23 お茶会の誘いは突然に

 アリスの目にした狩人認識表ギルドハンターカードは薄い銀の板が鎖に繋がっているもので首に掛けられるようになっていた。板は一人につき二枚あり、現場から離れる際、ウッドペッカーは亡くなった仲間達の首から銀板を一枚だけ外すと懐にしまった。ここに来る途中の料理店では彼女はある銘柄の酒を二種類頼み、各酒に取ってきた銀板を添えた。多分仲間達がそれぞれが好きだった酒の銘柄なのだろう。

 その光景を目にした店主達も減らない酒に文句は言わなかった。むしろ肴としてオレンジを添えた砂肝の唐揚げを無料で出してくれた。

 彼らに対する彼女達なりの見送りはあの時に終わっている。


 ちなみに、ウッドペッカー達に出会う前に遭遇した四人組についてもアリスは彼女に説明していた。四人組のことも報告したほうが良いかと訊ねたが、彼女曰くやめておけと止められた。アリス達がいた川向こうの森は狩猟区域と呼ばれる一定階位ランクの資格を持った狩人ハンター退魔師エクソシストでないと入ってはいけないらしい。アリス達はあくまでもウッドペッカーの一座の手伝いとしている。道中もウッドペッカー達と一緒にいた設定なので川向こうの状況を知っているのはおかしいと。

 狩猟区域は退魔師エクソシストが定期巡回するし、ドライアドの一件で退魔師エクソシストの動きは大きくなっているのできっと見付けてもらえるとウッドペッカーから諭され、アリスは四人組については口を噤み、見付けてもらえることを祈るだけにした。


「わたし達も確認したいことがあるので……別で動かせて頂きますわ」


 笑顔のウッドペッカーにアリスも余計な気遣いなどせず笑顔で答える。


「確認したいこと?」

「ええ」


 アリスは肩紐を直しながら頷いた。


「某が座長殿とご一緒するでござる。アリス殿、其方はお頼み申し上げる」

「お任せください。そちらでの確認は桃太郎お兄さまにお願いしますわ」


 肝心な部分の主語を抜いた二人の会話にウッドペッカーは少し考えるふうに一拍の間を作ったが「分かった」と承諾してくれた。自分は深く関わるべきではないと判断したのだろう。なにを確認するつもりなのかとは聞いてこない。

 

「ならば、個別番号だけ交換しておこうか。さっき発行された身元保証書に十桁の番号があるだろう?」


 アリスはポケットの中から、桃太郎は胸元から身元保証書を取り出した。長方形の天鵞絨ヴェルヴェット張りの薄い入れ物カードケース。二つ折りであるそれを開けば、右側の面にしまわれている厚紙に自身の名前と保証人名、滞在期間などが書かれている。その一番下に十桁の数字が記されていた。


「通話機から通話案内所コールセンターに相手の番号を言えば、放送してくれ……っと。丁度良い」


 ウッドペッカーが虚空を指差す。

 彼女の人差し指がさしたのは物ではなく音。聴いてと指で示す彼女に従って二人は耳を澄ました。

 街灯に似た一本脚で立っている機器。先端にはランプではなくラッパ型のホーンが付いているそこから機械的な音声が流れた。まず名前が呼ばれ、次いで通話が入っているとの知らせ。最後に最寄りの通話機か案内所の通話機にて相手の番号にかけるようにとの放送が流れた。


通話案内所コールセンターに連絡を取りたい相手の番号を言えば、こういうふうに通話案内所コールセンター側から放送をしてくれるから、コレを聞いたら適当な通話機に行って番号を言えば相手と繋げてくれのだよ」

「電話みたいなものですわね」

「電、話……? …………コレの一部には、確かに雷属性の魔鉱石ジェムが使われているらしいが……あー、ゴメン。ワタシも専門家じゃないから流石に通話機の細かい仕組みは分からないなあ。電話とは、部品かなにかかい?」

