第3話演技

教室を出て下駄箱に向かう。


さっきは危なかった。神谷があの人だかりの中で俺に注意を向けてくるなんて。


だが、すでに逃げるを実行している。後は帰るだけだ。


「あー、相馬はっけーん」


突然後ろから声がかけられる。


「はい、ドーン」


振り向こうとしたが彼女はそれよりも早く俺の背中に抱き着いてきた。


ちょっと待って何この状況。

背中に柔らかいの当たってるんだけど。

制服の上から見るのじゃわかりにくかったけど、実際当たるとあるってわかるな。


そうじゃない、落ち着け。状況を整理しろ。


突然抱き着いてきたのは神谷紗菜。さっきまで俺の隣の席に座ってた女だ。

ここまではよくないがよしとしよう。


問題は神谷の態度がなんで教室と違ってるのか、ということだ。

教室での神谷は突然抱き着いてくるようなやつではないはずだ。


「相馬号、はっしーん。レッツゴー」


教室の神谷よりも明るい声に無邪気な笑顔、楽しそうにしながら俺の背中に抱き着き前を指さしている。

これが本当の神谷なのか?


「とりあえず離れてくれないか?」

「ええー、まだ始めたばっかだよ?」


軽めの駄々っ子のように拒絶される。

ああもう、うざったい。


「わかった、離れてあげる」


お、離れてくれた。

願えば通じるもんだな。


「……そんな嫌そうにしなくてもいいのに」


願いではなく拒絶が通じたようだ、なんかすんません。

でもさすがに突然抱き着かれたら誰でもこうなりますって。


また雰囲気が急に変わったな。

いや、変わったというより戻ったというべきだろうか。

教室の時の神谷のように感じる。


「相馬くんは、私のこと嫌い?」


目元をうるうるとさせながら上目づかいでそんなことを聞いてきた。

やっぱ前言撤回、まだなんかおかしいわ。


嫌いって聞かれても会って数時間だしわからんとしか言いようがない。

強いて言うなら関わってほしくないなんだが、それを直接言うのは少し気が引ける。


「嫌いじゃないみたいだし今後は話してくれるかな?」


正直嫌だけどここで断ったら理由を聞かれるだろう。

それを避けるためにもこちらのペースにしなければ。

質問を無視する形になるが致し方ない、話題を無理やりにでも変える。


「そんなに俺と話そうとして、一体何の用だ」

「何の用って言われても困るかな。理由は特になくて単純に話してみたい。仲良くなりたいの」

「それならお前の周りに集まってたあいつらでいいだろ」

「んー、相馬くんと仲良くなりたいって思ったんだよね」

「……なんでだよ」

「なんとなく! 直感! 隣の席だからかな?」


隣の席なんてくだらねー。

そんなの同じクラスよりも短い期間だろうに。

数か月後には、はいさよならだろ。

そんな関係を深めていくことに意味なんてない。


お前らはいつだってそうだ。

同じクラス、同じ部活、隣の席そういったもので記念に仲良くなってはつまんなくなったり同じ枠からはみだしたらすぐ切り捨てる。


だから俺はもう誰とも仲良くならない。


「そういう理由なら数か月後には新しい隣の席ができる。それまで我慢すればいい」


そう言って神谷の返答を待たずに帰ることにした。

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