神々の黄昏
庭花爾 華々
……、Stay foolish……、
愚者め……。
この愚か者が。いや、愚かだね。愚かだな、愚かすぎ、愚かなんだよ何時も、愚かだって言ってるだろう、愚かな事を、愚かで救いようのない、愚かだよ。
『……』
お前は、俺は、私は、僕は、儂は、俺は、私は、我は、儂は、僕は……。
『俺は…、俺は俺だ。じゃあ、お前たちは、何者だ?』
お前だ。お前、お前に決まってるじゃん、お前だな、お前意外いないだろう、だから愚かだと、お前だと何回……、お前ってこと。
『そんな訳ねえだろ、お前らは……。』
僕を輪で囲むように、幾つもの黒い影がヌッと立っている。こちらを睨み、嗤い、蔑み、かたや呆れるように、それぞれの眼で迫ってくる。
お前は、お前は、お前は、お前は、お前は、お前は、お前は、お前は、お前は、お前は……。
不意に、影たちがユラユラと動いた。ほとんど同時に、まるで合図されたみたいに。その様は、異様の一言でしか言い表せなかったと思う。
それぞれの右人差し指が、輪の中央を指した。すると、中央を残して、真っ黒い円ができる。その中央には……。
『誰もいない……。見たろ? 真っ白、白いな、空しいね、ああ空虚だ、だから言ったのに、すっからかん、淋しいな、こうなるんだよ。』
中央に残された白い点に、俺らの指先は収束する。そして、光が拡散するように、他の指先へと交差していく……。
それで、結局、だから、でね、故に、このように、だからさ、で、よって、と。
『うるさい!!』
俺は怒って、俺も怒って、私は嗤って、僕は悲しんで、儂は黙って、俺は苛立って、私は憐れんで、我は飽きて、儂は呆れて、僕は……。
それぞれが、俺らが、俺らそれぞれの感情に乗せるようにして言った。
『つくづく愚かだね、お前は』
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい! ……。
* * *
「うるっせえんだよ!!」
思いっきり叫んで、叫んでから後悔した。
しまった、また怒られるぞ。と。
意識が朦朧としている。霧がかかったように、視界がはっきりしなかった。しかし落ち着くんだ、いや焦るべきか?
頭がズキズキと痛む。息も荒い。
とにかく、状況を理解しなければならない。
と、この様に、必要な一通りの思考を済ませた。
息を大きく吸って、吐いて、また吸って……。終いに、大きく吐く。脳の内側に、そして裏のほうにまで風が行き渡るのを感じた。スッキリする。
「だいぶ、頭は整理できたみたいだ」
辺りをゆっくりと見回した。視界に入るのは、白、白、白色。
ここまで白一色に統一された空間は、なかなか
まだ、視界がはっきりしていないのか。
いいや、いつも通りに落ち着いた調子でため息を吐く。
「俺の部屋だ。相変わらずの」
白いベッドの上で、白い布団を脇にはけて。
白いフローリングの床に、青白い素足を乗せて。
僅かな彩色となった教科書類を、床からカバンに詰めていく。カバンというのは、高等学校に通う為のリュックサックだ。
イッテェ。
「あれ、そういや。おかしいな、今日の部屋は」
そう感じたのは、先程は眼ぼけていて気付かなかったのだが。
「部屋が妙に明るいんだ。何か、良い雰囲気なんだ」
いつも通りの部屋、別にレイアウトが寝てる間に変わっていた。なんて、起こるわけはないけれど。
優しいオレンジ色だった。
いつもはあんなに暗くて、冷たい色をしてるのに。西の角部屋である自室は、朝は陽がほとんど入ってこない。故に、白が強調され憂鬱になるのだ。
なのに、今日は部屋の中央に、暖かい陽の円があった。窓から入ってきた光が、床に投影されているようだった。
その円に触れたくて、ゆっくりと手を伸ばす。
「あったかいな。今日は、何だか良い一日になる、そんな気がするよ」
そう微笑んで、リュック片手に階段を下りていく。
そういえば、今日はやけに静かだ、そんな風に思いながら。
* * *
ドラマでこんなシーンを見たことがある。
『恋人の部屋に入ると、そこには無残にも胸を刺された恋人と思しき女性。それを視て、彼は全身から力が抜けていくようだった。
祝いの花束が静かにその場に落ちる。』
正直あれは、動きを付けるための演出とばかりに思っていた。
本当に、リュックが手から滑り落ちた。
その場に、リビングに座り込むまでにはいかずとも、棒立ちになった。
階段を下りた先の、扉を開けた先で。
