No.1 罠には為れれど


「視ていただき、ありがとうございます!

 実生活にも詰め込み過ぎる性質上、遅れてしまって申し訳ないのですが……。

 空いた時間で、ゆっくりお返ししていきたいと思っております。

 応援ありがとう、そしてよろしければお願いします!」



 * * *




 僕は困惑して、顔を伏せることしかできなかった。

 というのも、先程、神様は言っていた。

 「お前一人だと、誰が言ったんだ、あん?」

 確かに、自分におごっていた部分があったのかもしれない。愚かな事だ。

 『そもそも、何でお前という愚者が選ばれたんだろうな。選ばれる、っていうならば、よっぽど父母、兄弟たちのほうが相応しかったのに……』

 悔しいが、反論できない。

 それでも、まさか21人もいたなんて……。

 21人の切れ者、一目で分かる特異性。

 彼らの視線は今、容赦なく一人の脆弱な高校生に、惜しみなく向けられていて。僕は今、困惑している。

 するしか、出来ない。

 「皆様、大変お待たせいたしました」

 突如、頭上から降り注ぐ彼の声に、金縛りは解ける。

 僕も置いて行かれぬよう、皆と同じく視線を上げた。

 「眩しい……」

 目を凝らすと、逆光で影を落とす、一体の飛行物体が見つかった。そいつは此処、屋上よりマンション2階分くらいの高さに、浮遊している。

 本当に、何の足がかりもなく。

 「やあ、皆様ご機嫌よろしゅう? あれ、不機嫌そうですねぇ。もっと、笑ってくださいよ! これは、あくまでゲームなんですから」

 早速だが、時間は無いんでね。神はそう言って続ける。

 皆はと言えば、確かに表情こそ様々だが、耳を傾けていることは分かった。

 僕も含めて。

 「ゲームの名は、【Protagoras's proof】に決めた。そして、このゲームの中では君たちのことを、こう呼ぶことにする。ソフィスト……」

 プロタゴラスず、プルーフ? ソフィスト? 思い当たる節はあるのだが、神様の真意が理解できなかった。

 皆がざわめく中、一人怒りを露わにする者がいた。

 「何だ、それは……。主は余を、愚弄しているのか? 何で、奴等と同じ名を冠さなければならぬ。誰を……、誰のことを……」

 30代から40代ぐらいと見られる、白髪の男は叫んだ。

 まだ、皆が様子を見あう中で、こうも感情を出せるものだろうか。それは、精神の弱さとも、絶対的自身への自信から来るものとも取れた。

 実際、彼よりも皇帝エンペラーの名が似合うものは、世界を見渡してもいないと思われた。

 そんな容姿、そう添えておく。

 「ソフィスト……、即ち詭弁家。かつて、そうも使われた言葉だな。とすると何だ、お前のその怒りは、自分の倫理観を詭弁と言ったことへの反発、だな。しかしながら諸君、君たちに問おう。君たちは、自分は間違っていないと、全世界に対して言えるのか」

 皆は静かに、ただ彼の言葉を聞いていた。

 「いいや、誰一人としてできないだろう。正義と悪、美醜、光と影。全ては曖昧なのだよ、そしてそれが悪いわけでは無い。ただし!」

 神様は、皇帝に相応しい男に、叱咤するように言った。

 「その定義の加減問題が、曖昧さが失敗を生んだんだ。もう、次はない。No.4よ、お前は全世界に対して、同じことが言えるのか?」

 2人の睨み合いに、そう時間は掛からなかった。

 「ふんっ」、そう顔を背け、男はコンクリートに胡坐をかいた。

 屋上という空間が、完全な無に包まれた。

 「じゃあ早速、ルール説明と行こうか!」

 そう言いながら、彼は右手で親指を鳴らす。すると次の瞬間、彼の右手にはカードの束があるのだった。手品師のような、早業だった。

 「これは、君たちがゲームを進めるうえで、無くてはならないカードだよ。謂わば、参加証明書およびエントリー表および観戦用端末になる」

 続いて左指を鳴らす。

 右手に握られていたカードたちは、飼い主を見つけた愛犬のように走ってきた。

 皆が半ば強引に、カードを手に取っていく中。

 俺も空から降ってきた一枚を、何とか右手でキャッチすることに成功した。

 手にとってよーく観察する。

 それはトランプのカードというよりも、タロットカードのようで。

 『No.0_The fool』

 そんな文字と、不気味に笑う、滑稽なピエロが自転車に乗りながら、ジャグリングをしている絵が描いてあった。

 妙な親近感を、こんな絵から受けてしまった。

 また裏には、

 『注意事項』、『対戦順』なるものが書いてある。

 『*このカードを失くされることは、貴方の倫理観も、共に否定することになります』

 という、解釈が分かれる注意書きで締められている。

 「そちらには、皆さま一人一人の倫理観が、称号という形で載せられているはずです。例えば、No.4、貴方は‘‘権力”です」

 そんなものは……。良くカードを見回すが、何処にも見当たらない。

 「そしてそのカードは、裏に、貴方の対戦順だけが数字で書いてあるはずです。相手は、記載されている会場にて、初めて会う形となりますので」

 話が先に進んでしまい、何かの手違いだと思い込んだ。ところで、僕の対戦順は?

 『~第1戦~会場:晩学高校1-4組教室』

 『1』……、その数字に固まった。

 「改めてルール説明。このゲームは云わば、貴方方の倫理観をぶつけて頂く、弁論大会、とでも言いましょうか。先程も言った通り、正義と悪、ましてや勝ち負けさえも、この世は曖昧にしてしまいます。私はそれを反省し、その上で、明白にする方法を考えました……」

 この会場の中に、自分と戦う人がいる。

 それが今、少しずつ確信に変わていくのだった。

 「戦うわせれば良いのです! ルールなんて、曖昧な基準はありません。兎に角、マッチングした相手に、何らかの形で勝つのです。自分たちの倫理観を、主張を、その拳に乗せて下さいよ! 22人の選ばれし者たちが、トーナメント式で戦う。会場もランダム、時間は毎日6時きっかりに開始」

 情報量が多い中で、取り敢えず自分なりの解釈をすると……。

 「考えんの疲れたから、戦わせれば早くね? 自分の詭弁振り回して、兎に角、相手が降参すればそれで良し! 会場知るか、6時に開始……」

 毎日、6時? その時間表現は即ち、少なからずこの世界は動いていて。しかも、日にちという感覚がまだ、生きている、ということだろうか。

 ただ、何だか含みのある表現だらけだった。

 まるで、言いたくない自分に不利な部分は、

 「聞かなかったお前らが悪い!」みたいな。

 じゃあ、このカードの不備も、早めに行っておくべきでは……。

 「質問、がある……」

 その一言で、会場の雰囲気が一変した。

 背筋が凍るような悪寒と、戦慄を感じたのは、俺だけではないはずだった。

 「これではまるで、お子ちゃまのチャンバラごっこだ。あんた、何か隠しているな。例えば、戦いに負けたら、どうなるんだよ?」

 そうだ、僕は危うく、騙されるところだったのかもしれない。

 急激なストーリー展開と、激流の如き設定提示が、僕の感覚を狂わせていたのは事実だろう。

 これは、戦いなのだ。

 「その時は……」

 神様は、痛いところでも突かれたらしい。言葉に少し迷う。

 「うん、そりゃあ消えるよね。この世界からさ。言ってみれば、地縛霊が完全に、居場所を奪われる感覚に似ているのかな? そう、『死』ではなく、『消滅』だな」

 これは、戦いなのだ……。

 この一言で、右手に持つタロットカードと、『1』の数字が重くなる。

 「今この瞬間より、ゲームは開始される!」

 ある者は怯え、またある者は笑い、無表情、無、険しく、微笑み……。

 それそれが、各々の、様々な倫理観を背負って。

 【Protagoras 's proof】は、始まった。



  * * *



 「ゲームは開始される……!」

 その残響の中、ソフィストたちは動き出した。

 彼らは各々の個性を、解散という二文字にも出せるらしく、少女は屋上から飛び降りて、向かいのグラウンドに着地する。

 その他にも、透明になって消えたり……。

 そして、2人が残った。

 1人は、屈強な大男で、一人コンクリートに体育座りしている。

 「行かないんですか? みんな、どっか、行ってしまいましたけど」

 相手は見ず知らずの大人、自分でも驚くことだ。

 それは彼の、何とも言えぬ温かいオーラからかもしれない。

 「まだだ、まだ良いんだ。まだ」

 実際、彼はそう言うだけで、後にも先にもこの文句だった。

 そして、もう1人? 一柱だろうか。

 「少年、お前には頑張ってもらいたいからね」

 神様はそう言った。

 変わらずの上から目線だが、それが彼だと理解することはできた。

 「第一回戦、なんだろう」

 嗚呼ああ、そうであった。

 忘れかけていた不安が、脳内にどっと押し寄せてくる。

 頭を抑えても、内側からかき混ぜられてるような、苦しみ。

 神様は、黙ってその様子を見ていた……。

 「勝てるよ。少年は勝てる、これは絶対だよ」

 そう言って、見るともう姿がない。

 太陽は沈みかけている。もし本当に、時間という概念が生きているとすれば。

 「もう、時間は無い……」

 準備と言ったって、何をすればよいか分からないし。

 腹を決めて、行くしかないのだ。

 「行きますか!」

 無理にでも声を張り上げて、屋上を後にする。もちろん、階段で。

 屋上には、巨石の如き一人の影が残った。


 

 * * *



 第1戦/魔術師vs主人公

 『長い前置きを終えて、晴れ晴れしい一回戦目は始まる。少年は、まだ知らない。このゲームの何たるかを……』


 重く暗い廊下は、いつもよりも湿気しけて感じた。

 コッコッ、心細い靴音。

 遂に、教室の扉の前に立つ、気持ちはイマイチ上がらない……。

 『1-4教室』、これは僕がいつも、通っていたところだ。そこに今から、多分死にに行くことになるというのは、何処か奇妙な感じだった。

 扉に手をかける……。

 「失礼、します」そう言いながら、重い扉を開けた先には。

 「レディースエーンヅ、ジェン……」

 バタンッ、思い切り閉めた扉は、苦しげにうめいた。

 何だったのだ、あれは?

 少し開けた扉から、僅かに見えた教室。

 それは別世界という奴で、しかも気味が悪かった。

 何というか、ギラッギラだ。

 学園祭のお化け屋敷か? ご近所の誕生日パーティーかも。サーカス……?

 「何にしろ、出端でばなくじかれた……」

 作戦だったのかもしれない。

 そうなれば、一刻の猶予も与えてはならない……。

 「次の罠を張られる前に」、そう思うことにした。

 深呼吸をして、武者震い。

 扉に手をかけ……、一気に中に駆け込んだ。

 パンッ、蛍光灯の光が一点に集中する。

 どうやら教壇の上に立つ、奇妙な男に向けられているらしい。

 奇妙というのは、その恰好に他ならない。

 真っ赤なスーツにシルクハット。

 鼻はピエロのように、これも真っ赤なボールをくっ付けている。

 ヨーロッパ系の顔立ち、こちらを眺める男。

 「やあやあ、流石はこの私とのショーに、選ばれた青年だよ。こちらの期待を、ことごとく裏切ってくる」

 褒められているのか、けなされているのか……。

 「まったく読めない、そんな顔をしているね。大丈夫、私は君との戦いを、見世物ショーとして素晴らしいものにしたいと思っていてね。この演出も、その一環さ」

 『見世物』、それは試合観戦がどうとかの話、かもしれない。

 『演出』、そう言いながら、彼は部屋をなぞるように右手を動かす。

 どうやら、自作の会場セットの説明らしい。

 「教室後部のロッカーは、ピエロの仮面でファンキーに! 天井は色鮮やかな風船だらけ、窓や壁はシールでテッカテカさ!」

 大きな黒板に、それは大きなピエロの黒板アート……。

 それを背に、彼は拍手を求める。

 薄い拍手を絞り出した。

 見る影もない教室に、お別れの意を込めて。

 「で、戦うんですよね、僕ら。これじゃあ、まるでパーティーみたいで、これから殴り合いが起こるとはとても……」

 「チッチッチ……。悪いが青年、私はここで、殴り合おうなんて微塵も思っていない。だって折角作ったのに、それじゃ台無しじゃないか」

 「じゃあ、外で?」

 「いいや、端から君と、殴り合おうなんて考えてないよ。青年相手とは言え、いやだからこそ、若い力には敵わないかもしれないし」

 「じゃあ、負けてくれるんですか?」

 「チッチッチ……! だから、殴り合いはしない、そう言っているではないか。人間は、腕だけが力か? いいや……」

 魔術師は、頭を叩いて見せた。

 「頭だよ、頭脳を使うんだ」

 そう言いながら、トウッ……、彼は高くジャンプする。

 蛍光灯ギリギリを低空飛行し、部屋の中央に着地した。

 此処には超人しかいないのか?

 「中央に机を集めて、少し大きなテーブルみたいにしたんだ。そこで、ゲームをしようぜ。簡単だよ、そして勝者は、ゲーム本編の勝者だ」

 まあ、僕は提案に乗ってしまう。

 確かに、殴り合いを回避できたことにメリットが無い訳では無い。

 僕にも、腕に自信はないのだ。

 半ば強引な形だが、机を介して2人は向かい合う。

 「ルール説明だ、とその前に……」

 自己紹介だ、その一言には調子を崩される。

 真面目なのか? 

 「俺の名は、いや……。今は皆、だったっけ? 

 じゃあ、それに乗っ取る形にして。俺は‘‘罠”のメフィストだ。お前は?」

 「僕は……。無い」

 「ふえ? ‘‘無”とはまた……。え、無いの?」

 力無く、僕は頷く。

 「良いね! そうでなくっちゃ、面白くないだろう。称号が無い、縛られない」

 僕はこの一瞬だけ、この男と出会ったことに明るい感情を持った。

 彼は机の上に、トランプのカードを流し込んだ。

 パラパラと、カードが机に散る。

 「これは頭脳戦、よーく、頭を使うんだぜ。このゲームの勝利条件は、

 一つ、お互いに作った手札、ランダム15枚を使い切ること。

 山札デッキを中央に作る。最初の一枚に繋げて、3つ以上の階段ステージを作るんだ」

 彼は山札デッキから、一枚をめくってみせる。

 「三ツクローバーの2だね。つまり、3~か1~で作れば良いんだ」

 彼は3・5・7で階段ステージを作ってみせる。一つ飛ばしなど、法則性を持たせれば許容される事も分かる。

 「そして次から、前の札束ブーケの最後の数を予想していくんだ。その上で、最初の数字を決める」

 枚数と開始が分かるように一枚を表に、ずらして重ねる。

 「外すと、前に出された札束ブーケが、返ってきてしまう。そして、相手はまた、最後の数を予想して置いて行くのさ。

 もし、当てられたら……。即ち続けて出された場合は、山札デッキからカードをその枚数引く。この時は、そのままだよ」

 大体は理解できたが、急には難しい。

 そして、これにも含みがある……。

 「じゃあ、もし相手が嘘をついていたら? 公開される一枚目を真面目に、あとは最悪適当ってことになる……」

 ふふん、魔術師マジシャンは愉快そうに笑う。

 「そしたら、君が外してカードをとることになる。

 どの道、相手が外した瞬間に不正はバレんだぜ。しかも、観客カンシの眼は多いぜ」

 それは、やはり試合観戦システムのことを指しているらしかった。

 的確で、隙はない……のか?

 「そして重要なのが、2つ目だ!」

 この急な感情の起伏に、僕はついていけない。

 「勝利条件はもう一つある。それはね、

 『自分のJokerを、相手に見つからずに捨てること。』

 お互いに、一枚のJokerを初めから持っておく」

 2人の前に、Jokerのカードが置かれる。

 「そして、それを数字の階段ステージに隠すんだ。必ず、数字の間に、つまり一文字飛ばしや二文字飛ばしの際に挟むんだよ。それが相手の手に渡る、それが負けだよ」

 彼はわざと、すべて表の札束ブーケを作る。

 一文字飛ばしの数字たち、3と5の間に、Jokerは隠れて嗤っていた。

 でも、隠すだけではいけない。

 相手が自分の出した数字を当てる。順ずる紙一重ニアピンを出す。

 「事を当てる。どうだい、特殊勝利エクストラウィンだけに、難しい条件だろう。だから、頭脳ゲーム。ただし彼は別に使わないといけないわけでは無いよ。だって彼に数はない、言わばプレイヤーの現身うつしみさ」

 まあ、まとめると……。

 「つまり、、それにも混ぜた、混同ゲームってわけだ」

 彼は頷き、付け加えるように言う。

 「まるで、花を手向たむけるみたいだろう。だから、俺はこの創作ゲームをこう呼んでいる」

 『死者への手向け(For the dead)』

 それは遊戯ゲームというには、少し寂しい名だと思った。

 「試運転デモプレイも兼ねて、最初はゆっくりとやっていこう」

 そう、彼は嗤う。

 山札から、互いに13枚を捲る。

 そして、Jokerを入れたことを確認、山札の一番上のカードは……。

 「魔剣スペードの4.君から始めな」

 初めということは、4の上に階段を作ればよい。彼なりの、優遇処置ハンディキャップということらしかった。

 ならば、出来るだけ大きな階段を、ここで打つべきだ。

 『一番大きいのは、5~一文字飛ばしで~11、だな』

 確かに、順にするよりも落とせる。そう思いながら、Jokerを掴んでいた。

 『いいや、今はまだ、相手の出を伺うべきだ』

 ……、ここで終わるのも、シャレにならない。

 「5~、計4枚の階段!」

 魔術師は何故か、間の抜けた顔になる。

 そして、お決まりのように笑う。

 「5から……。なんて親切だろう。

 3~もあった、言わなくていいんだぜ? それとも、お前ならこれぐらいだなんて、余裕のつもりかい?」

 図に乗るな、青二才が。

 ドスの利いた声は、彼の方から聞こえた。

 確かに聞こえたはずだが、彼はずっと笑ったまま、空耳か?

