第5話


 イフリムダンジョン十九階層、俺達バッシュ組は森の中を突き進む。陣形はバッグを背負った俺とヴェラが先頭、マルサスとリズが中央、バッシュが後方を担当する。



 ここでダンジョンについて説明すると、ダンジョンは地下へと伸びており、次の階層へ降りる階段がある。次の階層に進むと入り口に魔方陣があり、そこを踏むことにより一つ前の階層を踏破したことになる。


 また、ダンジョンの構造は一階層から四階層がフィールドとなっており、次の階層の階段を探すのである。


 五階層目に降りるとすぐにボス部屋があり、この部屋に入るとボス戦が始まる。ボス戦に勝利すると次の階層への扉が開いて部屋の中央に宝箱が出現してそのはクリアだ。


 宝箱の中にはランダムであるが報酬としてアイテムが入っている。これを何度も繰り返し下層へと降りていくのがダンジョンである。


 下層へ進むほど魔物は強くなり、ボスも強力な魔物になっていく。最下層に到達すると神殿があり、そこでこの世界を見守る五神と呼ばれる神から、祝福として特殊スキルを与えられるらしい。


 ……最下層に到達する実力があるなら今さら要らねんじゃね? と思うが、ゲームのやり込み要素の感覚なんだろうな。


 ダンジョンの階層は一階層から四階層は同じ環境であり、イフリムのダンジョンは、一階層から四階層で平原、六階層から九階層が荒れ地、十一階層から十四階層は雪原、そして今挑んでいる十九階層を含む十六階層から十九階層は森となっている。


 また、ダンジョンはどこからか換気されており、天井は一部の例外を除いて明るく、地下にいるという気がしない。


 そして、この十九階層はトレントが多く出現する。トレントは顔がないマネキンのような木の魔物で、単体では正直強くはないが、複数で出現するために囲まれやすく厄介な魔物だ。


 さらにこいつは樹木をえぐり、その中に入って擬態をして獲物が近づいて来るのをじっと待っている。無警戒に進むとトレントに囲まれて袋叩きにあってしまうのである。


 そこで先頭を気配察知のスキルを持つヴェラと、俺がコンパスと階層地図を見ながら進んでいる。ふと、ヴェラが何かを感じたのか手でストップの合図をした。


「ヴェラ、見つけたのか?」


「前方にトレント六体、擬態中」


 俺がヴェラに確認すると、短く俺達に状況を報告してきた。

 ヴェラは仕事になると口数が少なくなる。要点を的確に伝える為だと以前、本人に言われことがある。


「六体なら排除した方が早いな」


 バッシュが前に来て判断する。今回は時間が限られているので、回り道より倒したほうが早いと思ったんだろうな。


 バッシュの言葉を聞いたヴェラは頷き、腰にある矢筒から矢を取り出す。その矢は先端がネジレており、中々に禍々しい。

 ヴェラが構えていふこれは、魔矢と呼ばれる物で矢じりに術式が刻まれており、魔力を込めて放つとその術式によって矢が特殊な効果を持つ。


「ではバッシュさん、私が先手を打ちますね?」


 ヴェラが矢を弓につがえ、バッシュに了解をあおる。


「ああ、ヴェラが打ったら俺とアルヴィンが前に出てトレントを止める。そしたらマルサスとリズはウィンドスピアでトレントを撃ち抜いてくれ」


 バッシュが作戦を伝え、俺達は即座に戦闘体制に入る。ヴェラは弓を構えトレントが擬態している木に狙いをすませる。


「……すう……ふうぅぅ…………いきます」


 ヴェラが合図をすると共に矢を放つ。弓から放たれると即座に矢が回転を始め、風切り音を出しながら真っ直ぐ獲物へと飛んでいく。


 バキッという音がして木を貫通するが、木を貫通してもなお勢いが衰えずに森の奥に消えていった。


 矢で撃ち抜かれた樹からドサッ、と頭が無い木で出来たマネキンのような物が崩れ落ちる。

 すると、周囲の木からかくかくとぎこちない動きをしながらトレントが現れ、一度周囲を見回し、俺達を発見すると先ほどのぎこちない動きが嘘のように、一気に走り出し向かってくる。


