第9話

 カルダー村。何処にでもある小さな村。俺はここで、生まれた。生まれ変わったんだ。元白金級冒険者である両親のもとで。



 父の名はアルフォンス。母はエヴィン。父は黒髪、母は珍しい白い髪だ。この世界では銀髪、灰色の髪はそこそこいるが、白髪は少ない。


 白髪で有名な人物と言えば、二千年前の英雄、二人の救世主の一人、人類で唯一魔法が使え、魔術の開祖にして救世の魔導師カーウェイ。


 白髪である俺は村でもかなり可愛がられていた。しかも、親は元白金級だ。村にとって冒険者崩れは大事だ。たとえ、農作業が出来なくても喜んで迎えられる。


 この世界は作物を育てられる土地がまばらにしか存ない。二千年前の厄祭の影響で作物が育ちにくい土地が何ヵ所もあるからだ。


 人が増えれば食料が必要であり、それを賄うために農業が出来る土地を探す。すると、森の中や人里離れた場所になってしまう。


 良質な土地を見つければ、開墾し、農業を始め、村になる。村になれば人が増え、人が増えれば魔物が獲物を求めて近寄る。そして、魔物が来て村が消滅する。簡単な話だ。


 だから、冒険者が村に永住すると大事にする。食料を優先して与え、生き残るために冒険者の家族は大事にするのだ。


 もちろん冒険者もただでいる訳ではない。村をほぼ毎日見回り、村の周囲に魔物がいないか警戒に出たり、村に戻ると若い男に戦闘の手解きをする。

 そうして、お互い協力しあって生きていた。


 俺には二人の同じ年の幼馴染がいた。一人はルーナ、もう一人はジェシカ。


 ジェシカは金髪の女の子でとても活発的だ。逆にルーナは大人しくよく花を愛でていて俺にいつもくっついている。そんなルーナをジェシカが手を引っ張って遊びにつれていく。とても楽しい日常だった。


 七才のころ、新しい住人がきた。元ミスリル級冒険者、ジェラルドとリンダ夫妻、その子供レスターだ。


 この家族はハレットという姓をもち、一代貴族の騎士爵であった。

 一代貴族とは、功績を立てて評価され、国王から爵位を一代だけに賜れた貴族のことをさす。


 なんとこのハレット夫妻、親父とお袋の友人で、遥々王都からきたらしい。なんでも、貴族のゴタゴタに嫌気がさして長閑なここへ逃げてきたのだと。


 そして、ハレット家の息子、レスターは俺たちと同じ年で金髪の端正な顔つきをしていた。ジェシカは即座にレスターを気に入り、よく話しかけていた。


 俺もレスターと一緒に遊んでみれば、こいつは友人思いでとても優しく、自分よりもまず他人を優先するいい奴だと分かり、すぐにレスターと仲良くなった。


 時は流れ、十四才になる年。この世界では成人が十四才となっている。理由はいくつかあり、スキルが発現することと、成長が十二才を超えると急に早まり、十四才となれば前世の十八才くらいになるからだ。


 多分、魔物という死の権現が隣にいる厳しい環境が、効率よく種を存続するために成長を早めるのだろう。実際、十四才にも関わらず、逞しい身体に成長していた。


 成人は、成人の儀式を行ってから初めて認められ、成人の儀式は年四回、季節の変わり目にある。


 儀式は、近くの街にある五神教の協会へ赴き、鑑定を受けるのだ。

 この成人の儀式を行うまでは鑑定を行ってはいけないという一般常識すらある。


 ある日の昼休み、いつもの日課である剣術練習をジェラルドさんに教わり、疲れ果てた体を癒していた。


「ははっ! アルヴィン。体術はもう勝てないけど、剣術はからっきしだな。ははは!」


「わっ……ぜぇ……わらうな……ぜぇ……マジで展開ぜぇ、手加減しろよぉ……はぁ……」


 俺は起き上がる気力もなく、寝転んでいた。少し離れた場所では、ジェシカとレスターが木剣で打ち合っており、まるでジェラルドさんが二人いるようだ。


「……あの二人すげぇな……ぜぇ」


「あぁ、あの二人は天才的だな。一週間後の成人の儀式が楽しみだ」


 十四才になってから、ジェシカとレスターはジェラルドさんを相手に互角にやり合う。俺なんて剣術じゃ全然相手にならないのにな。

 ちなみに、俺は他にも槍、斧、弓、槌と練習したが、全て上達していない。


「アルヴィン、お昼持ってきたよ」


 ルーナがみんなのお昼を持ってきた。ルーナは大分成長し、魅力的になってきた。胸がまだ控えめだが、時折、ドキッとすることがある。いまだに俺によく着いきては訓練を見たり、お昼を作ってくれるのがとても嬉しい。


