第2話 浮気疑惑

 タカミが不機嫌になったのは、翌日の事だ。

「何、これ」

 白い紙切れをミキオの上着のポケットから見つけたタカミは、目を吊り上げている。それでわたしの食事を忘れているので、

「にゃあん」

と鳴いたら、見もせずにザラザラとカリカリを皿に入れた。

「宝飾品、2万2千円?何なの、これ」

 声が冷え冷えとしている。真冬のアスファルト並みだ。

 わたしはカリカリを食べ終えると、別の家で煮干しをいただく日課になっているので家を出た。

 ああ。今日も忙しい。

「おや、タマや。どこに行っていたんだい?」

 お婆さんが、縁側から香箱座りをするわたしを見付けて笑いかけ、煮干しを台所に取りに行く。それでわたしは家に上がると、おばあさんの煮干しを待った。

 煮干しが美味い。

 おばあさんは独り暮らしなので、こうしてたまに巡回して様子を見ているのだ。

「美味しいか?」

「にゃああん」

 元気そうで何よりだ。

 煮干しを食べ終えたわたしは、思い切り伸びをして、その場で丸くなった。


 郡司家に戻ると、チカが帰って来ていた。

「あ、ネコちゃんが帰って来た」

 ケーキを食べていたクリームまみれの手で触ろうとしてきたので、慌てて飛びのいた。恐ろしいやつだ。わたしの毛を何だと思っているのか。

「ああ、チカちゃん。手がベタベタじゃないの」

 タカミがタオルでチカの手を拭いてやる。

「はああ」

「どうかしたの、ママ」

 チカはどんくさいが、勘がいいところもある。

「何でも無いわよ」

 チカはケーキを平らげると、騒がしい子供向けアニメのビデオをタカミに見せられ、テレビの前に釘付けになった。

 これは、タカミがチカを大人しくさせておく時によく使う手だ。

 タカミは頬杖をついて、朝の白い紙を睨みつけている。

「ミキオさん、もしかして浮気?

 そう言えばこの前休日出勤とかで、出かけたわ。

 それに、お小遣いがあんまりないみたいだし……」

 タカミは自分で言って、想像しているらしい。

「悔しい!許さないわ!」

 わたしは欠伸をひとつして、タカミを半眼で見た。

 わかってない女だ。常にタカミの尻に敷かれ、それでも嬉しそうに働きまくっているミキオが浮気など。しかも、昼食代込の小遣いは大変少ない事もわたしは知っている。財布に小遣いが無いのは、給料日直後以外は、いつもの事である。

 しかし、そうと言ってやるにも、残念ながらわたしの猫語では通用しない。

 やれやれ。

 丸くなってうつらうつらし、チカの猫じゃらしに付き合ってやって、昼寝するそばでわたしも添い寝してやっているうちに、何も知らないミキオが帰って来た。

「ただいまあ」

「ミキオさん!」

「あ、ただいま――何?」

 オドオドとするミキオに、タカコが仁王立ちで問い詰める。

「白状しなさい。浮気したわね」

「はあ!?」

「証拠はあがっているのよ!」

「そんなばかな!」

 ミキオは目を丸くして一掃オドオドとし、それがタカミにはより疑わしく見えるらしい。

 わたしはよっこらしょと立ち上がると、奥の部屋に行き、スルリとドアの隙間から寝室に入った。そして、ジャンプして棚の上に登ると、そこにあったミキオが昔貰って来たゴルフ大会のブービー賞のトロフィーを引っかけて落とした。

 ガシャンと音がして、それに続いてバタバタという足音が近付いて来る。

「ああ!ネコさん!落としちゃって、もう」

「ま、待ってタカミさん!僕がやる!」

 ミキオが慌ててトロフィーを拾おうとするが、先にタカミがそれを見付けた。


     タカミさんへ

        おめでとう


 そう書かれたカードと、細長い箱。

「何これ?」

「ああ……」

 ミキオは苦笑して、タカミに言った。

「もうすぐ誕生日だろ?それで、プレゼントをそこに隠してたんだよ」

「え。じゃあ、お小遣いも……」

「まあね。昼飯代を削って、休日は兄貴の店を手伝ってバイトさせてもらったんだ」

「まあ!あたしったら勘違いをして……。ごめんなさい、ミキオさん。ありがとう!」

「ちょっと早いけど、おめでとう、タカミさん」

 2人は仲良く抱き合って、感謝と愛情を伝え合う。

 やれやれ。世話のやける。

「パパァ?ママァ?」

 チカの声が近付いて来て、慌てて2人は離れた。

 こうして郡司家のケンカは回避され、わたしは上機嫌なタカミに、高い方の猫缶を貰った。

 私もこうして日々苦労しているのだ。このくらいのささやかなボーナスくらい、あってもいいだろう。

「ネコさん、美味しい?」

「にゃああん」

 わたしはタカミとミキオとチカを見上げて鳴いた。

 やれやれ。無邪気な飼い猫のフリも楽じゃない。





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