前の子供は鑑定をしてはいけない。これは暗黙の了解ではあるが一般常識である。


「明らかに普通の商会じゃない。しかも、不祥事を揉み消せるほどの権力、ないしはコネがあるのか。これはちょっと危険な香りがするね」


「カタリナ、彼女は嘘をいっていないのか?」


 ガルフェンが失礼なことを聞く。でも確かにな。


「嘘を言っていたらこの真実の目が反応していたよ」


 カタリナの左手には目の形をしたペンダントがあった。傍目に見るとちょっと気持ち悪いが、嘘を感知すると目が閉じる仕組みになっている。……なんで目なんだろ? 口に対抗したのか?


「とりあえずこの事を兵士に話して保護して貰おう。死罪は免れるさ」


 カタリナが真実の目を懐に戻して立ち上がる。


「! 駄目よ。兵士の中にも組織の人がいるらしいの。見つかれば多分殺される」


 なんだと! 俺の妻を殺させんぞ! 俺が必ず守り切る! 安心してくれフェルトちゃん!


「穏やかじゃないね。いや、騒動になっては最早不要と切り捨てる可能性もあるのか」


「ええ、魅了スキルが発覚してから十年間。組織に貢献してきても結局のところ私は使い捨て、余計な情報を流される前に私を殺しに来るでしょうね」


 なん……だと? フェルトちゃんてもしかして二十四歳なの? 全然みえねぇ。てか年下だと思ってたよ、顔が幼すぎる。いや、愛に年齢は。


「う~ん……結構厄介だな。その組織の正体も気になるけど、下手につつくとかなり危険そうだな」


「まぁ、一番いいのは名前と出来るだけ容姿を変えて遠くに逃げる事ね。どこが安全かなんて分からないけど」


「あぁ、キャスティーの言うとおりだ。俺と一緒に、逃げようフェルトちゃん」


「えっ、えぇと、とても嬉しいですアルヴィンさん。えーーと……」


 俺がイケメンボイスでフェルトちゃんに華麗に手を差し出す。フェルトちゃんは感激のあまりか、戸惑って俺の手を取らず目を泳がせてる。恥ずかしいんだねフェルトちゃん。


「まぁ、こいつはちょっと……かなりおかしいから無視して。実際どうするよ。いくらなんでも魅了持ちをそのままにしとく訳にもいかねぇ。かといって変に突き出すとこの姉ちゃんの命が危なくてバックにいる連中は野放しになる。結構めんどくさい状況だな」


 俺がおかしいとハドックがのたまう。失礼な! 俺はただフェルトちゃんを助けたいだけだ。惚れた女を助けるのは当たり前だ! まったく! おれのどこがおかしいんだよ。


 ……あれ? 思い返すとフェルトちゃんの件を聞いてから結構変かも。チョコ派なのに苺ケーキ食べてたし。


「取り敢えず二択ね、危険を承知で出頭するか。このまま何処かへ逃げるか。でも、勘違いしないで欲しいのはね、アルヴィン以外はあなたの事を助けたいなんてそこまで思ってないの、恐らくだけどね。私達はさっさと突き出して終わらせたいぐらいよ」


 キャスティーがフェルトちゃんに捲し立てる。まぁ、そうだよね。初めてあった人間を無条件で助けたい人はそんなにいないんだろうね。


「でも、あなたを突き出してそれで解決ではないのよね。その組織を潰さないことには、また魅了スキルをもった人間が現れて、酷い騒動を起こすことも考えられる」


 キャスティーの言っていることはその通りだ。雑草の葉を切ったところでまた生えてくる。


「だから、あなたに提案なんだけど。組織はあなたを殺しにくる? これは確定かしら?」


「はい、確率は高いかと。以前私と同じ奴隷が別の街でミスをして殺されたと聞いています」


「そう、まぁ組織も魅了スキルをそのままにはしないでしょうね。だから、あなたを囮にして組織を誘き寄せ、情報を引き出す。協力してくれるわよね?」


「それは……それしかないのでしょうね……」


 フェルトちゃんを囮にするか。確かに、組織の全容が分からない以上情報が必要だ。危険ではある、でも俺がフェルトちゃんを守る! 未来の旦那を信じてくれ!


「このまま野放しは更に危険か。こう見えて僕たちは銀級だ、そこそこ有名ではあるし。この男達はみな信頼できるからね。やってみるのもありかも。どっちにしろ君が危ないことは変わらないんだから」


「ありがとうございます。あのお願いがありまして……」


「なんだい? フェルトちゃん」


 愛しのフェルトちゃんからのお願いだ、聞いてあげるのが未来の夫の役目さ。


「私の旦那も一緒に守ってもらえませんか?私の本当の自宅にいると思います」


 俺はその言葉を理解して頭が真っ白になった。



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 ふと、気づくと俺の目の前にイケメンの男がいた。何故かとても悲しい気持ちになる。


