一話 約束を忘れるような男はモテない

 八月も半ば。盆休みを利用して、東北の山間にある長閑で何も無い村に訪れた。

 都会の肌にまとわりつくような嫌になる暑さとは違う、爽やかな風が心地よく吹き抜け居心地のいい田舎の夏の暑さに、少しワクワクとした気持ちを覚える。

 古き良き日本の原風景、という言葉がしっくり来るその村を訪れるのは十何年ぶりだろうか、小学生の頃以来だ。

 残念ながら日に二本は往復していたバスや無人駅しかない鉄道は廃路線となり、止む無く電車で行けるところまで行き、途中からレンタカーを借りる羽目になった。


 ―約束だからね。


 記憶から抜け落ちたはずの約束。

 誰とした約束なのか、どんな約束たったのか、思い出すことはできないが、焦燥感と悲壮感と共に記憶の奥底から唐突に湧き上がってきた。

 昔、あのひと夏を過ごしたあの村でした約束、思い出さなければいけない。

 そんな不思議な義務感で、気付けば村を訪れていた。

 約束を思い出したい、知りたい、でもそれだけじゃない、まだ何か思い出し、知らなければいけない事がある気がするんだ。




 「案外、この頭も捨てたものでもないな…。」

 小さな頃の記憶なんてものは後付けや勘違いで真実とは違うものが多い。

 それでも記憶を手がかりにして車を走らせると一軒の古民家が見えてきた。

 それはかつてお世話になり、両親を除けば唯一知っている血縁である、叔父の家だ。

 今更だけど、何の連絡も無しに訪ねて大丈夫だろうか。

 そんな心配はすぐに杞憂に終わった。

「古民家旅館…?」

 叔父の家は普通の民家だった気がするのだけど、やはり記憶は当てにならないのか。

 仕方が無いので村を回ったら帰ろうかと思いつつ、とりあえず古民家旅館の前に車を停めて、外に出て一服つける。

 「お客様、喫煙は所定の場所でお願いしますっ」

 古民家旅館の二階の窓から少女が笑顔で手を振ってきた。

 ごめん、そう言ってたばこを消そうとした時、急に目眩に襲われ全身の感覚が失われてく。

 「お客様?!」

 ダメだ、意識が…。




『約束だよ、絶対―――ね!』

 女の子が必死に手を振って、応えるように男の子が手を振り返した。

 男の子が大人たちに促されてバスに乗った。

 これは、あの時の記憶だろうか。

 夢を見ているのか?

 バスの一番後ろの座席に座り、隣の大人が話しかける。そうだ、隣にいるのは叔父さんだ。

『前を向いていなさい、危ないよ』

 男の子は頷いて前に向き直す。

 夢は、そこで途絶えた。




 目覚めはスッキリしていた。

 起き上がって見渡すと、どこか懐かしい気がする和室に横たわっていた。

 「あ、お客様!目が覚めましたのねっ!」

 笑顔で覗き込む少女を見て、息を飲んだ。

 夢で見た女の子に、姿形があまりにも似すぎていた。

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夏かし、ゆめウツつ @shiz_non

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