その5

 文芸部に入ったはいいけど。

 入部するのが遅かったのと、天性の人見知りのせいで、案の定、私は部活で浮いた存在になっていた。

 入部して二週間、もうゴールデンウイーク前だと言うのに、一人で席に座って読書をしているだけで部活が終わってしまう。


 それだけでも問題なのに、さらに私の人見知りを嘲笑うかの様な試練が発生してしまった。

 ゴールデンウイーク明けに部内で発表する作品を二人一組で作って来るようにと、先生から死刑宣告されたのだ。

「これはマズい」と先生に尋ねに行くと「二人組がダメなら、三人組でもいいわよ」と余計に高いハードルを設けられてしまった。


「もう、辞めようかな」


 帰り道を一人でトボトボと歩いていた。小説を書いてみたいと夢見ていたけど、小説どころか、いまだに一言も部室内で話せていない。ダメダメな自分にほとほと愛想が尽きた。


「あ、さくら!」


 元気なアナタの声に顔をあげた。

 気付いたら、初めてアナタを見かけたあの桜並木を歩いていた。意識していなかったけど、知らない間に桃色の花は葉桜に変わって、一介の街路樹に成り下がっていた。


 アナタは前と同じベンチに座って、こっちに手を振っていた。


「何落ち込んでるの?」


 アナタに本を泥だらけにされて忘れていた、この前のことを思い出した。あの時、アナタはベンチに何を書いてたんだろう?


「ああ……別に落ち込んでなんて……」

「もう突っ込むのもめんどいから」

 

 「とっとと話せ」とベンチのスペースを開けてくれた。

 この嘘の癖はどれだけ意識しても治らない。今でもセールストークの際は記者に悟られないよう細心の注意を払っている。


「文芸部、辞めようかなぁって」

「ぼっちだから?」

「ぼっちだから」


 この時は本当に情けない自分に落ち込んでいて、怒る気力すら無かった。


 アナタは私が言い返して来なかったのが物足りなかったのか、ただ「ふーん」と言うだけで、いつもの無駄に図星を突いてくる口撃を飛ばして来なかった。

 私は、構えていたのにパンチが飛んでこず、肩透かしを喰らった気分になった。そのせいで気まずい間がアナタとの間に生まれてしまった。


「ねぇ」


 思わず、私の方からアナタに質問してしまった。


「この前さ。このベンチの足に何してたの?」

「お、初めてだね。私に興味を持ってくれたの」

「アナタの奇行が怖いだけ」


 そう言うとアナタは「ひひひ」と何故か無邪気に笑った。


「メッセージを書いてたのよ」

「メッセージ?」

「桜の木って、みんな上しか見ないで足元とか全然見向きもされないじゃん。だから、このベンチは落書きには打ってつけなの。この世界で私しか見ない場所」

「誰に?」

「遠くに行っちゃった、私の親友に」

「遠くに行った人が、このベンチでわかるの?」

「まぁね」

「てか、親友なら、スマホとかでいいんじゃ」

「スマホとかも届かないところにいるから、彼女」


 その時のアナタの顔は珍しく真面目で寂しい声をしていた。意外な反応に私は虚を突かれてしまった。スマホは届かないのに、ベンチの足なら届くってどう言う意味なんだろう?


「本当に辞めちゃうの、部活?」

「……多分。やっぱり、私は一人で本を読んでる方が好きなんだと思う。どうせ、私なんか頑張ったって小説家になんかなれっこないし」

「そんな事、ないよ」

「あるのよ。文芸部の椅子に座ってるだけで、緊張してビクビクしてて、こんな私が小説なんか書けるわけ……」

「そんな事ないって!」


 突然、アナタに怒られて、私は顔を上げた。


 本気で怒った顔をしていた。


「アナタって自分の事、何にも知らないので」


 サクラではなく、いきなり『アナタ』と呼ばれ、少し寂しい気持ちになった。


「未来は、アナタなんかの思い通りにはならないの」

「どう言う事?」


 アナタはそれ以上は何も言わず、「じゃあ」と歩いて行ってしまった。薄暗かったけど、アナタが指で瞳を拭う姿が見えた。


 なんで泣いているんだろう?


 ますますアナタのことが分からなくなった。


 私はふと、ベンチの下を覗いてみることにした。

 日も傾いて薄暗い上に、自分の影が邪魔で、何が書いてあるのか全然見えない。ポケットからスマホを出して、ライトをつけてカメラで撮影してみた。


 その画像を見ると、本当に文章の様なものが書いてあった。


──サクラ こっちのサクラ 全然 小説書かないよ──


「さくら?」

 

 その下にも書いてある文字も拡大してみる。


──サクラ 会いたいよ──


 遠いところにいる親友。

 私と同じ名前。

 私はなぜか、胸騒ぎを感じた。


 そもそも、彼女はどこに行ってしまったんだろう?



 翌日。

 授業が終わり、文芸部へ行くのに気が重くて、なかなか席から立てず、ため息ばかり吐いていた。


「乙木サクラ、さん?」


 突然、知らない声が私の席にやって来て、ビクッと顔を上げた。


「あ、はい、そうですけど」

「こんにちわ。あの私、橋本マユって言います」

「あ、はぁ」


 いきなり現れた別のクラスの子に、私は戸惑った。一体、なんだろう?

 彼女の顔をよく見ると、どこかで見た事がある様な気がした。


「私も文芸部なんだけど、覚えてないかな?」


 そう言われ「あ!」と声が出た。橋本さんは同じ文芸部の一年生の子だった。


「あの、四季さんから聞いたんだけど」

「四季?」


 アナタの下の名前だと、橋本さんに教えてもらった。


「私も課題のメンバーで余ってて、今、三人でいるから、良かったら一緒にやらない?」

「え? 私と?」

「四季さんから、『乙木さんは凄く文章が上手い』って聞いたから、面白い作品ができるかもって思ったんだけど」

「四季さんが?」


 昨日の泣いて去って行く。アナタの後ろ姿を思い浮かべた。あのあと、私のために橋本さんにお願いしに行ってくれたのだ。


 今ではすごく感謝しているけど。この時は「なんで、そんな事してくれたんだろう?」と言う不思議に思う気持ちの方が強かった。


 それから橋本さんと二人で部室に行って作品の構想を色々と練った。

 話していて橋本さんと私は読んでいる本が凄く似ている事がわかって、それ以降は構想よりも、今まで読んだ本の話をするだけで、あっという間に部活は終わってしまった。


 帰る方向も同じだったので、帰り道もずっと本の話をして、あまりに楽しいから遠回りをして家に帰った。


 そして、ゴールデンウィーク明けの課題発表で私たちは一年生の中で一番になった。橋本さんはすごく喜んでいたけど、私はそれよりも本のことを話せる友達ができた事の方が嬉しかった。











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