第30話座る位置

エレベーターに乗って向かったのは最上階の五階。

そしてエレベーターを降り、神谷が部屋の鍵を開けて中に入る。


「はい、入っていいよ」


そう言われても素直に入りたいわけでもないので何か抵抗したいと考えるが特に何も思いつかない。

まぁこの場を離れるってのが思いついてはいたんだけど、その選択肢は俺にはないわけで素直に中に入ることにした。


「あれ? 中に入ったらまず言うことは?」


ああ、礼儀としては言わなきゃダメか。

別に俺がお邪魔したいわけじゃないんだけど、なんか実は期待してたみたいに誤解されそうで嫌だったんだよな。

まぁ言うんだけどね。


「……お邪魔します」

「ただいまでいいのに」


それはおかしい。絶対にない。

多分百人に聞いても百人がただいまはおかしいって言うぞ。

ここはお前の家であって俺の家ではないからな。

ここに帰ってきたいとは思わんからな。


そんなふざけたこと言った神谷は一人先に進んでいく。

ちょ、置いてかないで。

人の家だから勝手にウロウロできんわけでついてくしかないのに置いてかれると非常に困る。

無駄に部屋あるんだから俺置いていかれたらどうしたらいいかわかんないよ。


神谷についていくとリビングに辿り着いた。

キッチンにダイニングテーブルとソファがあり、結構広々としている。

リビングに着くまでにも部屋が二つ三つあった。

これほんとに一人で住んでんの?

こういうのって二人以上で住むもんじゃないの?


少し格の差を見せつけられたような気にもなるが、別に気にしない。

あちらはお仕事してる、こちらは何もしておらず稼いでない。

そりゃ差が出て当たり前だ。

ただの高校生がそんなことを気に病む必要はない。


で? リビングに連れてこられたけど、このダイニングテーブルで勉強すんの?

神谷は勉強道具は?


「相馬くん、朝ごはん食べてきた? 食べてないなら作るけど」

「いや、食べてるけど」


え、なに。神谷まだ食べてないの?

それなら食べてから呼びに来てください。

そしたらもっとゆっくりできたのに。


「そっか、じゃあ向こうの部屋行こっか」

「あれ、お前食べなくていいの?」


一応聞いといてやろう。

後で文句言われても困るし何なら少しというかかなり一人の時間が欲しい。

食べてる間一人で適当に時間つぶしてますよ。


「もう食べてるから大丈夫。ほら、勉強しよ」


え、食べてんの?

じゃあさっきまでのなんだったわけ?

ついでに作ってあげるよって感じだったんだけど。

あれ、気のせい?


まぁ神谷が真面目に勉強するって言ってるんだ。

無駄なことを気にせずさっさと教えてさっさと帰ろう。


連れられた部屋にはローテーブルが置かれており、他には特に何もなかった。

なんだ、この部屋?

もっと色々置いてるもんかと思ってたけど別にそんなことないんだな。

にしてもこれだと部屋の無駄遣いだろ。

もう少し間取り考えてから選んだ方がいいぞ。

一部屋減るだけでも家賃意外と安くなるからな。


そんなことを俺が気にしたって仕方ない。

なんでこんな無駄なことばっか考えるんだろうな。

勉強教えに来ただけなんだけど。

それもこれも神谷がこの部屋に住んでんのが悪い。

とっととどっか引っ越せ。

俺から離れろ。


「ほらはやく座って」

「そう言うお前はなんで座ってねえの?」

「そんなの相馬くんの後じゃないと隣に座れないと思ったからに決まってるじゃん」


あー、まぁそうだな。

俺が後に座るなら絶対神谷の前に座るな。

いや、別に神谷の顔が見やすいところとかじゃないからな。

なんかで合コンとかで正面に座るのが一番ダメって見たからなんだよ。

あれ? 隣だっけ?

あー、ちゃんと調べときゃよかった。


で? これどうすんの?

お互いに後から座ろうとしてんだけど。


「勉強教えるんだから隣の方がいいでしょ」


え、そういうもん?

個別に教えるときって隣がいいの?

家庭教師とかってそうやってんの?


でも俺は隣なんて、もううんざりなんだよ。

どれだけ隣でいたと思ってるんだ。


そんなわけで俺は隣に座らないためにある行動を起こすことにした。

ローテーブルに近づくと神谷も一緒に近づいてくる。

なので俺は荷物を入れ持ってきていた鞄を足元に置く。

それを見た神谷はそこに座ると思ったのだろう、そのまま隣に腰を下ろす。

けれどまだ立っている俺はそのまま向かい側へと歩いていく。


「え、ちょっとなんでそっち行くの?」


神谷が不満の声を漏らすが知ったことではない。

お前が勝手に先に座ったんだろ。


さてとなんかムッと口を尖らせてる神谷のことは放っておいて勉強でもするかな。

ん? あれ、鞄がない。

そうだ、神谷の正面に座るために向こうに鞄置いたんだった。

取り戻そうと見るとちゃっかり神谷が俺の鞄を抱くようにして持っている。


「……おい、それ返せ」

「返せってなんのことかな?」

「俺の鞄返せって言ってんだよ」

「これはここにあったから私のですー」


そう言い口を尖らせたままそっぽを向く。

鬱陶しい、隣座んなかっただけで不貞腐れんなよ。

早くそれ返して勉強しろ。

お前が勉強しなきゃ俺がここにいる意味ないだろ。


「これはこっち側にいる人の物なんですー」

「……はぁ。じゃあいいよ、それはそっちに置いといて。代わりに早く勉強してくれ」

「え!?」


なんでそこで驚くんだよ。

そういう約束だっただろ。


「まさかお前勉強する気ねぇの?」

「あるよ! 相馬くんが取りに来ないってのに驚いたの!」


なるほどなるほど、丁度いい言い訳があってよかったね。

だからって俺は騙されんぞ。

お前勉強教えてってのはゴールデンウィーク会うための口実だったんだろ。


「勉強する気ないなら帰るぞ」

「あるって言ってるじゃん」

「じゃあ早くやれ」


神谷はむーっと何やら唸っている。

いや、そんなことしてないで早く勉強して。


「相馬くんがいつもより優しくない」

「は? いつも通りだろ」

「いつもは隣にいるのに」


それってただの隣の席ってだけだろ?

それ以外だと神谷が勝手に隣に来るだけなんだけど。

もしかして神谷の中では俺からってことになってんの?


「俺から行ったことないんだけど」

「え、そうだっけ?」


え、あった?

いや、ない。ないに決まってる。

俺から近づくなんてありえない。

だって神谷と離れたいって思ってんだからわざわざ近づくわけない。


今回は神谷が隣に座らなかったから俺の作戦勝ちだな。

まぁできれば鞄は返してほしいけど。




× × ×



あとがき

新作短編書きました

「紅葉と桜」

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ぼっちの俺が転校してきた人気女優に演技しながら話しかけられる みなと @nao7010

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