第6話 エリート会社員と医師
春に会いに行く2日前、幸太は未来の病室にいた。椅子に座っている幸太の横では、静かな寝息をたてながら未来が寝ている。
「では佐久間さん、詳しく聞かせてもらえますか」
『僕、会いに行ってきていいですか』
その言葉について、医師は大分悩んでいた。今の世間的に、警察が動いてくれる可能性は低い。全国的にも、法に反していると分かっていながら、捨て子を何も言わずに拾って育てている人もいる有様だ。当人達は単純な良心でやっている者もいれば、そうでない者もいるだろう。急激に増えた子供と、増税の賜物である。
そんな中、幸太のような人間は珍しかった。他人と分かっていながら、しっかりと考えた上で子供のためにこんなにも行動している若者など、そうそういるものではないだろう。
「えっと、ネットで調べただけなんですけど、独身でも一応養子ってもらえますよね?もうここまで来たら、未来ちゃんを放ってはおけなくて」
「今、世界の動きに便乗して、日本の法律も変わってきています。養子についても変わっています。細かなことはありますが、このようなケースで養子をもらうことは可能です。ですが、佐久間さんは独身でまだ若く、男性という事もあり、少々難しいというのが、私の率直な意見です」
医師は未来と幸太を交互に見ながら、丁寧な口調で話した。医師は、幸太が独り身の若い男性である事を危惧している様だったが、それについて幸太は迷う事なく答えた。
「男とか、若いとか、そんなのは気にしてないです。俺はただ、この子の母親に一回会って、まだ愛情があるかどうかを確かめたいんです。その母親の返事次第で、考えは変えるつもりですが、一度子供を捨てている人を、また信用できるとは思いません」
「それに...」と、幸太は続けて話した。
「俺は、未来ちゃんみたいな子を見過ごすなんて絶対にしちゃいけない人間ですので」
悲しいような、寂しいような、少しだけ怒ったような表情の幸太に、医師はある風景を思い出した。そして、「ならば」と切り出した。
「自分で、あの子の親を説得してきてください。未成年の子供を養子に取る場合、親がいるなら了承がいるので」
「分かりました」と言って、幸太は席を立った。
「ありがとうございます」
そう言い残して、幸太は部屋を出て行った。
結局、未来を連れてきてから今まで、幸太は1度も笑うことは無かった。
「佐久間...幸太君か...」
医師は胸ポケットに入っているハンカチを取り出して、目に当てた。
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