第7話 家族との別れ

 特に何かが変わった訳ではない。

 相も変わらずアルティナは女の子の恰好をしているし、相も変わらずサルヴィンは娘(♂)に発情をかましている。ローファンはケツの穴の小ささに自信があるといわんばかりにケチだし、愛犬のジョンは腰の動きが最近やけに激しい。アクティムと剣を交えたのもあの日が最後であり、向こうからアルティナを鍛錬に誘うような事もなかった。本心はどうあれ、あくまで父の指導方針に従うつもりなのだろう。苦労しているんだろうなとアルティナは思う。


「しかし美しくなったものだ……」


 すっかり女装姿も板についてきたアルティナを見て、アクティムが感歎の息を漏らす。


「一緒に暮らしていて、時折男なのか女なのか本気でわからなくなる時がある……」

「いや……男ですよ。知ってますでしょう」

 

 アルティナはあっけらかんとそう言ってのけるが、アクティムは小さく首を振り、


「いや、しかし、なんというか……これは間違いが起こる可能性もあるぞ」

「……何の間違いですか?」

「お前が一人で街を歩けば、事情を知らない男を魅了してしまう可能性がある」


 アルティナは肩を落とし、


「まぁ……声を掛けられた事は何度かありますね」


 思い出す。

 あれは数か月前。砂糖が切れたので市場に買い出しに出かけた時の事である。

 砂糖の値段を調べていると、少し派手な服を着た若い男にそっと手を添えられ、


「君とは初めて会った気がしない」


 また違う日には、


「今日を君との記念日にしたい」


 しまいには、


「産め! パパの子を!」


 最後のはサルヴィンだが、兎にも角にもアルティナはモテた。見た目的な美しさもさることながら、気取ろうとしないその仕草に心打たれる男は多く、それでいて成り上がりの一族とはいえ貴族の令嬢である。


 男達の目には、たいそうな優良物件に映った事だろう。


 男だけど。


 そんなこんなで何処にお嫁に出しても恥ずかしい事故物件であるアルティナだが、ベラディノッテ女学院への入学の日を無事迎え、さしものアルティナも少しばかり緊張していた。


 アルティナには二つの懸念があった。

 まず一つが、自分が男だという事。

 もう一つが、自分には友人らしい友人がいないという事。


 前者はもういい。

 諦めた。

 それに育ててもらった恩もある。家の名前を背負っている以上、それに恥じないふるまいくらいはしておいてやろう。

 だが後者は問題である。

 貴族社会というのは繋がりが重要だ。身もふたもない話だが、顔が広ければ広いほどでかい面ができるし、強い後ろ盾があれば商談等でも優位に事を進める事が出来る。

 つまり、どういうことかというと、ぼっちというのは相当不味い。

 ベラディノッテ女学院は全寮制である。


 集団生活ともなると、それなりの人脈というのは必要な訳で、

 一人で生きていくのは少しばかり寂しい訳で、


「アルティナよ、父は信じているぞ! お前なら間違いなく金のミスティカになれる! 好きだ!」


 別れ際に父に手をぎゅっと握られた。


 父の手は汗ばんでいた。


 金のミスティカとは、その年を一番の成績で収めた者に送られる称号である。二番は銀のミスティカで、三番は銅のミスティカ。入学してから一年目でミスティカ授与の対象となり、各学年に三人はミスティカの称号を持つ者がいる事になる。

 評価基準は五の科目からなる総合点。

 一通り目は通したが……まぁなるようになれという感じである。

 

 学院は人里離れた山の中にある。


 脱走をもくろむ不遜な輩への対策、というのもある。実際家族恋しさに学院を抜け出す子は毎年のようにいるし、その度に巡回中の衛兵に取り押さえられて学院に強制送還を決められるのだ。

 もう一つは、外界からの接触を断つ為である。

 国中の令嬢を預かる学院だ。

 不届きな輩に目を付けられることもある。

 その目くらましの意味も込めての山中であり、警護している人間の数も百、二百では効かない程だ。

 親が面会に訪れたとしても何重にも取り調べを行い、日を跨いでの言質を取り問題なしとの判断が下されてようやくの顔合わせとなる。

 

 さて、山道を抜けたところで父とは別れ、少し歩くと大きな門が姿を現した。

 アルティナは顔をあげる。

 自分の背丈の十倍はあろうかという鉄製の巨大な門。

 壊そうと思えば壊せるだろうが、自分は戦争をしかけに来た訳ではない。門の前に佇む皮の鎧を着た衛兵に声をかける。


「本年度より、入学を許されております、アルティナ・レイフォールドです」


 アルティナがぺこりと頭お下げる。

 衛兵は静かに、

 

「推薦状を提出していただけますかな?」

「こちらになります」


 封に閉じられた青い筒を差し出す。

 衛兵は封を切ると中から紙を取り出し、難しい顔で隅々まで目を通した後、


「確かに」


 推薦状を返される。衛兵が横にずれると大きな鉄製の門がゴゴゴと地響きのような音を立てて開いていく。


「中に入りましたら係の者の指示に従ってください」


 アルティナは小さく頷いた。

 中は森の延長みたいな感じだった。しかし森と違ってちゃんと道が舗装されており、並木道の奥には大きな建物が見える。

 あれが学院なのだろう。

 アルティナが門をくぐると、門は再び地響きのような音を立てて閉じてしまう。

 もう後戻りはできない、

 

 

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