「……いつ見てもホラーだな、あれには慣れそうもない」


 俺が素直な意見をこぼす。正直、ホラーゲームに出てきそうな動きをしているので少々苦手だ。

 夏の夜にやる心霊特番なんて見ることすら出来なかったし。


「そうか? 結構見てて面白いと思うんだけどなぁ」


 ……お前とは感性が合わねぇんだよ。ただただ気持ち悪いだろあれ。薄暗い中であれに遭遇したら俺、悲鳴あげながら全力で逃げるかも。


「リターン。二発目いきます」


 俺がくだらないことを考えていると、ヴェラがリターンと呟く。すると先ほど放った矢がヴェラの右手目掛け戻ってくる。ヴェラは矢を掴み取ると再び構える。


 この魔矢は矢じりに回転と、射手に戻るように風の術式が刻まれているため、合図によって右手に戻るようになっている。この矢はかなりの高級品であり使われている素材全てが一級品だ。しかし、消耗品でもあるため、何度か使うと矢じりが削れ、魔術式が壊れて使えなくなる。


「よし、やれ」


 バッシュが指示を出すと即座に矢を放つ。しかし、まだ遠くにいるトレントにはヴェラが矢を放つのが見えたのだろう、即座にその場から横にスライドして射線を外れる。外れたと思いきや、矢が急に曲がりトレントの頭を撃ち抜く。ヴェラの追尾というスキルが発動したのだ。


 追尾は弓矢だけに発動するスキルで。狙った対象に目掛け追尾する。十分強力ではあるが、デメリットもある、近過ぎたり、遠く離れ過ぎてると発動しない。

 頭を撃ち抜かれたトレントは足をスベらせたように後方に転び沈黙した。


「よし、残り四体だ。マルサス、リズ、頼んだぞ!」


 バッシュがマルサスとリズに指示を出す。二人は即座に詠唱を開始する。魔術は基本的に発動のために詠唱が必要であり、詠唱を開始すると足元に魔術式が現れる。見てると非常にカッコよく中二心をくすぐるが、俺は魔術スキルを持ってないので出来ない。残念。


 詠唱中はもちろん無防備なので攻撃されないよう対策が必要だ。俺とバッシュが前に出てトレント達の壁となり、二人を庇う。



 まず、俺がトレント達に突撃する。トレントはすぐに腕を振るって殴りかかるが、難なく盾で防ぐ。別のトレントが俺の右横から下に向かって腕を振るってくる。後ろに体をずらし回避し、左のトレントが蹴り入れてくるのが見えたので、盾で防ぐ。


 すると後ろからバッシュが蹴りを入れたトレントの片方の足に切りつけた。滑らかに剣が足の内側に入り切断する。切られたトレントは体勢を保てず転倒したのを横目に、バッシュの前に出てトレントの攻撃を受け止める。


 後方にいたトレントがバッシュを狙い殴りかかってきたのだ。バッシュは直ぐに体勢を立て直し、剣を構え直す。背後でバッシュの動きを感じ、即座に盾を上に向ける身構える。すると、バッシュが盾を踏み台に跳び超え、攻撃してきたトレントにジャンプ斬りを仕掛けた。


「でりゃぁぁ!!」


 トレントは突然の奇襲に対応できず、そのまま右腕を切断される。地面に着地したバッシュは即座に右腰に収めてる少剣を左手で抜き放つと同時にトレントの首を跳ねた。首を跳ねられ、トレントは崩れ落ちる。


「詠唱完了!!」


 後ろからマルサスが叫ぶ。射線から逃げるため、バッシュと共に直ぐさま横にズレる。


「ウィンドスピア!」


 二人が同時に魔術名を叫ぶと、風が回転しながらトレントに向かう。周囲の葉っぱやゴミを巻き込みながら別々のトレントの胴体に当たり、体を削っていき貫通する。


 胴体を失ったトレントはバラバラになり、沈黙した。残るは片足を切断したトレントのみで、倒れたままバタバタと暴れており、最早脅威ではなく、止めだとバッシュが頭部に剣を突き刺す。