「えっ? あれ? えっと、この人、誰?」


「アルヴィン……君は………その……この男性はフェルトさんの旦那さんでヴェンスさんだよ」


 カタリナが紹介してきた。あれ? さっきフェルトちゃんから何かを言われて……うっ、頭が。


「アルヴィン……その、何だ。いつも悪口いってごめんな……」


 何故かハドックが物凄く可哀想な男を見る目をしている。不思議とイラッとはせず、悲しみだけが込み上げてくる。


「大丈夫かお前? ずっと口を開けたまま硬直してたぞ」


「あぁ、大丈夫だ。ありがとうガルフェン。俺は至って冷静だ」


「みなさんご迷惑をお掛けします。フェルト共々宜しくお願いします」


「ええ、任せてください。お二人は私達がお守りします。この盾に誓って」


 俺は盾だ。君達はこの俺が守ろう。君達が笑顔でいられるように。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 とある路地裏、そこにはフェルトさんと旦那さんがいた。ここは、間者との待ち合わせ場所だ。組織が襲ってくるのを待つよりこちらから伺ったほうがいいと結論を出した。

 本来ならフェルトさんだけでいいのだが、旦那さんが「フェルト一人に危ない目に合わせられない」と、一緒に付いていった。


 どうやらこの二人、奴隷として買われて商会に引き取られ、組織の命令でイフリムの街で偽りの夫婦として過ごしていたらしい。


 お互いを監視しながら諜報活動を続けるうちに本当にお互いを愛してしまったとか。

 そして、俺達は物陰に隠れ、組織の者が来るのを待つ。

 すると、人影が見えた。人数は六人ほどで全員が茶色いローブを纏い顔が見えない。


「これはこれは、フェルトさんにヴェンスさん。しくじりましたね。素直に姿を現すのはよし。覚悟はいいですか」


「見逃してはいただけないでしょうか?」


 声からして男だろうか。先頭のローブ姿の男とフェルトさんが交渉を始める。


「ムリです。あなたの騒ぎが大きくなりすぎました。始末したほうが手っ取り早い」


 やはりフェルトさん達を消すつもりのようだ。だが、そんなことさせはしない。誓ったんだ俺の盾に。


「させるか!!」


 俺達はすぐにフェルトさん達の前へと出る。必ず守り通してやる。


「さて、あなた方が何者か、素直に話してくれると、とても楽なのだが」


 全員が武器を構え。カタリナが前に出て奴らに話しかける。


「簡単に教えるように思いますか?」


「まぁ、そうだよね。仕方ない」


「フェルトさん! 今だ!」


 俺がある作戦の開始を合図する。フェルトさんはローブ姿の連中を見つめ始める。そう、フェルトさんの魅了を使い、奴らを無効化する作戦だ。


「ははははっ! 無駄ですよ。」


「ちっ! やっぱ魅了対策はしているか。ガルフェン、アルヴィン。やるしかねぇぞ」


「あぁ!」


「おう!」


「うん? アルヴィンだと……? まて……何故貴様がいる! イレギュラー! あのお方が燃やし尽くしたはず!」


 俺は先頭にいるローブの男がイレギュラーという言葉を発した瞬間嫌な思い出が脳裏を過る。

 あの日、全てを失った黒い炎の地獄を思い出す。あの男、黒炎が高笑いしながら発した言葉「イレギュラーは死んだな」という言葉が。

 何かがはまり始める、欠けていた何かが。


「お前……は……まさか、アークス……教か?」


「えっ?」


 皆が驚いた声をあげる。だが、俺はそれどころではない。


「如何にも、アークス教信徒! ビリスです! 仕方ないですねイレギュラー、あなたはここで私が殺して差し上げます!」


 男はビリスと名乗り、フードをとる。そこには見覚えのある顔があった。成人の儀式の日、司祭の横にいたスキルを紙に書いていた男だ。


「どういことだ!! なんでお前が!! ビギニンはお前が差し向けたのか!!」


「何をおっしゃるのですか、恐れ多い。アークス教三大司教様に指示することなど、わたくし共に出来るわけがないじゃないですか。わたくしはただ、ご報告したまででございます。神敵がカルダー村にいるとね」


「なっ、そんな……う……そだ……うそだー!!」


 俺は愕然として、膝を着く。

 憎しみの渦が胸から込み上げてくる。あの日起きた地獄。あれの原因を知ってしまった。あいつの狙いは俺だった。今まで理由が分からなかった、何故いきなり襲われたのか。


 だがピースが完全にはまる。俺だ。俺なんだ。俺がいたから皆が死んだ。俺の所為で、親父もお袋も皆。俺の、所為でっ!俺だけが生き残った!!

 どんどんと黒い渦が大きくなる。視界が黒くなる。憎しみが全てを覆い尽くす。


『まーた自分を責めてる。君は悪くないのに。それは君の悪い癖だよ。前を向いていこうよ。私はもう進めないけど、君は歩いて行けるでしょ? 約束、果たしてよ。私の分も生きてくれるって。幸せになってくれるって』


 声が聞こえた、いなくなったあの人の声。壊れた俺を治してくれたあの人。俺が愛して失った彼女の声が。俺の腕の中で冷たくなっていく彼女の顔を思い出す。彼女が俺に掛けた約束という名の呪いを。

 また、俺を助けてくれるのか、シエラ。


「さて、死になさいイレギュラー。レイ」


 司祭が右手を握り前にかざす。すべての指に指輪がついていた。レイと唱えると、指輪の一つが輝き。白い光の線が俺目掛け向かってくる。


 レイ。光の魔術で、一直線に飛び対象を貫く。殺傷能力は高く。速度も速いので反応が僅かでも遅れると回避が難しい。


 俺は即座に盾を構え防ぐ。俺には約束がある。もう、約束を破りたくない。この呪いを背負いまだ生きる。


「教えろ、黒炎のビギニンはどこだ!!」


 俺は抗い始める。くそったれで理不尽な世界に。

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