第10話

「アルヴィン……だよね…………?」


 ルーナが立ち上がりながら、俺か確認してくる。彼女の姿と声を聞くと胸のざわつきが大きくなり、黒い泥が溢れそうになる。


 四年前と変わらない優しい声。恋い焦がれた声。この声で、毎日勇者に愛を囁いているのかと思うと、暗い衝動に駆られる。


「あぁ、久しぶりだな。こんなところで会うとは思わなかった。そういえば、まだ言ってなかったな。結婚おめでとう」


 俺が、低い声で祝福の言葉をかけると、ルーナは怯えたような、物悲しいような表情で見つめてきた。手が、震えているな。


 ……四年前とは状況が違う。立場も違う。もう何もかも違うのだ。かつて愛した女性からこんな怯えた表情を向けられるのは心にくるな。


「………………ありがとう…………元気……そうだね……」


 そんな、つらそうな顔で感謝の言葉を言うなよ。イライラする。


「あぁ、おかげさまでな。あの、地獄から無事生き残れたよ」


「っ!……そっか……」


 憎悪の思いを込めて返答する。あの日の光景が頭を過る。黒い狼が村を蹂躙し、黒い魔物の群れが人々を食らう。黒い炎に蒔かれて狂い叫ぶ隣人の姿。高い笑いをして狂い喜ぶ黒炎の男。……寄り添うよう炭化した両親。


 黒い炎な染まりきったあの地獄が俺を蝕む。お前達がいたら、変わっていたと叫びたくなる。

 どんどん胸の黒い渦が大きくなる。黒い泥が流れ、視界が黒くなっていく。


「まぁ、お前にはもう関係ない話か? 見て来たんだろ? 廃墟を? どんな気持ちだ? あぁ?」


「……アルヴィン……」


 俺は込み上げる憎悪を抑えきれず、悪態をついてしまう。別にこいつは悪くはない。いきなり聖女に選ばれ、王都に連れていかれただけだ。


 だが、それでも俺の黒い渦が加速して回り続ける。皆が悲鳴をあげ苦しんでいる中、俺が約束を守れず、一人生き残り絶望していたとき。こいつは勇者と愛を育んでいたのだ。俺の思い人は勇者と共に幸せな時間を過ごしていたのだろう。


 色んな思考が頭を駆け巡り、黒い泥の渦は胸の内で大きく、激しくなる。

 ……駄目だ落ち着け。こんな奴に感情をさらけ出すのさえ勿体ない。


「……ねぇ、どうして生きてるって報せをくれなかったの? どれだけ…………いや……違う……」


「あ? なんでお前らに送らなきゃなんねぇんだよ。もうお前らは俺と関係ないだろうが」


「っ! ……そんな……」


 ルーナは酷く悲しそうな顔で落ち込み、見慣れた瞳をしていた。そう、俺が依然よくしていた、後悔の瞳だ。


 今さら何を後悔している。村に居なかったことか? 俺を裏切ったことか? もう全て終わったこと。もう、お前には関係ないだろうが。

 そう、村の悲劇は終わった。けど、終わっているが終わってない。俺が生きている限りな。


 だが、こいつはもう関係ない。この地獄は俺だけの苦しみだ。こいつに与えてなどやるものか。裏切り者のこいつに、村の皆の無念を与えてなどやらない。


「はぁ…………もうじきパレードが始まる。愛しの勇者様にいったらどうだ? 妻が遅れるのは体裁が悪いだろ?」


「っ! …………そうか…………そうだね……」


 彼女は複雑な顔をして俯く。どんな思いが込められているのか推し計れないが、まぁ、かつての幼なじみ、しかも死んでいたと思っていた相手にこんなところで会うなんて、誰だって予想できない。まして、かつて結婚の約束をした相手だ。とても気まずいに決まってる。ざまぁみろ。


「ゆう…………旦那様はとても優しいお方だから大丈夫だよ。他の二人もいるしね。誰かと違ってネチネチと……昔の事で八つ当たりしてこないし」


 顔あげると俺を見下した表情で俺を貶す。

 ……なんだと? こいつふざけんなよ! 昔のことだと! そんな言葉で片付けんのかこいつは! 俺は何でこんな女に惚れたんだ。

 確かに、俺はもう過去の男だからな。しかもただの一介の冒険者。勇者のほうがいいのは分かる。だが、元婚約者に向かってそれはないだろ。


「じゃ、私もう行くね。ほんと旦那様に出会えて幸運だわ。まさかあなたがこんなにネチネチしてるとは人だとは思わなかった。お願いだから変な噂流さないでね。評判悪くなっちゃう。まぁ、誰も信じないでしょうけど」


 彼女は後ろを向くと、つらつらと言いたい放題言ってくる。ちっ、さっさとどっか行けクソ女。


「あぁ、お前との事なんて誰にも言わねぇよ。気持ちわりぃ。手紙もとっくに全部燃やしたから、安心しろ」



 聞こえたかは分からんが、彼女は歩いていく。少し肩が動いたので、多分聞こえたのだろう。

 クソっ最悪な気分だな。……皆の所に戻るか。これ以上気分が落ち込むこともないだろう。


 パレードが行われる大通りに戻り、皆を探す。すると後ろから声を掛けられた。


「あっ! アルヴィン! 君も来ていたのか」


 そこには金髪の真ん中分けで、後ろ髪を三つ編みしてる美女がいた。彼女はカタリナ・バークウェイ。元俺のパーティーメンバーで今はハドック率いる青蛇の一突きのメンバーだ。

 白いワンピースを来て近づいてくるその姿はとても眩しい。神々しすぎるな。ハドック◯ね


「よっ! 元気そうだな。皆に半ば強制的に連れて来られたんだ。ったくよ……」


「ははっ、勇者嫌いの君が来たがる訳がないもんな。もしかして、ハドックにあったかい?」


「…ギルドで会って一緒に付いてきた。いつも通り嫌みを言っきてな、ストレス溜まりっぱだ」


「それは…………すまないな。治らないとは思うがきつく言っとく。ただ、ハドックも色々あるんだよ……」


「そっか……ま、ハドックは頼むよ。治らないと思うけど」


 言って治っているならとっくに治ってる。ありゃ死んでも無理じゃないか?


