その9

 文化祭が終わり、三年生は部活を引退して、二年生と一年生だけの活動になった。それを境にみんなの目の色が変わったのに気付いた。

 三年生が目の上のタンコブだったわけではない。

 文化祭が終わると、高校生対象の文芸コンクールに向けて、みんな、作品作りに取り掛かる。締め切りは来年の三月下旬。発表は二年生になった六月。

 私が文集の作品を書いている間、橋本さんたちは、このコンクールの準備をしていたのだと言う。要するに私は出遅れている。

 ただ、みんな初めての長編という事で、かなり苦戦しているそうだ。


 私ももちろん応募作品に取り掛かり始めたのだが、いざやってみると全く上手くいかない。

 先生が教えてくれたが、文集の時書いた私の作品は中編、今回は最低あれの3倍ぐらいの分量な上にもちろんオリジナル。自分自身で世界の設定からキャラクターまで、全部作らないといけない。


 前回の作品がレールの上を必死で走っていたのだとすると、今度は周りに何も無い大草原のど真ん中に放り投げられたようなものだ。


 何を書けば良いんだろうか?


 その日は橋本さんとは一緒に帰らず、私は一人作品のことを考えながら家に歩いた。夢中で考えていると川から吹いて来た冬の木枯らしにハッと顔を上げた。


 アナタがベンチに腰掛けていた。


 遠い目をしている。


 あの日以来、アナタは私のことなんか見ていなかった。もう、私が存在していない様に振る舞っている。

 私が道を変えても、もうアナタは私を追いかけてはこない。四月の時の様な明るい声はもう聞けない。


 ただ、その時は私も、アナタのことを考える余裕はなく、生まれて初めて作る空想の世界の段取りに四苦八苦していた。

 期末試験が終わり、十二月に入っても、冬休みになっても、大晦日も、私は机で真っ白のノートと睨めっこしながら除夜の鐘を聞いた。

 年が明けても、物語の取っ掛かりすらできず、焦りだけが募っていく。

 次第に「なんでもっと早くから努力をしておかなかったんだろう」と言う後悔に苛まれて、頭がパニックになり、毎日頭を掻き毟って、ベッドの上に倒れる。


 そして、お決まりの言葉が脳裏で言語化される。


 才能、ないのかな。



「まずテーマを作りましょう」


 私のように頭を抱えている一年生のために先生が冬休みに特別講義をしてくれる事になった。

 テーマって何なのか、どれだけ考えても分からない。むしろ、こんなもの無い方が話が作りやすいのに。


「テーマって言うのは『その物語で一番面白いところは?』って人に聞かれたら、なんて答えるかを考えてみて」


 先生は私たちが書いて来た大まかなストーリーを「少しづつ削っていく」という課題をやらせた。


「要らない部分をどんどん削って行って。必要なものが二つあったら、より大切なものだけ残して、もう一つは消してしまいましょう。それで、最後に残った一文がその物語のテーマになります」


 そう言われても、「ここは絶対面白い」「ここも書きたい」って箇所ばかりで、削る事なんて我が子を殺すようで、できるはずがない。

 その後、二人一組になって、ペアの相手に自分の物語を説明する練習。でも、「ごめん、よくわからない」と私がどれだけ説明しても、相手の子は私の書きたいことを理解してくれなかった。


「なんでわからないの!」と内心イライラしたけど、相手の子の話の説明を聞いた私も、


「ごめん、よくわからない」


 と、言い。相手の子はムスッとした顔をしていた。日常会話は簡単に通じるのに、なんでこんなに通じないんだろう?


 特別授業の帰り、一年生で「こんな事しなきゃ書けないの?」と文句を言い合って帰った。


 それでもポツンポツンと、みんなは私より先に準備していたので、徐々に原稿を書き始める子が現れ始めた。


 テーマ。話の核。


 結局、たった十文字程度の言葉が三学期が始まっても出てこなかったのは、私一人だけだった。


 小説を書くのってこんなに難しかったんだと、思い知らされた。何も知らずにプロの人らの書いたものを読んでいたけど、才能のある人らがやっているから簡単に見えていただけだった。


 私には才能がない。


 誰かに相談したくても、原稿制作はパソコン作業になるので、二月は、みんな部室に顔を出さなくなっていた。


 まだ、プロットも固まらない私はいつも一人部室でうねって「才能がない」と落ち込む始末。


 まるで、自分だけが冬の人生に取り残されているようだった。


「遭難すると、こんな気持ちになるのかな?」


 文芸部の机に突っ伏して、ネガティブな独り言を吐くことが多くなった。生まれて初めて味わう深い孤独だった。


 お母さんに念願のパソコンを買ってもらっておいてなんだけど、もしかしたら一度も出番なく、筆を折る日を迎えるかもしれない。


 職員室に鍵を返して、薄暗くなった階段を降りて、昇降口へ向かった。一年生の昇降口は古い方の校舎にあるので、蛍光灯の光が弱くて、薄暗い廊下を歩くと余計に気分が落ち込んだ。


「あ」


 下駄箱で偶然、アナタと会ってしまった。アナタも私の声に無意識にこっちを向いた。


「久し、ぶり」


 毎日、教室で一応顔は見ているのに、文化祭以来に会うような気分であった。


 アナタは、私に返事もせずに靴を履いて、歩き出した。


 無視されると、あの日のことを思い出して、余計にため息が出る。


「何も書けてないんだ」


 顔を上げると、アナタが顔だけを私に向けていた。


「あ、はい……原稿どころか、プロットも作れなくて」

「サクラは、プロットなんて作ってなかった」

「え?」

「考えてる暇があったら、指を動かす。どうせ下手なんだから」


 その言葉が先生のアドバイスでも動かなかった、心の重りをストンと落としてくれた。


「テーマが分からないなら、主人公ともう一人、キャラクターの名前だけノートに書いて、二人を直線で繋げる。

 で、二人のことを書くんじゃ無くて、二人の間の『直線』を文章にする。人じゃ無くて、人と人の間の線が『人間』なの」

「人間?」

「『友達』とか『恋人』とかあり触れた言葉じゃ無くて、単語では表現できない関係の直線を見つければ、それが勝手にテーマになるのよ」


 アドバイスをしてくれているのだろうか?


「って、サクラは言ってたわよ。私には、よくわかんないけど」


 アナタは素っ気なく歩き出して去って行った。


「あ、ありがとう」


 アナタは返事もしなかった。

 

 家に帰って、アナタに教わったことを早速ノートに書いてみた。


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