「無事に終わりましたね」


 マルサスが周囲を見回してからバッシュに声を掛ける。


「ああ、六体だけだからすぐ終わったな」


 戦闘が終了し一息つくと、俺は腰の小剣を取り出しと、トレントの死体に突き刺す。剣で斬り開くと白い石が見つかる。これが魔石である。

 魔石は魔力が石になったもので、体内の魔力が濃い魔物は魔石が体内で精製されやすい。


 魔石は生活に広く使われ、魔道具の動力源として重宝されている。例えば、部屋を照らす照明の動力はこの魔石が使われている。魔石は消耗品であり、使い続けると透明になっていき、完全に透明になると砕けて霧散する。


 この世界の生活は魔道具が当たり前に使われているので、魔石の需要が無くなることはない。持って帰ればそこそこの値段で売れる。

 形を保っているトレントから魔石の採取を終え、俺達は再び進み始める。


 暫く進むと、またヴェラがストップと合図する。


「斜め左手、三十メートル先の木の上、フォレストキャット、こちらに気づいてる」


「ちっ! ヴェラ、リズ俺の後に下がれ! アルヴィン奴を止められるか?」


「あぁ、問題ない」


「よし、マルサス! アルヴィンのフォローを頼む!」


「了解です!」


 バッシュがヴェラの報告を聞き、即座に陣形を指示してきた。俺は即座に前へ出て盾を構え、ヴェラの言った方角をよく見てみる。


 木の枝の上、そこには猫がいた。


 ノルウェージャンフォレストキャット、あれを巨体化させた見た目をしている。色合いは前後の脚と胴体部分がブラウン、頭部から背中がエメラルドグリーン。青い猫特有の目をこちらに向け、いつでもこちらに駆け出せるような姿勢だ。


 フォレストキャットはこの十九階層において、最も危険で厄介な魔物である。このフィールドに適した生態で、木々を跳びはねながら高速で移動し、獲物を上から奇襲する。


 その速さはまず弓を当てるのは困難であり、ヴェラの追尾スキルでもたやすく避けられてしまう。

 対策としては、全力で木々が少ない場所まで走るか、木々を全て切るかだが……。


 フォレストキャットが移動を開始し、木々をジグザグに跳びはねながら接近してくる。


「くそっ!速ぇぇ、見失う!リズ、例の作戦でいくぞ、頼む!」


「了解です!」


 バッシュ達は目で追えないらしく、リズに魔術発動の指示を出す。

 移動先を予想して見ていると、フォレストキャットは死角を利用しながらフェイントをかけてくるため、簡単に見失う。


 こういった動きに見慣れていないと対応は難しいのだろう。俺は子供の頃に化け物じみた人達に鍛えられた事があるためこの程度の速さは見失う心配もない。


 徐々に近づいてきたフォレストキャットは毛を逆立て始める。前に出てフォレストキャットを誘うと、俺に向かって飛び掛かってきた。


 盾で奴の爪を防ぐ、ガンと音を立てて防ぎきると、奴は警戒しているのか「グルルル」と唸り声をあげ、俺を見ながら横にゆっくりと移動を始める。


 俺も後ろに回られないように盾を奴に向けながら、同じ方向に横移動すると、再度飛び掛かかりその凶悪な爪を振りかざす。


 再び盾で防ぎきると同時に、直ぐ様一歩前進して奴の鼻先を殴りつけ、即座に盾を構える。鼻先を殴られたフォレストキャットはギャンと鳴き、体を横に回転させてきた。


 フォレストキャットの毛は逆立つと、とても固く鋭くなり、回転しながら攻撃してくるので盾を構えると、盾がギャギャギャと嫌な音を立てる。


 攻撃を防がれたフォレストキャットは木の枝に飛び乗り、忌々しげに睨むと、再び高速移動を再開した。

 フォレストキャットの鼻先が弱点の一つで、衝撃を受けると怯む。堪らずに木の上へと逃げたのだ。


「リズ、どうだ?」


 俺はリズに魔術の発動が出来るか確認する。


「いけます!」


「じゃあ、頼むぞ!」


 リズの準備が出来たのを確認すると、俺は駆け出す準備をする。


「いきます! エリアクールダウン!」


 リズが唱えると、周囲の気温が急激に下がる。すると、木々に結露が発生して氷り始め、それが俺達を中心に広がっていく。


 温度操作魔術、エリアクールダウン。指定した地点から温度を下げる魔術だ。今の温度は約-十度ほどで、かなり寒いが我慢する。

 すると、木の上で高速移動中のフォレストキャットが脚を滑らせ、勢いよく地面に叩き落ちる。俺はそれを確認すると全力でフォレストキャットに駆け寄り、盾を奴の顔へ叩きつけた。


