第9話 慎重さと大胆さ
訓練、訓練、訓練。
しかし、とうとうその日がやって来た。実戦参加だ。
「どきどきすんなあ」
「そうやなあ。でも、その姿を見たら、ふざけてるんかと思うわ」
「それは自分もやろ。というか、真矢の方がひどいわ」
真矢も菜子もフル装備である。つまり、鼻眼鏡と猫耳カチューシャを装着していた。
「まあな。自覚はあるねん」
「緊張感が台無しやな」
「選んでもうたからな、これ」
「慎重に選ぶべきやったけど、あの時は『これや!』と思ってん」
「お互い、ちょっと失敗したな」
2人は頷いて、空を見上げた。
「慎重で思い出してんけどな、初めての解剖の時、『慎重にいけよ』言われたから、慎重に始めてん。そしたら今度は『アホ。大胆にいけ』言われてん。
どうして欲しいねんや、思ったわ」
菜子は嘆息した。
「ああ。そういうのってあるよな。
体育祭の時の新聞やねんけどな、同じレースの1位と2位の人が載っててん」
「ああ、あるな。うん、わかる」
「1位の人には、『独走』とか書いてあってん。それで2位の人には、『僅差』って書いてあってん。どっちやねん」
真矢が言い、バスに乗っていた他の隊員も、各々考えた。
「ええ加減やな」
「ええ加減や。
でも、意外とピッタリでびっくりする事もあるやん」
「ああ、あれ?『人間の直観は、精密ではないが正確だ』」
「それや」
菜子が、指さす。
「うん。目分量とか手計りとかな」
「仕事柄、長さは大体わかるやん」
「そうやな。それと、ちょっとした重さもな」
「そうそう。これ大体300くらいかな、思いながら秤に臓器のせたら、大体300やし。この骨、43センチくらいかな、思たら、まあそうや」
「うんうん。それでなんとなく気分ええねんなあ」
2人はうんうんと頷く。
「でもな、料理は迷うねん。少々とか適量とか、わからんわ」
菜子が文句を言った。
「少々は、ひとつまみとちゃうかったかな」
「ひとつまみもええ加減やで。例えば、作るんが小学生の時と、相撲取りの時」
「・・・」
「一緒か?」
「まあ、多少は違うけど、そこまで変わるか?」
菜子は、顔を横に振ってチッチッチッと言う。
「多少言うても、場合によっては大事やん。
億万長者にとっての1万円は多少かも知れんけど、幼稚園児には大金やん」
「まあ、そうやな。子供の頃、100万いうたら大金の代名詞やったしな」
「やろ」
「・・・なあ、菜子」
「なんや」
「昨日、ちょっと多めにパスタ茹でるいうて大量に茹でてたけど、あれ、多少なん?」
「袋が3キロ入りの業務用やったからな」
「全部その言い訳か!」
菜子は空を見上げ、言った。
「今日もええ天気や」
「おい。しばらく毎食パスタの言い訳がそれなん?」
「空はこんだけ広い。見てみい。パスタ並べても追いつかんで。誤差や、誤差」
「・・・それやったら、あんたがあれ食べや」
「・・・ごめん」
「・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます