第29話初日

あれから神谷はまた話しかけてこなくなった。

なんだかんだで約束を反故にすることもないようで少し安心する。

だけども勉強を神谷の家で二人で教える、そんなことを言われたら安心してもいられない。

神谷と二人きりで勉強、こいつ真面目にやってくれるのか?

真面目にやるなら大したことはない……のか?

そもそも神谷が真面目にやる想像ができない。

どうせまたウザ絡みしてくるんだろう、演技して一人楽しむんだろう。

なんで俺がそんなことに付き合わなきゃならんのか。


……はあ、憂鬱。

なんでこんな気分でゴールデンウィークまでの残りの生活を送らなきゃいけないのか。


神谷から聞いた予定は勉強することとその場所、そして一日ではないこと。

それだけで俺は俺は神谷の家について知らないし約束の日時も聞いていない、なのに約束破ったらペナルティ。


これはっきり言って最悪だろ。

約束を守るならこの曖昧な予定に対して万全な準備をするか神谷に聞くかしないといけない。

それをするのは神谷の思う壷というか望んだ展開というか俺がウキウキでやる気に満ち溢れているなんて勘違いされるだろう。

逆にわからなかったから適当にやり過ごそうとすればペナルティとして連絡先の交換、神谷からの嫌がらせのようなウザ絡みがきてもおかしくない。

はい、どちらも地獄ですね。

こんな選択肢どっちも選びたくねぇわ。


俺が休み時間などに必死に考えても答えは出ない。

だって選びたくないんだもん。

その間、神谷は笑顔でこっちを見ていた。

やっぱこいつ楽しんでんだろ。




 × × ×




あれから日が経ち、今日からゴールデンウィークが始まる。

今から神谷の相手と思うだろうが俺にはそれよりも先にやらなければならないことがある。

父親への連絡だ。

去年長期休暇は夏休みとかだけのことだと思って連絡しなかったら後日父親からのお叱りの連絡があった。

普通長期休暇には入らないだろ、連休って言うんだよ。


なので俺は今から父親に連絡しなければならない。

別に連絡自体は休みの間ならいつでもいいんだが、さっさと済ませたいから俺は初日にするようにしている。


『霞か』


電話をかけるとすぐに相手の声が聞こえる。


『用件をさっさと済ませろ』


話を手短に終わらせたい俺は低い声で言う。


『お前はいつもそうだな』


優し気な諦めたような声で言ってくる。

お前ら親が原因だからな、こんな態度するのは当然だろ。


余計なことをしゃべる気がない俺がなにも喋らずにいると向こうが諦めて話し始める。


『ゴールデンウィークだからテストはまだか?』

『まだだ』

『そうか、次のテストもしっかりやれよ』


言われなくてもそうするわ。

お前なんかと一緒に居たくないからな。


『じゃあ何か変わったことはあるか?』


これを聞かれて俺は一瞬神谷が頭によぎったけどすぐに消えた。

そのせいで変な勘繰りをされてしまう。


『何かあるのか?』

『何もない』

『ほんとか?』

『なんもねーよ』

『そうか、それならいい』


これで話も終わりか。

次は夏休みにまたこんな話しなきゃならんのか。

この会話に意味があるようには感じないんだけど。

なんで毎回こんなことしなきゃいけないんだ。


俺が通話を切ろうとするとまだ喋ってくる。


『ちゃんと友達作ってるか?』

『お前には関係ないだろ』


いつもそのこと聞いてくるけど人を信じれなくなったのはお前らのせいなのによく何度も聞いてこれるな。

俺は作る気なんてない、一生いらない。


『昔は――』


この話は鬱陶しいから俺は手早く通話を切ることにしている。

用件をさっさと済ませろって言ったんだ、無駄な話をする気はない。

ほんとに迷惑な親だ。


さて次は神谷の問題か。

あいつの方がどうしたらいいかわからんのだよな。


と、考えてるとチャイムが鳴る。

誰だよ、俺は今からとてつもなく嫌な難題に挑戦するっていうのに。


とりあえず先に済ませてから考えるとするか。

宅配とか頼んでないはずなんだけどと考えながら確認してみると、神谷がいた。


「…………は?」


なんであいつが来てんの?

俺が困ってんのが楽しいんじゃなかったのか?

神谷は何がしたいんだ?


まさかもう約束破ったとか言われるのか?

まだゴールデンウィーク初日の朝なんだが、さすがに早すぎるだろ。


怖いので今度こそ居留守しようかと思ったけどもう一回チャイムが鳴る。

またいるのバレてんのか?

つーか、演技じゃなくチャイムで呼び出しって怒ってんのか?


「……なんだよ」

「あ、やっと出てくれた」


扉を開けると神谷が笑顔で迎え入れてくれた。

怒ってなさそうだけどやっとって言ってるからわからんな。

いや、やっとってなんだよ。割とすぐ出ただろ。


「今日これからお願いしたいんだけど、部屋わかんないかなぁって思ってきてあげたよ」


そりゃ教えられてないからわかんねーよ。

当たり前だろ。

そういやなんで神谷は俺の家知ってたんですかね?


「……もうやんの?」

「そうだよ。ほらはやく準備して、待っててあげるから」


ちょっとはゆっくりさせてくれ。

まだ休みは始まったばっかなんだけど。


教える側って何準備したらいいんだ?

俺が勉強していいなら筆記用具とかも持ってくんだけど、神谷がどれくらいできるかもわかんないしできないならもってくだけ無駄だろう。


「相馬くんも勉強したかったらしていいからね」


できんの?

ずっと教えるってことにならない?

まぁいいか。近いし初日くらい少し荷物増えたってそこまで大変じゃないだろう。

どうせそんなことより神谷の相手する方が大変に決まってる。


荷物をまとめ神谷の後をついていく。

神谷がお隣の高そうなマンションに入っていく。

俺は足を止めてマンションを見上げる。

何階建てだ? 五階ぐらいか?

ここに足踏み入れたらもう逃げられないんだろうな。


「ぼーっとしてどうしたの? はやく行くよ」


そう言い神谷が俺の手を引っ張っていく。

そんな事しなくても行くから、逃げたりしないから離せ。

そんな願いが通じるわけもなく無理矢理引っ張っられながらエレベーターに連れていかれるのであった。

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