第5話 エリート会社員、会う
アパートの玄関で出迎えたのは、二十代くらいの顔の整った女性だった。しかし、その顔は少しやつれており、あまり生気を感じない。
「あの、
「ええ、そうですけど...。どちら様ですか?」
その声は弱々しく、小さかった。
「皆川未来ちゃんの事で、お話があります」
その名前を出した瞬間、彼女は顔を引きつらせた。明らかに動揺している様子が見て取れる。
「あの...えっと...ここはちょっと...」
「近くの喫茶店でも行きましょうか」
しばらくした後、2人は近くの喫茶店に入った。入り口から離れた角の席に座り、幸太はブラックのコーヒーを、春はカプチーノをそれぞれ注文した。2人の飲み物が届いてから、幸太は早速本題に入った。
「単刀直入に言わせていただきます。未来ちゃんを、僕の養子として引き取らせてもらえないでしょうか」
「えっと...未来の事をどこで...」
幸太は未来と出会った経緯を話した。
「そんな...まだ橋の下に...」
「未来ちゃんは、ずっとあなたを待っていました。迎えに来ない事を知っていながら」
春は、しばらくの沈黙の後、重い口を開いた。
「あの子は、とても頭の良い子でした。もっと小さい頃から些細な事にも気づいていました。ですので、この事も知っているかもしれないとは思っていました」
「未来ちゃんと離れなければならない何かがあったんですね?」
核心をつかれたのか、少し驚いた表情で、春は幸太を見た。
「私達親子は、未来が3歳の時に夫を交通事故で失いました。苦しい生活ながらも、私は頑張ってあの子を育てきろうと思い、仕事を始めました。夫が亡くなって1年ほど経った頃、ある男性と出会い、交際を申し込まれました。私はまだ心に余裕がなく、その時は断りましたが、何回も真剣に交際を申し込むその人にだんだん惹かれ、出会ってから半年ほどで交際を始め、同居しました」
目に見えて、話のトーンが下がっていくのが分かる。そこで幸太は確信した。
「その方は、未来ちゃんの事をどう思っていたんですか?」
「...同居し始めてから知ったんですが、その人は全国でも有数の財閥の子供で、お金に困ることはありませんでした。ですが、向こう側の親が、何処の馬の骨とも知らない男との間にできた子供など認めないと言い始めました。最初こそ反対していましたが、ほぼ押し切られる形で...」
そこで、春の話は途切れ、静かな沈黙の時間が流れた。先に口を開いたのは幸太だった。
「...だからって、あなたが愛した子供を捨てて良い理由にはならないでしょう」
「...でも、あの人がいなかったら、そこまで生きることさえ出来なかったんです!未来には悪い事をしたと思っています...ですが、私の心も長くは持たなくて...」
またしても沈黙が流れた。しばらくしてから、
「ごめんなさい...」
春が小さく呟いた。
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