「バインド!!」


 俺がバインドと叫ぶと、奴の周囲に白く光る鎖が出現し、グルグルとフォレストキャットに巻き付く。ある程度巻き付くと地面に鎖が刺さり完全に固定する。


 これは俺が使える盾スキル「バインド」魔力を消費して発動し、盾が触れている対象を捕縛する能力だ。

 デメリットは盾が離れると解除されるので、発動中は無防備になることだ。


「ギャウウゥゥゥ!!」


 フォレストキャットは必死に鎖を引きちぎろうとするが出来ないでいる。


「止め頼む!」


「おう!」


 バッシュとマルサスが同時に返事をし、駆けつけ俺の両サイドからフォレストキャットの喉へ剣を突き刺す。

 フォレストキャットはゴボゴボと口から血を吐き出しながら激しく暴れようとするが、徐々に抵抗が弱くなっていき、静かに崩れ落ちる。


「終わったな」


 フォレストキャットが絶命したのを確認すると盾を離す。すると白い鎖はキーンと甲高い音を立てて、消えていく。


「さて、こいつの魔石と皮を剥ぎ取るか」


 フォレストキャットの背中の毛皮は、貴族の女性にとても人気だ。日の光を浴びるとキラキラと、ところどころが光り輝き、エメラルドグリーンと相まってとても美しいのである。


 在庫は常に不足しており、ギルドが高額で買い取ってくれる。これだけで大収穫なのだ。


 剥ぎ取りが終わり、バッグの上に毛皮をくくりつけた俺はバッグを背負い、最初の陣形に戻り歩きだす。


 何度かトレントとの戦闘を経て、ついに次の階層への階段にたどり着き、バッシュが呟く。


「やっと着いたな」


「はい、そうですね。早く片付けて勇者様を見に行きましょう!」


 ……マルサスさん、そんなに勇者が見たいですか。まぁ、男の子の憧れみたいなもんだからな。俺は正直嫌な予感がするから行きたくない。

 後ろでも女性陣が勇者の話でまた盛り上がり始めてる。


「慌てなくても良いじゃないか。ゆっくり攻略しようぜ」


「ダメっ!!」


 行きたくない一心で言ったら、マルサスと女性陣が同時に怒ってきた。…こりゃ逃げられんな。行くと言った手前諦めるしかなさそうだ。

 そんなやり取りをしながら階段を降り始める。数分ほどで階段が終わり、少し開けた個室となり奥には次の部屋へと行く入り口がある。

 あの先がボス部屋となっていて、部屋の中へある程度進むとボス戦となる。


「よし、みんな装備の最終確認を行ってくれ」


 バッシュが言うとみんな装備を確認し始めた。俺は背負っているバッグを降ろし、ライフポーションとマナポーションをいくつか取り出す。


「じゃあ、みんな保険に一人一つライフポーションを渡すからな。リズ、お前にはマナポーション二つも渡しとしくぞ」


 みんなにポーションを手渡す。ダンジョンに入る前、全員にライフポーションを一つ渡しているが、ボス戦となると何があるか分からないので予備を預ける。


 ポーションについてだが、ライフポーションは小さなケガならばすぐに癒し、マナポーションは魔力を回復するという効果があり、冒険者の必需品だ。


 ポーションは高価であるため、出来るだけ無駄な使用は控えたい。今日の攻略が終わり次第回収して、また俺が管理するのだ。


「みんな準備はいいな?」


 全員が頷くと、バッシュがボス部屋へ歩きだす。俺達も後ろを付いていきボス部屋へ入り、ある程度進むとボス部屋の壁にある照明が光り出し、入り口が光の壁な塞がれる。


 部屋の真ん中が光り出すと三体の骸骨が出現する。剣士、槍兵、弓兵のスケルトンナイトであり、所々に鎧を装備し、赤く光る双眸がこちらを見つめている。


「くるぞ!」


 バッシュの一声が戦闘の開始を告げる。


 二十階層攻略が開始した。

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