開闢のおちんちん~女装男子が女学園で体験したことの全て~

みかん畑

第1話 偉大なる父

「おちんちんが生えてる!」


 生まれた我が子を見ていの一番にそうほざいたのは父だった。

 母は青ざめ、立ち会った産婆は今朝方キメた風邪薬でも効いてきたのか身体を震わせるばかり。かくして望まれない性を受けてこの世界に産み落とされたその子はアルティナと名付けられた。


 女みたいな名前だった。


 心の底から女子を望んでいた両親の、せめてもの抵抗だったのかもしれない。


 しかし幸か不幸かアルティナは性別という一点を除けば優秀な子だった。

 一歳になるころには簡単な言葉を喋るようになり、ハイハイ勝負で飼い犬のジョンを周回遅れにするくらいの力を見せつけた。お前弱いなと言わんばかりにジョンの鼻っ面をぺしぺし叩き、勝利の美酒だとばかりに母親のおっぱいに吸い付くその残虐非道なふるまいはかつてのレイフォールド家を戦慄させる程だった。


 アルティナ・レイフォールド。


 レイフォールド子爵家は最近成りあがった一族であり、三人の兄弟は全員が揃いも揃っておちんちん、いや男だった。

 そして次こそはと一族の期待を背負って生まれたアルティナにはやっぱりおちんちんがついていた。錯乱した父におちんちんを切り落とされそうになりながらも無事一歳の誕生日を迎え、ジョンを下僕に従え、立派にすくすくと成長してみせた。


 性別以外は。


 レイフォールド家が女子を望んで止まないのにはもちろん理由がある。


 昨今、ルードバウム国で一つの大きな学院が設立された。

 その学院は男子禁制であり、女の園であり、貴族達が互いの娘を自慢するべく金とコネをふんだんに使い入学させるお嬢様学院であった。


 箔をつける、という意味でこれ以上の場所はなく、

 社交界において、顔を売る為にはどうしても避けては通れない場所だったのだ。


 だがレイフォールド家にはおちんちんを生やした野郎が三匹。


 次こそはと昼夜場所道具を問わず頑張った父とそれに付き合わされた母の苦悩は計り知れなかった。


 そんな両親の事情を知ってか知らずか、三歳になったアルティナは見事なバク転を決めるまでに成長した。

 成長し過ぎていた。

 明らかに異常だった。言葉だって三歳児としてはおかしいくらい流暢だし、ミルクはもう卒業とばかりにココアに手を出し始めたのも絶対におかしい。


「パパ、ココアの味比べしたいから国中のココアを取り寄せてよ」


 おかしい。

 少なくとも他の三人の兄弟が三歳だった頃はまだココアのコの字も知らない純粋無垢な子供だった。絶対におかしい。父はアルティナに悪魔でも憑いているのではと疑い始め、母がアルティナに買ってきた服を着せた時、その疑心は確信へと変わった。


 女の子の服。


 可愛かった。


 天使だった。


 疑心は確信へと変わる。

 この子には天使が憑いている。

 父は妄信する。この子は天使の生まれ変わりだ。そう考えればアルティナが他の子に比べ特別優秀なのも当然の事のように思えた。おちんちんがついていてもいいじゃないか。だってこんなに可愛いんだ。絶対に可愛い。そこいらの女の子よりもよっぽど可愛い。でもおちんちんがついてる。関係ない。何も問題ない。可愛い。ちんちん。うるさい、ちんちんも可愛い。


 それからというもの、不幸か大不幸か、アルティナはレイフォールド家において女として扱われるようになった。


 実際、アルティナの見た目は悪くない。男としては柔らかい髪質、華奢な身体、中性的な顔立ち、そして極めつけはエメラルドグリーンの宝石のような瞳。

 レイフォールド家最大の自慢である瞳の色を、アルティナは他の誰よりも色濃く受け継いでいた。

 

 この子を学院に入れよう。


 五歳になり、何処からどう見ても立派な女の子に成長、もとい魔改造されてしまったアルティナを見て父はとうとう狂ってしまった。

 流石に無茶だと縋る母を尻目に、父はアルティナに財のほとんどをつぎ込んだ。

いつしか目的はすり替わっていた。

 自身の家の名を社交界に広める為ではなく、娘の美しさを世に広める為に学院に送り込む。

 そもそも娘ではないので前提からしておかしいのだが、とにかく父は本気だった。本気でアルティナを学院に入学させる為にあの手この手を使った。


 まず日常生活においてアルティナを完全に女として扱った。

 外に連れ出すときも必ず女の子の恰好をさせ、他人に紹介するときも「自慢の娘です」と顔色一つ変えずに嘘を吐く。いや、嘘とすら思っていなかったのかもしれない。それ程までに、父はアルティナを女として扱っていた。


「アルティナ、お前生意気だぞ!」


 兄弟の一人がアルティナに突っかかる。

 三男のローファンだ。歳は六歳とアルティナに最も近く、レイフォールド家において最もアルティナと比べられた男である。


 そんなローファンを父は八十五回ビンタした。


 大泣きするローファンをよそに、けろっとしているアルティナの頭をよしよしと撫でる父はレイフォールド家内においても異様に映ったことだろう。 


 そして時は流れ、アルティナは花も恥じらう十二歳の乙女(♂)となり、学院への入学を認められる年齢にまで成長した。


 ベラディノッテ女学院は十二歳から十八歳までを対象とした全寮制の学院である。十二歳から十五歳まではトゥリパーノという小等部扱いの分棟で管理され、十六歳を過ぎれば晴れてガロファーノと呼ばれる本棟への入校を許される。


 もちろんその頃には完全に父は頭のおかしい人になっていた。


 アルティナを学院に捻じ込むにあたり、万が一の事を考えて父が熱心に取り組んでいたのが世界中の全ての女性におちんちんを生やしてしまう魔術の開発である。


 もちろんこのイカれた目論見は無事失敗に終わり、あやうくふたなりの教祖となりかけた父だが、彼は一度や二度の失敗でめげる変態ではなかった。

 アルティナが安全に学院生活を送れるために必要なものは何か。

 他の女の子とは決定的に違う個性にコンプレックスを抱いたりはしないだろうか。

 そもそも学院はアルティナを受け入れてくれるのだろうか。

 いや受け入れさせる。そのための根回しは年単位で行ってきた。今更入学を拒否されようものならこちらとて戦う覚悟はできている。


 そんな父を母は冷ややかな目で見ていたし、後継ぎである長男のアクティムは常に気が気でなかった。


 何せ自分の家から変態を学院に送り込もうとしているのだ。もしアルティナが男だとバレればレイフォールド家は一家仲良く豚箱の中である。

 だが喚き散らせば父の怒りを買い、最悪家を継がせてもらえなくなる可能性すらある。

 だから何も言わない。

 言えない。


 そして、無情にも約束の日は訪れてしまう。

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