第115粧 婚約者は悪役令嬢のことがお好きなようです?

「そそそそそれで、ガイアスは私に何の用かな?」

「僕たち婚約者同士なのに、用がないと来ちゃダメなの?」

「だだだだだめじゃないけど、だめです!」

「どうして?」

「きききき緊張するのでダメでしゅ!!」


 ガイアスの顔を見てられないので、全然違う方向を見て耐えるよ!


 はっ! ちょっと待った!

 ガイアスが兄さまに変装中の私を壁ドンしているこの体勢、はたから見るとホモォな状況では!?

 大丈夫? 兄さまとガイアスに対してあらぬ疑いを掛けられちゃわない?


 アカーン! 冤罪いくない!


 万が一ご令嬢たちの目に触れると、新しい世界にご招待しかねない!

 他人ならどうでも良いんだけど、知らないうちにガイアスと兄さまのカップリング組まれた日には、身内なだけにどういう顔して過ごせば良いか分からないよ!


「そそそそれより、男同士でこの体勢は世間の淑女の眼に触れるといけないのではないかと思うよ!」

「え? 何で? ノワールは女の子でしょう?」

「いまの格好は男の子! 兄さまの格好なので! 兄さまの名誉ためにも、一回離れてー!」

「むう。折角ノワールの近くに居られるのに……」

「どさくさに紛れて接近接触しないでー! おさわり禁止!」


 おさわりはされてないけど!


 わたわたしていると、ガイアスはしぶしぶといった様子で壁ドンから解放してくれた。


 なんだかガイアスの姿が、じゃれついたわんこが怒られてしょんぼりしているようにも見える。

 べ、別に可哀そうとか思ったりしてないので! ので!


 ようやく壁ドンからは解放してくれたけど……二人の間隔はまだ零距離に近いです。

 ガイアスは一歩も動いていない。何故ー!


 ガイアスよ、私を緊張で殺す気か!?

 傍からみると壁ドンとほとんど状況変わらないのでは!!

 私の話聞いてたかな!?


「ねえ、ノワール」

「ひゃい!?」

「僕ね、ノワールのことが好きだよ」

「あ、ありがとう……?」


 でも心臓に悪いから、耳元で愛を囁かないでね? もうちょっと離れてね?

 と思っていると、ガイアスが少し距離をおいてくれたのでほっとした。


「ね、ノワール」

「う、うん?」

「ノワールは……僕のことが、怖いんだよね」

「っ!」


 前触れもなく、思っていることをそのまま言い当てられて、ドキッとする。


 それと同時に、胸が痛むような気持ちを覚えた。

 痛むも何も、私はガイアスに酷いことをしている。

 婚約者なのに、避けて、逃げて、長い間まともに会話をしようとしなかった。


 これも、私が他人の人生を壊してしまったことの一つになるんだろう。

 私は当初思っていたよりも、色んな人の人生に関わっていたのかもしれない。


「ど、どうして……」


 どうして分かったの? そう聞こうとして気付いた。

 私はガイアスのことを侮っていたけど、あれだけ避けられていて気付いていないわけがないんだ……。


 けれどガイアスの呟きは、私が予想していたものとは異なるものだった。


「覚えてない? 僕に言ったこと……忘れちゃった?」

「え?」

「そっか、それまで忘れちゃったんだ……。それは僕にとって良かったことなのかな」

「それ、まで……? 私、何か忘れてるの?」


 ガイアスは頷いてくれたけど、すぐに答えてくれない。


「小さかった頃のノワールは僕たちのそばにいてくれたのに……。いつの頃からか僕が近付くと離れて行こうとしていることに気付いて……それがすごく悲しかったんだ」


 代わりに、遠くを見るように懐かしそうな目で……でもどこか悲しそうな表情で言う。


「だから聞いたんだ。僕と婚約してくれたのに、どうして……離れていくの? って」

「そんなこと……」

「そうしたらね、ノワールは言ったんだよ。『ガイアスのことが、怖い』って……」

「……っ!」


 私、そんなに直接的にガイアスに言っていたなんて……!


「そのときノワールは理由は教えてくれなかったけど、今思うと気付くことがあるんだ。僕はきっと、ノワールの先読みの中で、ノワールに酷いことをするのかな……って」


 泣きそうな表情で問いかけるガイアスの言葉に、私は否定できなかった。


「僕が怖いのは、だからでしょう?」

「ガイアス……どうして予言のこと……」

「ノワールが先読みのようなことをしていたのは、みんな知ってるよ。それがいくつも当たっていることもね」

「……いくつも? もしかして、トリアリスや他の……色んな人に予言を伝えていた?」

「うん。多くの人は、その先読みに助けられていたんだって」


 それが本当なら、私は小さな頃から乙女ゲームでのストーリーを読み解いて、色んな人に助言していたことになる。


「そうやって、小さかったのに色んなことを知っていて、大人の話に入り込んでいけて、まるで未来を見るように助言をするノワールは、才女って呼ばれるようになったね」


 まさかここにきて耳にすると思わなかった『才女』と言う言葉に、私は目を見開いてガイアスを凝視する。

 私は思ったよりも沢山のことを知らない……いや、それも忘れていることの一つなのかな。


 視線の先のガイアスは、やっぱり悲しそうに苦笑していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る