 「つまり今、可能性は5~の一文字、または順。二文字で4枚は、ギリだな。3文字はあり得ない、じゃあ……。11、それか8? 13はないな。

 まさか、先手Jokerは強いぞ。しかし、様子をうかがって、抑えたな」

 読まれている……。

 このゲームの勝機が、一気に見えなくなった。

 彼はニヤニヤと、多分僕を笑っているのだ。

 「まあ、最初だしな。9から3枚。じゃあ、答え合わせの時間だぜ」

 表になった8と、裏面の最後の数。

 僕はゆっくりと、そのカードを捲った。自分で置いたはず。でも、実は入れ替わってしまったんじゃないか、捲る手が震えた。

 11……。

 「11か、早速外しちまった! こうなると、俺はそのカードを回収リザーブッと。わあお、一気に19枚だぜ。そうそう、この調子だよ」

 外したはずなのに、むしろ嬉しそう……。

 まるで終わりのない車を回るハムスターを、眺めて笑っているみたいだ。とすれば、俺は今、そのレールに乗せられようとしている。

 ハムスター、か。


 ≪1ラウンド(終):魔術師=19枚、愚者=11枚……、愚者優勢!?≫



 『ここから、2人の圧倒的な差が現れる。

 といっても、相手は云わばプロ、その彼が用意した試合なのだから、勝負は歴然なことは理解できる』

 圧倒的な枚数で、愚者が勝る試合展開が、続く……。



 ≪2ラウンド……、≫

 また、先手は自分。

 しかし、もう先のような勝機チャンスは無い。何故なら、彼の札束ブーケが既に、罠を張っているからだ。

 裏面のカードは、9から3枚。彼の手札は15枚だったから、どの選択肢もあり得てくるわけで……。

 「順なら11。一文字飛ばしは、Queen. また、3も······」

 彼の顔から伺えるだろうか?

 そんな一欠片の願いも、変わらぬ笑みに掻き消される。もはや狂気だ。

 そして、手持ちは、11枚。

 深いことは、考える余裕が無いか。

 ならば僕に経験こそないが、浅いが故の、直観力がある。

 「二文字飛ばしと考え、3~4段階の札束ブーケを出す」

 手から、4.5.6.7.が離れる。

 ほぼ同時に、彼は卓上のカードをひっくり返す。

 「3だ。またもご名答、二文字は難易度高いし、狙わないと思ったんだけど……。このままでは惨敗ストレートになっちまうね。いや、これは笑えないか」

 ニヤニヤ笑いながら……。

 彼はカードを、僕の出した4枚分も手に加えていく。

 裏側になった6のカード

 「俺は、10~3段階の札束ブーケ

 また……、外した。

 安堵に胸をなでおろしつつ、すぐに次だ。次から次へ、まったく心臓の持たないゲームである。

 『そりゃあ、消えるよね』神の声が、遠くで聞こえた気がした。

 嘘とは思えない非現実に、つい身震いする。

 「また、引いちゃったよ……」

 そうブツブツと言いながら、彼は先に僕が出した、4枚を回収していく。

 彼の手では、既にカードが飽和状態にあった。


 ≪第2ラウンド(終):魔術師=37枚、愚者=7枚……、愚者優勢?≫





 『そうして無事、何事もなく、第3ラウンドが始まる。

 と、言いたいところでありますが。

 しかし重ねて言うように、彼は仮にもプロ。何事もなど、それこそ起こるわけなくて……。

 彼の手札インサイドでは、道化Jokerが静かに嗤うのでした。

 さあ、勝負は続きます。

 第_惨ラウンドの、開幕です……』


 * * *


 彼は今、笑っている。

 今というのは、この瞬間であって。広い線より、まさに点を指すわけで。

 彼は今、被ったら外れなく呪いの面。そんな、自分から取れなくなってしまった、言わば油汚れのような笑みの裏で、笑っているのだ。

 「ククク、楽しいな。ちくしょう、悔しいぜ。こんなに楽しいのに、終わりが近づいてくるなんてさ」

 まあ、当たり前のことか。

 だって、辛い時を長く感じても、楽しい事はあっという間でも。

 「どうせ、ミンナ退屈してしまう。つまらない、空虚だ。ソンナ風に、ミンナ退屈してしまう。だからこそ、道化はいるんじゃないか。

 罠は人生を面白くする、アクセントなんだ。オマエラの単調で、つまらない人生を、コノ道化が飾ってやるよ。

 私はお客様全員の、スパイスだ!」

 そして彼は、ブツブツと呟いた。

 それを青年は、何の気にも留めなかったのだが。いいやむしろ、多くの人が、ただの文句だろうと聞き流すだろうけど。

 だって、彼らは数人を除いて、知らされていなかったのだからね。

 聞かされてないからね。

 「我は‘‘罠”なり。我が詭弁、己が前に証明しよう」

 まるで何か強大な力に、契約でもするような文句は、確かに受け取られたらしい。

 「プルーフッ!」

 彼は出来る限り小さく、力強く叫ぶ。

 『死者への手向け(For the dead)』

 それが彼の、証明プルーフであった。




 

 

 

 



 

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