20 理解とは新たな疑問の母である

 不思議の国でもお目にかからぬ奇異な鳥は情景の一部としてすぐに過ぎ去っていく。動きっぱなしの風景を視界になんとなく映しながらアリスは考えをまとめた。


「精霊は魔力エネルギーそのものであり、消滅すると凝縮されて硬質化。それは魔獣のコアとは比べ物にならないほどの高魔力エネルギーを持った魔核コアになる? だから、そんなものを子供が持っていたら狙われるということですか?」

「それだけじゃない。まず精霊は普通の人間には倒せないのだよ。魔力エネルギー体である精霊に物理接触できるのは、純度の高い良質な魔核コアを加工した魔蒸武器スチームギフトだけだ。ソレを所持できるのは教団の退魔師エクソシストだけ」

「お姉さまが雇っていた方々は狩人ハンターですわよね?」

「そう。彼らは狩猟資格を持った狩猟管理組合ギルドに登録した狩人ハンター。狩人や退魔師エクソシストの詳細も」

「存じ上げません」

「分かった。小鳥クン。そっちに地図があると思うんだ。君がいる右側に、座席の横に丸まった地図が突っ込んでないかい? 取ってもらいたい」


 ウッドペッカーの頼みを聞き、桃太郎がアリスの背後で動き出す。彼はすぐに地図を発見できたようでそれを手に運転席と助手席の間に身を乗り出してきた。


「此方でござるか?」

「それそれ。開いて良いよ。見ながらのほうが分かりやすいだろう」


 席の隙間で開くのは邪魔だと思ったらしい桃太郎がアリスへと顔を向け、すぐに意味を察したアリスは肩紐を上げてから地図に腕を伸ばした。受け取った地図を桃太郎にも見やすいように開く。紙は表と裏の両面に図が描かれていた。


「左上に活動領域図ホールマップと書かれているほうを見てもらえるかい?」


 ウッドペッカーの指示を受けてアリスは地図の左上を確認した。魔蒸都市案内図ポイントマップ三地刻版ナンバースリーと書かれていたので裏返す。今度こそ活動領域図ホールマップと記入されていた。


「外側が赤線で囲われている部分があるだろう?」


 アリスと桃太郎は地図に食い入り、二人で頷く。

 ウッドペッカーの言う通り、地図には赤線で囲まれた地区があった。地形の都合上凹凸は激しいが、それでも大体は円形に見える。正確に表すれば中心部にノアの死海と書かれた巨大な湖があり、湖のせいで円形というよりは辛うじて先端同士がくっついている三日月のよう。

 陸地の中心にありながら海と表記される部分にアリスは違和感と興味を抱いた。そういう総称なのか、それともこの世界では湖が海とされるのか。ちなみに海と書かれているのは中心のそこだけで、他には記されていない。

 赤線の外側にも視線を流したが、まず赤線の外側にはなにもない。

 言葉の通り赤線の外は白紙で禁忌領域ケイオスという文字のみが書いてあった。


「赤線で囲まれている部分が人間の把握している土地であり、教団が開拓できている部分だ。活動領域ホール内は教団と言われる治安維持組織によって守られている。で、教団に属する人が」

「退魔師でござるか」


 桃太郎が初めて興味深そうに割り込んでくる。治安維持組織と聞いて気になったのだろう。頷くウッドペッカーを一瞥すらせず桃太郎は地図に食い入った。


「教団は国家機関ですの?」

「国家? 随分と古い言葉を使うのだね小鳥チャン」

「この世界に国はないのですか?」

「第二次大洪水前はあったみたいだよ? ワタシも知識としてしか知らないけど……いまは国とは言わないな。赤線の内側に青線に囲まれた十二の都市があるだろう?」


 アリスは銀の目を落とす。

 言われた通り、赤線の内側には青線で囲まれた十二の都市があった。右上から一地刻いちじこく魔蒸稼働都市、二地刻にじこく魔蒸稼働都市、三地刻さんじこく魔蒸稼働都市、四地刻よんじこく五地刻ごじこく……と、各都市名が表示されていた。各都市は時計回りに頭にある数字が増えていっている。


「各魔蒸稼働都市は連携している。離れている都市もあるから独自に発展しているトコもあるけれど、どこも教団が管理をして統率は取れているよ。年に数回、集会も行われてるしね。第一次大洪水前みたいに言語がいくつもあったりするワケでもないし……あえて言うのならば、活動領域ホール内の全魔蒸稼働都市を合わせて一国と言うかもね」

