第2話 かけがえのない家族

 かつて世界には四人の英雄がいた。

 黄昏の大魔導士アイルフィールド、二代目天剣フォル、精霊王ピルグリム、

 そして、

 白龍の使徒レヴァンテ。


 もちろん四人が英雄と呼ばれるのには理由がある。


 時は今から百年ほど前まで遡る。四人は魔王と呼ばれる存在と戦い、熾烈な戦いの末に打ち倒した。その戦いの被害は相当なもので、四人が魔王と戦った大陸は地形そのものが変わり、今でも魔王が残した呪いの瘴気が残っている為。立ち入りを制限されている程である。

 レヴァンテは魔王討伐の一番の立役者とされている。

 それもそのはず、レヴァンテは自らの命と引き換えに魔王を封印したのだ。


 結果、レヴァンテは死んだ。


 結果、レヴァンテは転生した。


 そう、転生した。


 多分、

 何か、

 あったのだろう。

 転生する理由やら何やらが。

 しかし魔王は倒したし、世界中のココアだっておそらく制覇した。未練らしい未練はないはずだ。ならば何故自分は転生したのか。理由は解らない。理屈も知らない。輪廻とか言い出したらもうキリがない。とりあえず、兎にも角にも転生してしまったのだ。

 そして転生したら女装させられた。

 もう訳がわからない。


 かつてはその名を世界中に轟かせた程の男である。そんな男がアルティナなどと女みたいな名を付けられ、毎日女ものの服を着せられ、挙句女学院への入学。

 いっそ殺してくれ。

 レヴァンテがそう思った回数は一度や二度ではない。


 順を追ってみよう。


 実を言えば生まれたその頃にはすでに物心と呼べる意識はあった。

 前世とも言えるレヴァンテの記憶は丸々引き継ぎ、なのに幼い身体は思うように動かせない。もどかしさはあったが、飼い犬のジョンの鼻っ面をぺしぺしすることでそのストレスも幾分かは発散することができた。

 ちなみに母は若かった。

 後から知った話だが、自分が生まれた時の父は三十六歳で母は十八歳だった。


 十八歳だった。


 十八歳、


 そりゃおっぱいも吸う。


 ちゅうううううううううううううううううううううう!


 がぶ飲みだ。


 こちとら魔王を討伐した英雄様だ。そのくらいいいだろう。第一相手は母親だ。何もやましいことなどない。本当だ。おっぱいを吸うのは赤ちゃんとしての責務であり、仕事の一環であり、長きにわたり引き継がれてきた人類の自然の育みだ。


 ちょっと乳首大きいね、なんて間違っても思ってない。


 レヴァンテ、いやアルティナは半ばやけになっていた。

 どうして自分はこんなことをしているのか。魔王と戦った仲間達はその後どうなったのか。妻は。子は。いやこのさい魔王でもいい。復活して説明してくれ。ここは何処で何時で何でどうして如何なる理由で自分はこんな赤ちゃんプレイに身を投じて、


「はい、おっぱいでちゅよ~」


 がぶ飲みだ。


 とりあえず赤ちゃんとしての任務は果たさなければならない。

考えるのはそれからでもいいだろう。


 そうこうしているうちにアルティナは三歳になった。

 この頃には自分の足で立てていたし、やろうと思えば片手で逆立ちしながら屈伸運動だってできた。肉体の強さもそれなりに引き継いでいるのかもしれない。

 そして何より、ココアを飲めるようになったのが嬉しかった。

 前世の頃からココアはよく飲んでいた。

 中毒だったと言ってもいい。

 それほどまでに毎日のように飲んでいたし、妻との喧嘩で家中のココアを隠された時には魔王に変わって世界を亡ぼさんとするくらいぶちキレたものだ。

 だからココアをもう一度飲むことができて、アルティナはもう少しこの世界で頑張って見ようという気になった。

 気になったところで女装させられた。


 アルティナの心は木っ端みじんに砕けた。


 五歳になった。

 この頃にはもう他の兄弟と同じように普通に暮らしていた。朝起きて飯食って勉強して偉そうなおっさん達に挨拶をして回って帰ってクソして寝る。

 生活は順調だった。


 自分が女の子の恰好をしている事以外は。


 相変わらず父の事は好きだし、おっぱいも、いや母も愛している。


 だが、日に日に父の自分を見る目が女を見る目のソレになっていくのはなかなかの恐怖だった。魔王と立ち会った時ですら味わう事の出来なかった絶望感。アルティナは外で剣の稽古に励む兄達を見るたびに思う。自分もあっちに混ざりたい。ダンスの練習なんてしたくもないし、このままお花の飾りつけを続けていれば何時か自分の心は枯れてしまうだろう。


「アルティナ、お前生意気だぞ!」


 ある日、三男のローファンに因縁をつけられた。

 正直、アルティナの心は躍った。

 この際、兄弟喧嘩でもなんでもよかった。

 身体を動かしたかった。

 男同士の取っ組み合いを心の底から望んでいた。しかし本気でやると殺してしまいかねないのでアルティナは手の使用を自ら禁じた。これでもまず負けないだろうが、苦戦を演じてでも身体を動かす切欠にさえなればもう何でもよかった。

 しかし、それも意図せぬ乱入者の登場により徒労に終わってしまう。


「ろぉおおおおおふぁああああん!!!!!! 貴様ぁああああ、何ぃをおおおやっているんだぁああああああああ!!!!!」


 父だった。

 前世で白龍の使徒と呼ばれていたアルティナですら少し引いてしまうほど、父は殺気に満ち溢れていた。鬼気迫る表情でローファンの頬を物凄い勢いでビンタし、縄でぐるぐる巻きにして地下室に放り込んだ。


 それを見てアルティナは思った。


 ああ、父は本気で自分を女学院などという冥界にぶち込む気なのだろうな、と。

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