見えたのは、湯気の出る生々しいコーヒー。そして食べかけのお菓子の包装、鍵盤が剥き出しの生き生きとしたピアノ。
どれも、異様なまでに生活感を覚えるものだった。生活感と言えば、これは本来、自分が休日にだけ見れた風景。
3時のおやつの時間に、弟たちと、専業主婦の母がおしゃべりをする
リビングの壁に沿って、置かれたピアノの上に掛けてある。唯一の丸時計は、3時を示していた。
惨事を示していた……。
「ふうん」
取り敢えず、何か音が欲しかった。静かすぎて、淋しくて。
「前言撤回、今日は最悪の一日になりそうだ。ていうか、もう大体終わっちゃってるし。どうして一人残されてるんだし」
どうやら、何か強大で壮大な、狂騒に巻き込まれているらしい。まったく、
しかも寝ている間に、母と兄弟たちが
怒りが湧いてきた、自然なことだと思った。けれど、悲しみに、諦めに、呆れに、空しさに……。と、段々と心が濁っていく感覚がして。
「マズイ、苦しい。持って行かれる、奪われる。何か、誰か……」
誰もいない、そう決めつけておきながら。
もう世界には自分一人だけ、そんなこと言われても、実際すんなりと受け入れてしまえるのに。
「母さん……、父さん。アイツらは、皆。……どこに行っちまったんだよ?」
助けを求めている。人を、支えを探している。その姿は、さながら滑稽だな、そう俺は嗤った。
「おい、大丈夫か? もう行くぞ、時間だぜ」
不意に外から、つまりは玄関の扉の反対側から。若い男の声はしてきた。
父さんではない、それは確かだ。
すると、同じく取り残された人だろうか? それとも、この奇妙な神隠しは家のみで起こった話で、お隣さんなどが異変に気付いたのか?
どちらもホラーな感じがした。そしてそれと同様に、架空の遠いものと思った。
選択肢は、一つしか残っていない。そう何故か、確信できた。
「おい、聞こえてんのか? もう行くって言ってんだぜ。少年、お前ずっと寝てたじゃねえか。俺が必死に仕事している間によ」
恐喝にも近い、荒っぽい声は尚も続く。
「だからさ、人待たせてんだよ。いや、イッケねえ、人じゃあないか? まあいい、兎に角、早く支度するんだ。お別れ告げるなら、後で戻ってくればいいさ。兎に角、先にゲームを、始めなくちゃあいけないんだぜ」
そうツラツラと言われていると、こちらの雰囲気がぶち壊しになるようで。おかげさまでこの状況に、異例の速度で対応してしまった。
諦めが付いてしまった。
『その許容の早さが、お前の愚かなとこだぜ、まったく』
うるさい……。
「ドア蹴破るぞ! 早く出て来い、時間もあまりないんだよ!」
ここまでくると、ただの借金取りだった。
覚悟、そんなもんじゃあないけれど。
諦め、そう言ってしまったほうが楽になるけれど。
とにかく、その声の主と対面することは、ストーリーを進める上で必須のように感じられた。
どうなるのかは分からない。しかし、行かなければならない。
『ならばどうして、
男が
「皆さん、僕行ってくるよ。今まで俺を育ててくれて、ありがとう……。母さんみたいに、優しく成れたとも、父さんみたいに、
ゆっくりと、出来るだけ力強く頭を下げる。
この瞬間、一瞬だけは、自分は一心に何かを想えているようだった。
「本当に……、ありがとう……」
足音は間近、それに応えるように振り返る。
床に落ちたままのリュックを拾い、背負った。
あとは振り返らずに、靴を履き、鍵を開け、と重い扉を開けた。
* * *
鍵を閉めるまで、何も描写しない。つまり、何も見ないということだ。だって何か少しでも目に入った瞬間に、鍵のことなど忘れちまいそうで。
やるべきことを、済ませる。
済ませたから、次に移る。
当たり前の行動原理だ。しかしながら、その当たり前というのがまた、難しかったりするもので。
最初に目に入ったのは、玄関前の床タイル。何だ、いつも通りピカピカじゃねえか。と、まあこんな風に、納得出来たら幸せだろうと思う。
呑み込みの早さと、じゃあ行動が早いか。となると違う。
適応が早いからと言って、じゃあ適応し続けられるかと言うと、違う。
この場合、視界が動かせなかった。というのも、家の売りだった二重ロックの、下の鍵を閉めた瞬間。そこで視界もロックされた。
これを逸らせば、そこには……。
こういう時、人はフリーズしようとすることがある。自分を騙すのだ。
何故って、そうすれば解決するかもしれない、そう思うからだろう?
