第6話 父の死

 いつの間にかアルティナの右手には木剣が握られていた。ローファンが倒れた時にくすねたものだ。右手を伝う懐かしい感触に気分が高揚する。

 一つ、深呼吸。


「気が進まないな。お前の顔に傷がつけば俺は、」


 アクティムの判断は早かった。

 戦いにおいて迷いは敗北に直結する。言葉を切ると、すぐに半歩後ろに下がる。アルティナが既にアクティムの懐に入っていたのだ。


 剣を右手に、


 居合のように横なぎの一閃。


 アクティムはそれを当然のように木剣で受ける。

 アルティナの剣は軽かった。しかしアクティムは微塵も油断はしていない。そもそもアクティムの懐に無造作に入れる人間などそうはいないのだ。

 現にアルティナは既にアクティムの視界には映っていない。剣を止められたと同時にすぐに死角に回り込み、低い姿勢から流れるように斬撃を繰り出す。

 おそらくこれも止められる。

 アルティナの確固たる予感に応えるように、アクティムは地に木剣を突き刺すようにしてアルティナの斬撃を止めてみせた。

 眉を顰めるアクティムの表情には決して余裕の色はない。

 しかし、アルティナが優勢かと言えばそれもまた違う。

 力で劣っているアルティナは剣を止められた場合一度剣を引くしかない。

 つまり剣を止められるという事はそれだけで悪手である。

 だからこそ、アルティナは決して深くは打ち込まない。止められる事を前提にした軽い斬撃。アクティムに常に不利な姿勢を強いることで反撃の機会を与えない。


 与えないはずだった。


 アクティムはアルティナが剣を引くと同時に剣を引く。

 不利な姿勢からほとんど同時に剣を引いた。不味いと思ったその瞬間、アルティナは後方に飛んだ。

 数瞬までアルティナがいた場所にアクティムの剣が空を切る。

いや、切らない。

 アクティムは完全に剣を振り切らないよう力づくで剣を止め、飛んだアルティナに合わせるように刺突を被せる。

 後方に飛び、地に足をつけていないアルティナは身動きが取れない。


 間違いなくこの突きで決まる。


 さしものアクティムもそう思った。


 そう思ったからこそ、アクティムは信じられないというように目を見開いた。


 アクティムの突きをアルティナは剣のわき腹で受け止めてみせたのだ。

 止めてみせたのだが、アクティムの突きの勢いも相まってそのままアルティナは遥か後方に吹っ飛ばされてしまう。


「ああああああああああああああああ!」

 

 サルヴィンのつんめくような悲鳴。

 しかしアルティナは倒れることなくそのまま後方に一回転して勢いを殺し、綺麗に地面に着地する。アルティナは臆さない。着地の勢いを足の裏に流し、全力の飛び込みを、


「止まれ!」


 止まる。

 膝を曲げた形で固まるアルティナ。

アクティムは射るような目つきでアルティナを睨みつけ、


「アルティナ…………まだ戦えるのか?」

「はい!」

「まだ余力があるんだな?」


 アルティナは少し考える素振りを見せてから、


「多少は」

「あるんだな?」

「……はい」

「なら、もうやめておこう」


 アクティムはそう言って木剣を地面に放った。

 当然アルティナは困惑してしまう。


「な、何故ですか!」

「これ以上撃ち合えば俺の歯止めがきかなくなる」


 アクティムはそう答えるとアルティナの手をおもむろに掴み、


「華奢で、細い腕だ」

「え、いや、」

 

 アルティナがサルヴィンの方へ眼を向ける。

 サルヴィンは死んでいた。


「し、死んでる……」

「気絶してるだけだ。俺の突きがお前を捕えたと思ったのだろう」


 確かによく見れば地に横たわるサルヴィンの腹が小さく動いていた。


「お前が剣を握ったところなど見たことが無かったが……隠れて鍛錬をしていたのか?」

「はい、少し」

「少し……か」

 アクティムはアルティナの右手から手を放すと、くるりと踵を返す。


「…………俺が父親ならお前に魔術の一切を捨てさせ、ついでにその女装もやめさせて剣に専念させていただろうな」







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