「おっ、ルーナちゃんありがとうな」


「いえ、私はこれくらいしか出来ませんから」


「いや、ルーナちゃんはきっといい奥さんになるよ。なっ! アルヴィン?」


「うぇっ! えっと…………だな。ルーナの料理マジで美味しいし、結婚したらきっと毎日が幸せだろうな」


「っ!!」


 ルーナが顔を真っ赤にして俯く。とても可愛く、愛らしかった。

 だが、ある日を思い出す。あの日失意に落ち。大切な幼馴染を失った日を。


 俺はあの失敗を繰り返したくない。そう思い、ルーナと一緒ならきっと幸せになれると確信が持てた。


「ル、ルーナ! ちょっと来てくれ!」


「えっ! あっ、はい!」


 俺はルーナを連れてその場を離れる。ジェラルドさんが口笛を吹き、ちゃかす。


「ルーナ、俺さ……」


 思いを口にしたい。だが、拒絶されたらどうしようという考えが過る。

 あの失敗は繰り返さない、後悔したくない。ルーナと一緒にいたい。気持ちが大きくなる。その想いがピークに達し、意を決して。


「ルーナ! 成人の儀式が終わったらすぐ結婚してくれ! お前が好きなんだ!」


 俺は人生で初めて、愛の告白をした。心臓は今まで感じたことかないほど脈打ち、彼女に聞こえるのではと思うほどだ。


「…………はい。喜んで……」


 彼女は涙声で了承してくれた。白く美しい頬にはつーと涙が流れ、青い瞳が俺を見つめ続ける。その光景は一つの芸術で、俺はこれを生涯忘れられないだろう。


 歓喜した。彼女の答えを聞き、思わず抱き締めた。彼女は俺の胸元に顔を埋め、嬉しい小さくと呟く。


「ルーナ……」


 俺はルーナの肩を持ち見つめる。ルーナは潤んだ瞳で見つめ返す。俺とルーナの唇が重なり、時間が止まる。この日俺は幸せの絶頂にいた。数日後には絶望に突き落とされるとも知らず。




 一週間後、俺たちはイフリムの街え訪れていた。


「うっわ、でっけ」


「……うっわぁぁ……」


「すっごいなぁぁ……」


「そうか、お前たちは見るのが初めてか。これが五神教の協会だ。街にあるのは大体大きいんだよ」


 イフリムの街にある五神教の協会。ただただ、俺とルーナとジェシカは大きさに圧倒されていた。

 何度かイフリムに訪れていたが、五神教の協会を見るのは初めてだ。両親の友人であるローガンさんの自宅は街の反対側だから見たことなかったんだよな。

 そういえば、ロゼッタにルーナの事を紹介しないとな。仲良くしてくれるといいが。


「ほら、いくぞ」


 親父が協会の中へと入っていくと、奥に五神と思われる男女の大きな像がある。


 中には他の村から集まった子供達。そして、その親が着いてきていた。俺達には親父とジェラルドさんが一緒に来てくれた。


 しばし待つと、豪勢な法衣を来た司祭が現れ、その後ろに白い法衣を来た男性が三名付いてくる。


「これより、成人の儀式を執り行う。未来ある子らよ、五神様の加護をもって、新しい大人への一歩を踏み出して欲しい。幸多きことを、切に願う。では、愛しき子らよ。順番に並び五神様の加護を受け賜りなさい」


 白い法衣を着た男性が並ぶように宣言すると、 子供達が粛々と、教会の真ん中の通り道に並びだす。


 司祭が並び終えたのを見ると、横にいる男性に指示する。その男性は右手に何かを持ち、黒い布を左手で上に掛けて抑えつけていた。


 その男性がおもむろに黒い布を持ち上げると、そこには黒い台座に置かれた無色の丸い水晶があった。

 あれが鑑定石。台座に特殊な術式を刻まれ、鑑定の効果を有している魔道具だ。


「では先頭の子よこちらえ」


 すると、先頭に立っていた子供が、司祭のもとに歩いていき、司祭が子供を見据える。


「手をこの水晶に置きなさい」


 子供が司祭にいわれるがまま、手を置く。すると水晶が黄色い光を放ち、空中に映像が写し出された。


「ふむ、水魔術、信仰魔術、農耕か」


 司祭がスキルを読み上げ。隣に控えていた男性が紙にスキルを書いている。


「宜しい。紙を受け取り、明るい未来へ歩き出しなさい」


 鑑定を受けた子供は、紙を受けとると出口へ歩きだす。子供をよく見ると笑顔だ。信仰魔術を持っているだけ仕事に困ることはないからな。


 成人の儀式を受けるルールの一つとして、騒いではいけないとなっている。

 神の御前で騒ぐのは失礼にあたるかららしい。実際はスキル鑑定でハズレた者を気遣ってのことではないだろうかと思うが。


 この作業を何度も繰り返し。遂にレスターの番となった。


「こちらへ、手を水晶へ」


 レスターが水晶に手を触れる。映像を写し出すと、司祭が青ざめる。


「なんと! 剣帝だと!」


 あんたが騒ぐんかい。


 剣帝、かつていた英雄が剣帝のスキルを有し、当時敗北した勇者に変わり魔王を打ち倒した。そんな伝説がある。剣帝か、あいつなら納得だ。剣術の腕はすでにジェラルドさんと互角だ。当然なのかもな。