時間が解決してくれるもの、それは確かに多いだろう。ただそれが、自分の思い通りに行くかと言うと、難しいことと思う。
この場合、時間という概念もロックされている設定だったが。
「お前はこちらを、即ち『世界』を見るんだ。絶対にな」
思わずビクッとして、そのまま視界も、微妙にクッと動いた。
そのまま視界は、男の言う通り、世界を眺めていく。
床タイルから、家の前を横切る歩道のタイル、と停車した自転車。アスファルトと停止した自動車。奥の歩道が見えて、電信柱、電線、停止した鴉の群れ……。
世界というには小さすぎるが、世界を知るには十分だった。
世界は僕の想像通り、しかし期待素通り? だったというわけ。
「それで、僕はこれからどうすれば良いんだい? 神様?」
今この時、視点は一人の男にロックされている。ここには、彼と、恐らく自分しか残っていないだろう。そして、この細い通りが、秋葉原ぐらいの賑わいを見せていたとしてもだ。
皆も同じように、彼に視点を合わせ、その場に立ち尽くしたのだろうと思う。
そのぐらい、彼は良く言えば、ツッコミどころがあった。それは今、電柱の上に立ち、僕を見下ろしている様で明らかだ。
しかも、僕の3つ目の選択肢が彼だと思われる。
色々、様々な面でヤバイ奴だ。
神様は、そう呼ばれたことに驚く素振りを見せつつも、嬉しそうに笑う。
まるで、能面に油性マッキーで落書きしたみたい。
死んだ顔、まるで感情が分からない。矛盾しているか。
「神様か……。良いねえ少年、期待以上だぜ」
以上も以下も、あったもんじゃない。上には上が、下には下が、そんな言葉も使えないこの状況。
「いやはや、呑み込みが早いっちゅうのも、早いのに越したことは、無いんだけどね。まあ、早すぎちまうのも、それも不便だねえ」
神様は、神様であることを否定せず、むしろ肯定するムード。そんな中、彼は恐らくこのシーンの最重要部分を吐いた。
「えっと……、誰が少年、君一人が選ばれたって言ったし」
母体数が違うんだよ、そう神様は呆れ口調で言う。
相変わらず、人形のような顔をしている。しかし、嘘をつく人の眼を、少なからず何かに怯えるような眼をしていなかった。
「えっ……、いるんですか? 今、この瞬間に?」
それは繰り返すだけの質問になってしまった。しかし、何も言わず、ただ相手に場を仕切られてるようでは、いけない。
何だか、今この瞬間から、彼の言う『ゲーム』は始まっているような気がした。
「ああ、勿論ですとも。だから早くって、先から怒鳴ってただろうが。何故って、怒られるんだよ、この俺が。ただでさえ、切れ者だらけで大変なのに……」
ブツブツ、その後しばしの間、彼は文句を言い続けていた。
時間がないとは、何のことやら……。
段々、馬鹿馬鹿しくなってきて、もう全部夢だと夢落ちにしようとした時。まるで、それを見計らったように、彼は呟きをやめた。
右腕に、金時計を身に着けていることに、今始めて気付いた。彼が無意味なはずの、時計を見るという動作をしたためだ。
「ヤバイ、もうこんな時間じゃねえか!」
お決まりのように、そう言った。実際、それが動いていたのかどうかは、議論しないことにする。
「さあ、俺の右手に手を乗せてくれ、少年。陽が沈みだしている」
沈んだまま止まっているはずの太陽、それを視ながら言う。彼の顔は、夕日を浴びて初めて、色を持ったみたいだった。
「ゲーム説明を行う、この街の中心に飛ぶよ。俺は空も飛べるからね、絶対に」
この街の中心、それは確かに一つに絞れた。
県の中でも、五本の指に入ると呼ばれる名門校。そして俺の、通ってきた場所。
俺はゆっくりと、右手を伸ばした。届くはずない、それは神様が目の前に瞬間移動する、これだけで解決する描写であった。
「ゲームスタートだ! ぜ」
* * *
「僕は愚者だ。愚か者だ。自分という、何者かにいつも踊らされている……。
では逆に、皆に問おう。皆は何者だ? 僕は僕、君は君、彼は彼、彼女は彼女……。そう言ってしまえば、それまでだが。
それは、代名詞であって、仮の姿であって、本質ではない。さらに言えば、名前だったり、自分という存在基準でさえも、魂の様な曖昧なものを抑え込む、入れ物に違いないのではないか。
俺は、俺だ。そう、言いきれる人間の強いことよ。しかし、全ての人間がそうじゃない。自分とは何か、それに悩む人間も大勢いる。良いと思う。誰が否定できようか、それでも抗う人を私は尊敬する。
ただ、無理に戦う必要はないよ。戦いたいなら、戦えばいいだけさ。
俺の場合は、間違えた。何かを間違え、曖昧にした。生かすことも、殺すことせずに……。その結果が、この愚者だ。
僕は、愚行を信じ、尊敬し、愚かと言われた全てを、愛したい」
……、これは、個人の感想です。
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