「すみませんお姉さま。お気になさらないで。こちらの話ですの」


 アリスは困ったように三つ編みを指でクルクルと弄るウッドペッカーに微笑んだ。


「さあ、番号を交換いたしましょう」


 そしてアリス達は互いの番号を身元保証書の概要欄に記入した。


 ● ● ●


 二人と別れたアリスは頭のリボンを花畑で遊ぶ蝶のように羽ばたかせながら気ままに歩いていた。そして目に付いた人に声を掛けては一枚の紙を見せる。訊ねることはただひとつ。

「読めますか?」と、アリスは手当たり次第に問い掛けていた。

 老若男女関係なしに十二人ほど声を掛けて、全員から同じ答えをもらったアリスはぼんやりと通路を歩いていた。

 人は多いが息苦しさや空気の濁りも感じない。都市に入った途端、森にいた時以上に気温が下がった感覚を覚え、実際に息が白くなって街中は厚着の人だらけだが支部内の温度は寒くもないし暑くもない。湿気などもなく、人為的に整えられているとすぐに分かった。

 ゴウンゴウン……と巨人のいびきに似た機械音がどこからともなく木霊する。ここではそれは当たり前のようで、誰も気にしない。


「…………」


 アリスは立ち並ぶ店の汚れひとつない磨かれた陳列窓ショーウェインドウにふと視線を流す。段々になったそこには緻密な細工の施された箱が丁寧に並び、中に宝石が飾られていた。形を整えたものではなく原石のように荒削りのままだが、上部から垂れ下がるシャンデリアを模した小さな照明器具に照らされてどれもこれも妖艶に笑っている。


「きれい」


 眼を奪う美しさとはこういうのを言うのだろうとアリスは硝子に顔を寄せた。値札が視界に入り、高額さに「まあ」と声を洩らしたあと眉を下げる。

 値段に悲しんだわけではない。


「数字も、読めてしまうのね……」


 怪訝にアリスは呟く。重い嘆息を吐き、顔を上げた。ゆっくりと足を動かし、睨むように値札を口の中で読み上げていき――――目があった。

 陳列窓ショーウェインドウの向こう側。丁度飾り付けられている商品と商品の隙間から覗けてしまった店内の、奥のカウンターの内側で寛ぐ老店主と目があってしまった。

 薄灰色の髪を後ろに撫で上げて銀縁の丸眼鏡を掛けた六十代くらいだろう男性。茶色いチェック柄のチョッキが似合う老人はアリスと目が合うと青空色の瞳を柔和に細めた。彼は手にしているティーカップを随分と年季が入った木製のカウンターに置き、席を立つ。カウンターの真後ろにある青い扉を開くと、開けっ放しにしたままそそくさとどこかに去って行き、すぐさま戻ってきた。

 店主の手には新しいティーカップが握られている。

 立ったまま彼はアリスを手招いた。ぱっとアリスは表情を明るくする。招かれたお茶会を断るような無粋なことをアリスはしない。

 アリスは小走りで色硝子の嵌められている店の扉に向かった。

 扉を開けば上部に設置されているベルが、ガロン……と太い音を空に転がす。温かな空気が綿菓子のように顔面にぶつかってきた。


「いらっしゃい」


 柔らかい声と知らない家のにおいに出迎えられる。

 室内には奇妙な香りが充満していた。それは少し埃っぽく、陽が落ちたあとの湿った夜のにおいに似た、雨上がりの土のにおいに似た、鼻腔に少し冷たく入り込む香り。けれども、どことなく懐かしさも感じる懐古的な香り。

 それが飾られている宝石達の香りだと気が付くのに時間は掛からなかった。


「ご機嫌よう」


 奥行きのある店内。壁には陳列棚が直に埋め込まれ、硝子戸で閉ざされた棚の内側では優雅な宝石達が展示されていた。店の中心には大きな硝子張りの飾り棚が置かれ、数多くの宝石達が規則正しく横たわっている。白雪姫よろしく硝子の中で眠る宝石達を刺激しないようアリスは静かな足取りで奥のカウンターまで近付いた。夜の水面を思い起こさせる深い紺色の絨毯がアリスの足音を飲み込んでいく。

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