「その国を統治しているのが教団でござるか?」

「ウン。各都市にある魔蒸機関スチームクロックを管理するのも教団でね。魔蒸機関スチームクロックを運用するための魔核コアは高純度でないと駄目だから、上位魔獣や精霊を討伐するのも教団の退魔師エクソシストのお仕事だ。命懸けの仕事だよ」

「故に退魔師方は特殊な武器の所持を許されているのでござるか」

「小鳥クンも小鳥チャンも話が早くて助かる」


 ウッドペッカーが大きくハンドルを切った。華奢な身体が左側に倒れる。山に入るのでやや揺れると注意された。気持ちが悪くなったら遠慮なく申し出てくれと言われ、アリスと桃太郎は首を縦に振る。が、アリスも桃太郎もこの程度で気持ちが悪くなるほどやわではない。なのでアリスは躊躇なく下を向いて地図を確認し、桃太郎も微妙な姿勢で助手席の後ろから地図を覗き込む。

 青線で覆われた魔蒸稼働都市の外側であり、赤線に囲まれた活動領域ホール内には他にも線引きによる区切りがった。

 狩猟区域と書かれた場所が至る所に存在し、必ず一緒に階位ランク階位ランク数が表記されていた。


狩人ハンターは、教団に所属しない方々のことなのですね」


 アリスがか細く独り言を呟いたとほぼ同時に身体が左側に引っ張られた。遠心力を感じ、今度は右に、また左、それが二回続いてから身体の軸が中心に戻った。

 大きくハンドルを操作していたウッドペッカーが「大丈夫?」と訊ねてくる。アリスは「ええ」と、桃太郎は「うむ」と、前を向いたままのウッドペッカーに声で頷いた。


「えーっと……どこまで」

狩人ハンターのお話ですわ」


 肩から落ちた肩紐を戻してアリスは言う。


「そうだった。ここまで話せば狩人ハンターの説明も簡単だ」


 ウッドペッカーが動かしっぱなしの唇を潤すかのように舐めた。


狩人ハンターは簡単に言えば個人事業だよ。意味は分かるかい?」

「ご自分で事業をなさっている方ですわよね。狩人ハンターは特定の資格を持った個人事業主で、魔獣を狩って生計を立てる方々ですか?」

「本当に説明が楽だ。大正解」


 ハンドルが回る。アリスの白い身体が斜めに倒れる。遠心力に弄ばれつつもアリスはウッドペッカーが語った内容と地図に描かれる文字を照らし合わせながら思考を整理した。

 狩猟資格を持ち、狩猟管理組合ギルドに登録した狩人ハンターには個々の実力に合った各階位ランクが与えられるのだろう。地図に書かれた階位ランクの数字はまさにそのままの意味であり、明確な区分だ。

 そして話の流れからして狩人は魔蒸武器スチームギフトを所持できない。つまり、狩人ハンターが対応できるのは自分の階位ランクに見合った魔獣のみ。となれば分け隔てられた地域ごとに魔獣の強さも変わるのだろう。実際に会話の中でウッドペッカーは上位魔獣という単語を出した。これは魔獣にも階位ランクがある証拠。


「…………」


 アリスは外を見る。空が近い。山の上のほうにきたようだ。

 ここはどこらへんなのだろうかと地図を見て、分からなかった。いまから向かうのは三地刻魔蒸稼働都市と言っていた。そこに繋がる大きな街道は地図にいくつか書かれている。変異迷宮ダンジョンの位置と川の位置を確認すればすぐに見つかるだろうが、正直アリスは現在地よりも別の違和感が気になってしまい仕方がなかった。


「桃太郎お兄さま」


 アリスの静かな声に桃太郎が反応した。地図に視線を落としたままそれを気配で察したアリスは、そっと地図の一部を適当に指差した。


「……読めますか?」


 囁くようなアリスの問いに桃太郎は沈黙し、息を飲んだ。ややあってから「……うむ」と、一言。低く返ってきたのは、疑念と緊張を含んだ肯定。

 出掛けた盛大な溜め息をアリスは口内でとどめ、肩だけを下げる。小さな肩の動きの合わせてフリルたっぷりの肩紐が落ちた。


「判明した分、疑問も増えていきますのね」


 アリスの呟きは、車体の振動音に掻き消された。

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