鍵のかけ忘れが招いた悲劇

椎名稿樹

鍵のかけ忘れが招いた悲劇


 心地よい季節。


 どうやら寝坊したようだ。


 女は、「あー、しまった」と言いながら飛び起き、慌てて化粧をした。


 そして、ワンピースに着替え、最後に赤い口紅を塗った。


 玄関先に置いてある姿見鏡は無視。アパートから飛び出すように仕事に向かった。


 しかし女は、通勤の道中、ふと鍵をかけ忘れたことが気になった。急いでいることもあり、鍵がかかっていることを願いつつ、足を急がせた。



          ※※※



 その一部始終をある男が道路脇から見ていた。


 空き巣である。


 男は、女が鍵をかけ忘れたことに気づいていたのだ。男は、その家の玄関から堂々と入り込む。


 男が入ると、一匹の犬が尻尾を振りながら近寄ってきた。犬好きであった男は、犬を撫でる。


 犬と戯れた後、金品を物色しようとタンスの引き出しを片っ端から開けた。


 すると、女性の下着が入った引き出しを見つけた。結構な枚数の下着が入っている。容姿端麗な美人だったので男は興奮した。


 ところが、その引き出しの隅に少しだけ男性用の下着があるのを見つけてしまった。


 恋人がいるのかと思い、男は少し落胆した。あれだけ美人なら仕方あるまい、男はそう思った。


 いろいろ探した挙句、目ぼしい金品を見つけることができなかった。


 男は、もう帰ろうと思い、玄関まで行くと、洗面所にある洗濯機が目に入った。


 中を覗くと、女性用の下着が結構入っており、その中からティーバックを見つけた。


 男は、ラッキーと思い、それを持って帰ることに決めた。


 さらに洗面台には青色とピンク色の歯ブラシが並んでいる。

 男は笑みを浮かべ、ピンク色の歯ブラシを手に取り、自分の歯を磨いた。


 金品はなかったが、男は何か得した気分になり、そのアパートを出た。

 


          ※※※



 朝、大慌てで出て行ったアパートの主である女は、鍵のことなどすっかり忘れ、のんびりと帰宅した。


 女が鍵を開けると鍵がかかった。そこで初めて女は、鍵をかけ忘れたことに気がついた。


 女は、緊張しながらドアを開け、念の為、部屋中を見て回ったが、人の入った形跡は見当たらず、愛犬も元気だったので安堵した。


 愛犬にドックフードを与え、自分はコンビニで買ったパスタを食べた。朝のドタバタ劇があったので、一層美味しく感じられた。


 食べ終わると化粧を取り、シャワーを浴びるために脱衣場に向かった。


 服と下着を脱ぎ、洗濯機にすべて投入。


 そして、カツラを取った。


 カツラを丁寧に定位置に置く。


 禿げ上がった頭がむき出しになり、パシッと一発、頭を叩いてから浴室に入る。それが日課だ。


 シャワーを終えると、男性用の下着を身に着けた。


 青色の歯ブラシを手に持って歯を磨く。


 自分の歯を磨き終わると、今度はピンク色の歯ブラシを手に取り、愛犬の歯を丁寧に磨いてあげた。


 禿頭の男は、寝坊しないようアラームをセットし、寝床に着いた。


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