第121粧 黒の神子は暗闇に独り

 気付いたら、私は明かりも何もない真っ暗な空間に、一人ぽつんと立っていた。


「あれ?」


 ここはどこだろう?


 もしかして、また黒い霧に飲まれちゃったのかな?

 前触れもなかったけど、いつの間にこんな状況になってたんだろう??


 何もなくて見えない中で心細さを抱えながらも辺りを見回してみると、視線の先に仄かな明かりを感じた。


 少しだけほっとして、同じように巻き込まれた誰かがいるかもと期待して駆け寄ると……。


「ノワール」


 そこにはウォルターが居た。


「ウォル……ター……?」


 でもいつもと違って、普段見るマイペースでのんびりした眼差しからは想像がつかないほど剣呑な視線を私に向けている。


 その様子からは、私の知っているウォルターではなく、同じ姿の別人を見ているような雰囲気がした。


「もっと早く気付くべきだった」

「な、何を……?」


 既視感のある台詞に、じわりと嫌な予感がよぎる。


「君が、闇に連なる人物だったとは」

「っ!」


 否定できない言葉に、私は耳を塞ぎたくなる。


 ウォルターの言葉から、いつの間にか私が黒の神子だということがバレていたことを知らされる。


 思わず一歩後ずさると、背後からも声が聞こえてきた。


「俺たちは、ノワール嬢にまんまと騙されていたんだな」

「ハウザー……」


 いつもは緩やかな雰囲気を纏わせているハウザーも、私を責め立てた。


「私は……騙してなんか……」


 知られたくはなくて黙っていたけど、でも騙しているつもりなんて全くなかった。


「ノワール、どうして! どうしてこんなっ……!」

「ッ!」


 ガイアスの責め立てる声まで聞こえてきて、私は膝を着いた。


 分かってるよ……。

 分かってる! こんなの、きっと悪い夢だ!


 だってガイアスは、頼って欲しいと笑顔で言ってくれて。

 ハウザーは、私とガイアスがちゃんと話せたことに安心してくれていたのに。


 それなのに突然、手のひらを返すようなことを言うわけがない!


 だからこれは、ゲームで見た光景を反映した夢に間違いないんだ……!


「いや……」


 だから夢から覚めたらきっと皆は今まで通りで!

 いつも通りに私と接してくれるはずで……!


「いやだよ……」


 でもこれは、乙女ゲームで辿るべき、私の道筋で……。


 だから、夢だと思う反面、私は現状を疑い切れなかった。


「助けて……」


 親しかった人たちはみんなみんな、ノワールを見限っていく。


「一人は寂しいよ……」


 しゃがみこんで目を閉じて耳を塞いでいても、私を苛む声が聞こえる気がする。


 そんな中、救いの手を差し伸べるように優しい声が聞こえてきた。


「ノワール……」


 暗闇に閉じ込められていたように感じた心に一筋の光が射したように、声が聞こえたことが嬉しくて……。


「キュリテ……?」


 でもそんなキュリテの声は、何故か苦し気に聞こえている。


「大丈夫だよ……俺が、一緒に……いるから……。だから……そんな風に……一人で、抱え込まないで……」

「キュリテ?」


 恐る恐る目を開けて、私は驚愕した。


「あ……」


 キュリテの声が苦しそうなのは、私が原因だった。


 私が、キュリテの首を、絞めている。


「ああ……うそ……よ」

「ほん、と……」


 それは何に対しての問いで、何に対しての答えだったのか。


 私はそんなことを考える余裕もなく、ただただ、キュリテを害しているのが自分だという事実を受け止められないでいる。


 首を振って嫌々をするけど、それでもこの手だけは何故か離すことが出来なかった。


「信じ……られない……!!」


 私はキュリテのことを信じている。


 信じているのに、口が紡ぐのは意志に沿わない言葉で。

 自分で言葉にしておきながら、私の心は勝手に傷付いていく。

 キュリテの首を、自分の心を、意志とは反比例した行動がギリギリと絞めつけていく。


 こんなの、違う!

 私がやっていることは、私の意志じゃない!!


 だから早く! 早くこの手を離して!!


「信じ……て……?」


 苦しそうに、でも悲しそうに、キュリテは切に語り掛けて来る。


 やめて、やめて!!

 どうして手も口も、私がやりたいことを叶えてくれないの!?


 こんな出来事、信じられない!

 嫌だ! 嫌だいやだよ!

 これが現実何だとしたら、そんなこと絶対に信じたくない!!


「いやああああーーー!!!」


 早く、これが夢なら早く醒めて!!

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