その10

 ジャージに着替えて、早速に机の上にノートを広げた。

 アナタに言われたとおり、主人公の名前をまず書いた。もう一人のメインの……と、ここで手が止まった。


「主人公以外、誰がメインなんだ?」


 他の登場人物はストーリーの都合でテキトーに配置しただけのキャラクターで、場当たり的なキャラばかりだった。

 この中から、特別なキャラになるのは、全員、弱すぎる。


「あ」


 ただ、その中で一人だけ「変なキャラ」というか、私の頭で勝手に動くキャラが一人だけいた。

 そのキャラを主人公の横に置いてみた。そして、直線で結んだ。


 この二人は一体何なんだろう?


 考え始めた瞬間、今までどれだけ呪文を唱えても動かなかった人形が、突然起き上がり出したように主人公ともう一人のキャラが頭の中で会話を始め、動き出した。


「そうか……」


 その後に私が書いた小説を読んでいくと、全然違う方向に文字を引いていたのがわかり、すぐに書き直し始めた。

 まず、この二人以外の登場人物は全員、必要ないので消す。

 今まで行き止まりだったのが嘘のようにストーリーが走って行く。ずっと、のっぺらぼうだった顔にどんどん表情が生まれてくるし、私もキャラクターに感情が乗り移る。


 時計を見たら、十時を回っていた。これだけ夢中になって物語に没頭したのは、初めて小説を書いた時以来だった。


 下からお母さんの声がして、お風呂に入って一息つく事にした。



 少し前に進んだ安堵で温かいお湯の中で一息つくと、浴室の天井にあなたの顔が浮かんだ。


「あれ?」


 その時、思った。

 

──私とアナタってどんな関係なんだろう──


 友達? ただの知り合い? クラスメイト? ……他人?


 どの言葉を手に取っても、アナタの姿にきっちりとハマる言葉が私の頭の中には見当たらない。

 私はボーッと立ち込める湯気を見ながら不思議な気持ちになった。結局、今になっても、私は答えを見いだせていない。


──単語では表現できない直線を見つければ、それがテーマになるのよ──


 心臓が私に何かを知らせようとドクッと動いた。

 お風呂から上がって、髪も乾かさないで、また机に駆け込んだ。

 今まで書いていたノートの登場人物を消して、私とアナタの名前をそこに書いて、矢印を引いた。

 橋本さんは「親友」、お母さんは「親子」、友達、部活の先輩、クラスメイト、部活の仲間……アナタと私を結ぶ言葉は、まだ、この世に存在していない。生まれて初めて、書きたいものが出て来た。


 今までのあらすじは捨てて、これを書くと決めた。


『友達でも、親友でもない、大切なヒト』


 あんなに出てこなかった一文が一瞬で頭の奥から飛び出して来た。



 翌日、先生に見せたら「面白いそうね」と原稿にかかる了承がすぐに取れた。


 そして、パソコンを開いて、小説の執筆に取り掛かった。


 ただ、準備に手こずり過ぎて、三学期のテストも終わり、締め切りまであと一ヶ月しかなかった。

 やっとエンジンがかかったのに、締め切りは残酷だ。私の事情なんか汲み取ってはくれない。

 書きたいものができたのに、技術が足りない私は、もちろん執筆も四苦八苦、一直線に最短距離を進むことなんて不可能で、書いては消して、書いては消しての繰り返しだ。


 春休みまで三日。

 学校の期間中に先生に提出すれば、先生がまとめて応募しておいてくれるらしい。その後、春休みになると、自分で郵便局に持っていく事になる。


 どうしてもクライマックスが上手く書けず、私は苦しんでいた。

 橋本さんにも読んでもらった。けど、アドバイスするだけの言語化ができずに苦しそうだった。


「なんでも良いのよ。マユちゃんが思った事、なんかない?」

「そう言われても……なぁ」


 橋本さんはボソッと「確かに、なんか足りない気がする」と首を捻った。


「足りない?」

「料理で言ったら、調味料がなんか一つ入っていないって言うか……味が薄いっていうのかなぁ」


 それは私も感じていた。


 ただ、それが何なのかのヒントが欲しかったのだけど。再確認だけで手掛かりはなく、結果は最悪に近いのかもしれなかった。「ありがとう」と言った後に無意識にため息を漏らしてしまった。


「何も言えなくて、ごめん」

「あ。いや、読んで貰ってありがとう」


 周りに気を遣う余裕もないくらいに私は追い込まれていた。


「そう言えば、サクラ、知ってる?」

「なに?」

「四季さん、転校するんだって。なんか、今学期が終わったら」

「え……」


 橋本さんにアナタのことを聞かされたけど。


「そう、なんだ」


 もう、気にしない。と、言い聞かせたのに、心が揺れた。



 私は家に帰って、原稿を読み直す。

 この一年、私とアナタをモデルにした物語。クライマックスになっても、ずっと平行線で何にも見えてこない。何かが足りなくて、真っ暗な穴が小説の真ん中にポコッと空いている。


「失敗、だったのかなぁ」


 行けると思ったのは気のせいだった。

 とりあえず、穴のように空いたクライマックスのシーンを有り合わせの文字にで埋める事にした。


「できた」


 そして、なんとか初めてのオリジナル作品が完成して、私は一息をついた。


「やっぱ……なんか違うんだよなぁ」


 ただ、出来上がったモノは、私が最初にイメージしていた出来とは程遠いものになってしまっていた。構想時のドキドキ、文集の作品の時の様なワクワク感は執筆時、一度も訪れることはなかった。



 翌日。

 終業式。

 一応、封筒に詰めた原稿を持って職員室に向かった。ただ、「これで応募して良いのだろうか?」と言う気持ちが袖を引っ張って、ドアの前で立ち止まってしまった。


 自分で郵送したら、あと数日の猶予はある。

 それ以前に送ったところで、どうせ落ちる。今回は誰も面白いと言ってくれなかった。

 『才能がない』ってレッテルを貼られるのが怖かった。


「何してるの?」


 そこにアナタが職員室から出て来た。アナタは転校の挨拶に職員室にいた。

 私の顔から、アナタは視線を下の封筒に移した。


「書けたんだ」

「いや……その」


 俯いてしまった。


「書けたんでしょ? 提出しないの?」

「……どうせ、こんな出来じゃ送っても通んないし、今日は止めて自分で出そうかなぁって考えて」


 興味なさげに通り過ぎると思っていたのに、意外にもアナタは私の持っていた封筒を無理矢理取り上げた。


「ちょっと」

「なら、私が読んでも良いでしょ、これ。私、アドバイスしてあげたし、文集も読ませて貰えなかったし」

「でも」

「どうせ応募しないなら、捨てるんでしょ? それとも、応募するの? どうせ落ちるのに」


 返事ができなかった。他人に言われると、改めて自分が情けなく思えた。今回のコンクールでわかったのは、私には才能がないって事と、私は大きな壁が見えると直ぐに立ち止まってしまう。


 多分、家に持って帰っても、数日で良くなんてならない。だから、多分、応募しないで、無駄なため息をついて終わってしまう。「返して」と言う理由もない。


 アナタは封筒を自分の鞄の中に入れた。


「アナタとも、これでお別れね」

「あ、転校、するんだっけ」

「転校……まぁ、そうね。そう言う事になるわね」


 アナタはそう言って「さよなら」も言わずに、その場を去って行った。


 それから数日後。

 私の家にコンクールの主催者から「原稿の受付完了」を知らせるハガキが届いた。

 












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