 会場内の人間がそわそわしだし、騒がしくなる。


「祝福されし子よこちらへ」


 他の子供と違い、奥の部屋へと連れていかれる。ジェシカが身動ぎする。離ればなれになるかもと直感したのか不安なのだろう。


「ゴホン! 次の子よ前へ。さぁ水晶に手を」


 司祭がなんとか気を取り直し、再開する。次はジェシカだ。水晶に手を置き、映像が現れる。


「バカなっ!! 剣聖だと!!」


 再び司祭が驚く。だから、あんたが騒いでどうするよ。


 剣聖、持つものを剣と認識すれば、聖剣となして、人類の守護者と呼ばれる存在。他には槍聖、斧聖、弓聖、槌聖がいる。ジェシカが剣聖か、レスターと同じくジェラルドさんと互角にやりあえるなら当然かも。ジェシカも奥の部屋へと連れていかれた。


 既に教会内部はざわざわと喧騒に包まれ始める。何せ強力な複合スキルが連続で二つも出現したのだ。騒がしくなるのは当然である。


 明日の新聞はこの事で持ちきりであろことが容易に想像できる。

 俺はここで言い知れぬ不安に駆られる。次はルーナの番だ。しかし、何故かルーナを行かせてはいけない。もう二度と俺のもとに帰って来てくれない。そう感じた。


「次の子よ! 前へ」


「っ! ルーナ」


 俺は思わずルーナをの腕をつかむ。ルーナは俺はを見つめ、口を開く。


「あの二人はビックリしたね。でも私は大丈夫だよ。運動とか全然だから。行ってきます」


 たしかに、彼女は運動がからっきしだ。戦闘など出来るはずがない。俺は自分で言い聞かせ、彼女の腕を離す。もう掴めなくなることも知らずに。


「では、手を」


 ルーナが司祭のもとへいき水晶に手置く。映像が現れる。


「おお! なんたる奇跡! 神よこの素晴らしき場に巡り合わせてくださり感謝します!」


 俺は司祭の言葉を聞き愕然とする。


「魔術の聖女様がここに降臨なされた!」


 魔術の聖女、それは勇者と共に魔王を倒すためのスキル。三人の聖女の一つ。魔術、特に攻撃魔術に関しては右に出るスキルはないと言われている。そして聖女は勇者と結ばれる運命にある。歴代勇者と三人の聖女は全て例外なく結婚している。


 俺は絶望へと叩き落とされた。俺が転生したのは、哀れな俺に神様がチャンスをくれたからだと思っていたのに。


 いや、まだだ。俺が勇者に選ばれれば。きっと選ばれる。でなければ、こんな残酷な仕打ちあり得ない。


「アルヴィン!!」


「ルーナ!!」


 ルーナが叫び俺に手を繋ぐ伸ばす。俺はただ叫ぶしか出来ず、ルーナは連れていかれる。


「……次の子よ前へ来るのだ」


 俺は司祭のもとへ歩いていく。


「では手を置きなさい」


 俺は勇者に選ばれる。そう信じて水晶へ手を置いた。他の人たちとは違い、蒼い光が走った。

 よもやと思い、写し出された映像を見ると、俺は本当に絶望へと至る。


「ふむ、体術の上級、農耕、ユニークスキル、強盾だと? 聞いた事がないな。宜しい、紙を受け取り明るい未来へ歩きだしなさい」


「待ってくれ! 何かの間違いだ! もう一度頼む!」


 俺は再び水晶に触れる。しかし、先ほどの結果と変わらない。


「何でだよ! 何でこんな仕打ち!」


「アルヴィン! 落ち着け! いくぞ!」


「申し訳ありませんでした、五神様」


 親父が俺を教会から引きずり出し、ジェラルドさんが五神の像たちへ謝罪する。

 俺はこの後のことをあまり覚えていない。気づいたら、村に帰って来ていた。


 あの成人の儀式のあとからルーナとは手紙でやり取りしていた。レスターとジェシカ、ルーナ。その両親達が共に王都に移り住んだこと。ジェラルドさんとリンダさんは嫌がっていたな。


 勇者が見つかり、会ったこと。魔物と戦ったこと。俺に会いたい、寂しいと書いてあった。

 だが、ある日、最後の手紙には残酷な言葉が綴られており、俺を絶望に叩き落とす。


『勇者様と結婚します。私の事は忘れて下さい。さようなら。あなたの幸せを祈ってます』


 俺は二人目の幼なじみを奪われたのだ。

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