闇鍋ガム

高橋柚子之助

闇鍋ガム

S君が大学一年生の時の話だ。

同じ学科のT君、J君と三人で一人暮らしのS君の部屋に集まり、「闇鍋」をしようということになった。


食材を三つずつ持ちより、お互いに内緒で隠し持っておく。

コンロに水をはった土鍋をのせ、だしの素だけを放り込み、火をつける。

電気を消し、それぞれの持ち寄った食材を土鍋に入れる。

やがてぐつぐつと煮える音がしはじめると、順番にお玉と菜箸を回し、闇の中で鍋から中身を取り皿に取っていく。一度取り皿に取ったものは必ず食べなければならないというルールだ。


三人が三人とも何かしらを取り、一斉に食べはじめる。

「ん?」

S君はすぐに口の中に違和感をおぼえた。何かゴムのようなものがある。

「これ、ガムじゃねえ?」「ガムだ」

他の二人も笑いながら言い、J君が電気をつけた。


土鍋の周囲に、オレンジガムの小箱が十個くらい散乱していた。駄菓子屋で20円ほどで売っている、パチンコ玉くらいの大きさの丸いガムがひと箱に五、六個入っているものだ。

「誰だよ、こんなの入れたの」

S君は笑いながら言ったが、直後にはっとして、スマホで日付を確認した。

血の気が引いた。


S君には小学生のころ、K君という親友がいた。田舎で育った二人は、いつも山や川で一緒に遊んでいたが、六年生のある日、S君は家の用事でK君と遊べなかった。

その日、K君は死んだ。

一人で川に魚をとりにいき、深みに落ちてしまったのである。

S君は嘆いたがどうにもならない。次の年からK君の命日にはお墓に、K君の好きだったオレンジガムを供えるようになった。

ところが、大学生として上京した今年は、K君のお墓参りに行けなかった。――いや、その闇鍋の日が、K君の命日だったことすら忘れていたのである。


S君はやりきれない気持ちになり、二人にK君の話をしようとした。そのとき、

「誰だよ、これっ!」

T君が怒鳴って立ち上がったのである。

「嫌いなんだよ、これ!」

訊くと、T君は小学生のころ、父親に虐待されていたのだという。裸でベランダに放り出されたり、バットで尻を叩かれたりしたことも一度ではない。そんな父親が好んだ虐待の一つに、T君の口にむりやりオレンジガムを詰め込み、飲み込ませるというものだったという。

T君が中学に上がるころ、両親は離婚し、昨年、父親が病院で死んだという報せを受けたらしい。

「ちょうど、一年くらい前の話だよ……」

T君は青ざめていた。


S君は、T君の話を聞きながらも、気はそぞろだった。というのも、T君の話の途中から、J君が体育座りのような態勢になってぼろぼろと泣いていたからだ。

「どうした、J?」

わけを聞くと、J君は話しはじめた。

J君が小学生のころから、J君のお母さんは難病で、入退院を繰り返していたという。闘病生活は続いたが、ついにJ君が六年生の頃、長期入院を余儀なくされた。

J君を含めた家族は、お母さんを家から病院へ送っていく車の中、もうお母さんは家に帰ってこられないだろうということをなんとなく悟っていて、重苦しい沈黙に沈んでいた。

そんな中、お母さんはJ君の名を呼んで、「強くなりなさい」と言った。

その日、家に帰ると、J君の机の上に、「強く生きなさい」と書かれたメモとともに、オレンジガムがあった。

お母さんは、一か月後に亡くなった。


「――昨日が、命日だったんだ」

J君は言った。


そのオレンジガムを三人のうちの誰が持ってきたのか、ついにわからなかった。

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闇鍋ガム 高橋柚子之助 @yuzunosuke

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