「あいつもあいつなりに君を心配してはいるんだよ」


「はぁ? やめてくれ、あいつが他人を心配とか。気色わりぃ」


「ははっほんと嫌われてるな」


 当然だ。会うたびに貶されりゃ、誰だって嫌いになるし、苦手意識を持つ。


「そういや? 女友達と見に来てたんだろ?」


「あぁ、あそこで皆と休憩してたんだ。君を見かけて声を掛けに来たわけだ」


 カタリナが指差す方向を見るとレストランエトワアルがあり。店内のテーブルで女性二人がこちらを見ていた。こじゃれたレストランだな。カタリナにはお似合いだ。逆にあの槍バカには合わない。


「おう、わざわざありがとよ。うんじゃ行くよ」


「あぁ、またね」


「また」


 俺はカタリナと別れ、仲間達を探し始める。すると、マルサスとバッシュ、ハドックが女性に囲まれていた。……けっ。


 近くでは呆れた様子のヴェラ、リズがその光景を眺め。ガルフェンとキャスティーがドリンクを飲んでいた。

 ガルフェン、除け者にされてやんのざまぁみろ。


「よっ、みんな」


「あ~アルヴィンさんどこ行ってたんですか~?」


「悪い、ちょっと知り合いに会ってな」


「……アルヴィンさん、なんか顔が怖いよ?」


 ヴエラが急に俺の顔を覗きこんできた。ヤバい。普通にキレイな顔だからドキッとした。


「いんや別に。疲れただけだ」


「…そう、ならいいけど。あまり無理しない方がいいですよ」



 ヴェラの気遣いがすごく嬉しい。バッシュに夢中だけど。ビッチだけど。


「……何か、失礼な事考えてない?」


 こわい! 睨み付けて来た! 美女は目で殺しに来るな。……あれ? 何か背中がゾクゾクする。これは……快か……。いかん! そっちは目覚めちゃ駄目だ!


「ナンデモナイヨ」


 俺の不自然な片言を聞いてふんっ! とソッポを向いた。その仕草もかわいい。


「あっ! 始まりましたね~!」


 どうやらパレードが始まったようだ。観衆が一気に騒ぎ出し、熱気が辺りを支配する。


「これより! 勇者様及び聖女様によるパレードを行う!! 主催及び企画はイフリムの領主! デュイバス伯爵閣下である!」


 騎士の男性が高らかに宣言を行うと領主の館の門が開かれた。最初に姿を現したのは、派手な装飾が施された馬に乗る、プラチナブロンドの男性。

 彼がデュイバス伯爵である。煌びやかな鎧を来て先頭を進み始める。


 後ろからは伯爵家の模様が描かれた旗を持った騎士、剣を装備した騎士、槍を持った騎士が続く。


 そして、金ぴかの豪華な馬車が現れる。馬車の上で手を振る男性と三人の女性。男性は灰色の髪でマルサス並みに整った顔をしている。三人の女性の一人はルーナ、残り二人は緑髪と紫髪で、全員美女だ。

 これが勇者パーティーか。勇者達が現れるとドッと歓声が沸き上がった。


 ……あれ?ルーナの目が腫れぼったい。他の聖女に支えられてるのだろうか、脇を固められている。


 時間ギリギリで戻って怒られでもしたか? ざまぁねぇな。


「へぇ……勇者って本当にイケメンですね」


 隣にいるヴェラが独りごちる。……おいおい勇者を狙いだすなよ。


「気に入ったのか?」


「容姿はいいんですけどね。面倒なことはごめんなので」


 多分だけど、数々の修羅場をくぐり抜けたヴェラさんが避けたよ。勇者強い。

 ふと、ルーナが俺を見つけたようだ。手を振るのをやめ、驚いた顔をすると、嫌そうな顔をし出す。

 なんだよパレード見ちゃ悪いかクソが。こっちだって人付き合いだちくしょうが。


 パレードが過ぎていくと、観衆は散り始める。勇者達の進路方向へ進む者。カッコよかったねと感想をいい合い帰る者、さまざまだ。


「おっ? アルヴィン居たんだな。声掛けてくれればいいのになぁ!」


「…………」


 無言のじと目で返す。 声かけたら女の子たちに冷たい視線が刺さるからやだよ。もう今日は女性関連で俺を弄るの勘弁してください。切実に。


「さて、この後はどうするよ? このまま帰るか?」


 バッシュがこの後のことを訪ねてきた。今日はみんなでぱっと飲みたい気分だな。


「みんなで飲みにいかないか? ガルフェンとキャスティー誘って」


「おっいいねー。マルサス達もどうだ」


「バッシュさんの誘いなら断りませんよ」


「じゃ、私もいく~」


「バッシュさんと一緒ならどこでも」


「……相変わらずだな……」


 こうして、ガルフェンとキャスティーを誘って酒場に向かった。途中でハドックが乱入してきて、カタリナが混ざり、ガルフェン組の連中が合流してどんちゃん騒ぎを起こした。



 ……軽く飲むつもりだったんだが。まぁ悪くない。胸の内にあった黒い渦はいつの間にか消え、楽しい時間が過ぎていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る