その6
橋本さんと仲良くなれたお陰で、私はやっと文芸部の一員として馴染む事ができた。それと反比例して、学校でアナタと話す機会はどんどんと減って行った。クラスでも同じ文芸部の子と一緒にいて、アナタは別のグループの人らと話していた。
──未来は、アナタなんかの思い通りにはならないよ──
あれ以来、アナタは私のことを「アナタ」とか「乙木さん」と呼ぶ様になり、意図的に距離を開けている様に感じた。
私が何か嫌われる様な事をした自覚もないし、嫌っているなら何で、橋本さんを紹介してくれたのか? この時の私にはアナタの行動は矛盾だ欠けで、理解不能だった。
ページがめくり辛くなる梅雨が終わって、夏が近づいてくると文芸部では文化祭の準備が始まった。
文芸部は毎年文集を作るのだそうだ。作った文集は過去の先輩たちの物と一緒に無料で配布される。
だけど、そこに載れるのは十名前後だと言う。部員は全部員で三十名以上いるので、私たち一年生からすると狭き門だ。
ただ、強制では無いので、自分の作品を書きたい場合は、別に参加しなくてもいいらしい。
「さくら、どうする?」
帰り道に橋本さんに聞かれたけど、私は返答に困った。そりゃ、文集に載ったら嬉しいだろうけど。この時、私はまだ自分だけで真のオリジナル作品を書いた経験がなかったのだ。
母を誤魔化す為に書いた作品とも呼べない代物と、橋本さんと共同で書いたあの作品のみ。一人で最初から全部書く自信が持てなかった。
「全然、書ける気しないし……先輩たちに勝てるわけないよ」
「なんか、今回はお金取らないから、二次創作でもいいらしいよ」
「二次創作?」
本屋で売ってるピンピカピンの新刊しか読んだ事のない私には聞き慣れない言葉であった。
「蒼葉ちゃんとか高山先輩とかがやってる。他の人が描いた漫画のキャラクターとかを使って自分で物語を書くやつ」
「ああ、あのネットの小説サイトにアップしてるって言ってたやつか」
前に家で覗いてみたけど、読んでる分には楽しかったけど、自分でやるのにはどうも抵抗があった。
ただ橋本さんは「ちょっとやってみようかなぁ」と二次創作に興味があるようだった。橋本さんは自分のパソコンを持っているので、ネットの小説サイトのアカウントも作ったらしい。
方や、私は母のパソコンだ。アカウントなんぞ作ったら、母に心の中を全部盗聴されてるみたいで怖くてしょうがない。
かと言って自分でパソコンを買うお金はないし、みんなのネット小説をスマホで読むしかできない。スマホで執筆はどうも集中できなくてダメだったし。
なんか、色んな事でみんなから遅れをとっている気がする。
橋本さんと別れて、家に帰っても、何を書けばいいのだろう? とアナログ丸出しの真っ白なノートと睨めっこをする日々。
他の一年生の子は、小説サイトの公募に送ると言っていた。そんなものまであるのかと、ますます取り残された気分になった。
先輩からも「一年生はとりあえず作品を多く作る事に集中した方がいい」とアドバイスを貰い、ネットで頑張ってるみんなに遅れを取るわけにはいかないので、私は文集に正式に応募する事に決めた。
決めたら何か浮かぶと言う虫のいい話はなく。あいも変わらず、真っ白なノートとの睨めっこの日々だ。
あっという間に期末試験が終わり、夏休み一週間前になっていた。私と橋本さんは、一緒にため息を吐きながら帰る事が多くなった。
「なんか、小説読んでる時はさ、物語の続きとか簡単に想像できるのにね」
「サクラ、話の展開の予想、結構当たるもんね」
「なのに、いざ自分が書くと何にも浮かばないね」
「やっぱ、プロって凄いんだね」
「プロ以前に、先輩たちですら凄いよ。みんな、もう原稿にし始めてたよ。蒼葉ちゃんも短編をネットにいっぱい書いてたし」
はぁ〜。
見るのとやるのとは全然違うって言うのを人生で初めて、身に染みた。
この後、お母さんに頭を下げてクリスマスにパソコンを買ってもらう(私のお年玉も合わせての安いのだけど)と言う約束をなんとか取り付けた。
「さくら」
「ん?」
突然、橋本さんが立ち止まった。
「あれ四季さんじゃない?」
「え?」
顔を上げると、いつものベンチにアナタが座っていた。アナタもこっちに気付いたみたいだったけど、前までと違って、私たちを見るや立ち上がり、先に歩き出して行ってしまった。
「行っちゃった」
「サクラって四季さんの仲良いの?」
「仲、良いの、かなぁ?」
前は廊下で会う度に私に話しかけて来ていたのに、最近は何も言わず通り過ぎていくことも増えた。
文芸部に入れたのも、橋本さんと仲良くなれたのも、アナタのお陰だけど。友達だとも思えない、不思議な関係だった。
「マユちゃん、四季さんと同じ中学だったんだよね?」
「うーん。でも、あんまり話した事なかったからなぁ」
「そうなの? 四季さんに言われて、私とペア組んでくれたんじゃないの?」
「正直、あの時、急に話しかけられたからビックリしたんだよね。なんか、凄い必死そうだったし」
必死そう?
いつもニコニコしているアナタしか知らない私には想像できない表現に聞こえた。
「と言うか、四季さんって、元々、あんまり人と話すタイプじゃなかったから」
え?
「人見知りが激しくて、サクラに似てた気がするよ。それが高校入って急に活発になったから、私も驚いちゃったの」
「高校デビュー?」
「そう言う感じでも無いんだよなぁ。なんか前はビクビクしてて、あんな大人っぽくなかったから。でも、最近、なんか暗いよね、四季さん。よく一人で渡り廊下にいるの見かけるよ」
── サクラ、会いたいよ──
私と同じ名前の親友。会えない親友。
誰なんだろう?
アナタは彼女になぜ会えないんだろう? と、私は考えた。引っ越したならスマホで連絡できる。それもできない、でも、ベンチの落書きでは会話できる。
意味がわからん。
「私はサクラと四季さんって親友だと思ったんだけど」
「私、同じクラスなだけだよ」
「でも、ただのクラスメイトのために、あんな必死で頭下げに来ないと思ったんだけど……」
家に帰って机に向かってもやっぱり何にも浮かばなくて、だんだんとアナタのことを考えていた。
「何で、私のためにそこまでしてくれるんだろう?」
アナタのアドバイスで最初に書いた、あのお母さんにでっち上げた、嘘の原稿。思えば、アレがこの時の私の創作のピークだった。
「そう言えば……あの時のワクワク感ってなんだったんだろう?」
久しぶりにパソコンから、あの時書いたデータを引っ張り出して、また読んでみた。読んでるうちに体の内側から、あの時の興奮が蘇ってくるようだった。
あの時はお母さんに見せるために途中で辞めたけど……最後まで書いてみたい。あと先も考えず、勢いよく書き出すと、やっぱりあのワクワク感が体の中に流れ込んできた。
橋本さんが二次創作でも良いって言っていたのを思い出した。
何も考えずその勢いに任せ、私は夏休みの間に、あの時の物語の続きを書く事にした。
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