第116粧 婚約者は悪役令嬢のそばにいたい
「……小さいころに階段から落ちたときを境に、ノワールは変わったね」
「え?」
私はそんな自覚はない。
ないんだけど、ガイアスがそう言うってことは、キュリテに怪我をさせてしまったことで深層心理では何か変化が起きていたのかもしれない。
「昔からノワールは未来が怖かったって言っていたね。自分が知っている未来が訪れるのが怖いって。それは変わってないよね。でも、今みたいな感じじゃなかった……」
「今みたいな……?」
「今は怖いことを忘れて、避けて。今よりも未来に目を向けるようになったね。本来なら良いことのことかもしれないけど……本当のことから目を背けたままで」
確かに、私は未来を見ている。
未来を見るあまり今が見えていないのも、ここ最近実感した。
誰かに迷惑をかけたことにあとで気付いて、後悔をしてばかりいる。
「いま、ノワールの予言した通りになっている?」
「なって……ない」
トリアリスはストーリーとは異なり、私の取り巻きにはなっていない。
だから、今のところ私に巻き込まれて彼女が酷い目に合う前兆もないように思う。
「ねえ、僕はノワールが予言した通りの行動をしている?」
「……まだ、してないよ」
「じゃあもう、僕のこと怖くない?」
「……分からない」
「……そっか」
自分のことなのに、本当に分からない。
ガイアスに婚約破棄されれば、私はストーリー通りに黒の神子として覚醒してしまうと思っていた。
でも、いまの私がガイアスに突き放されたとしたら……。
ゲームのノワールと同じように絶望するのかな。
悲しくは感じるけど……絶望はしないような気がする。
そう考えると、ガイアスのことを怖がって避ける必要なんてなかったのかもしれない。
私はなんて滅茶苦茶な行動をしていたんだろう……。
「僕はね。ノワールのこと、好きだよ」
好意を告げる言葉なのに、切なげな表情でガイアスは言う。
それはさっきも、そして何度も聞いた言葉。
だけど好きだと言われるたびに、私は不安になっていた。
――いつか嫌われて、婚約破棄されるのに。
……そう思っていたから、ガイアスの言葉を信じることが出来なかったのかもしれない。
「色んなことを知っていて、この世界じゃないような空想の話をしてくれるのが、とても楽しくて。それに、ノワールはふわふわってしていて、一緒にいると安心するんだ」
ガイアスが私に対して抱く気持ちは、まるで小さな子が抱く親しみのようで、恋とは違う形に思える。
「僕がノワールを好きなのは、昔も今も変わらないよ。避けられるとすごく悲しいし……。だから、僕はノワールに酷いことをしない。ノワールの予言がどうであっても、絶対に……!」
「絶対に……?」
ガイアスに心から好きな子が出来たら?
私が黒の神子と知られたら?
私が白の神子や使者たちと敵対したら……?
……乙女ゲームのような道筋を歩むことになったとしても、ガイアスは本当に私に酷いことをしない?
「ねえ、ノワール……」
ガイアスは再び近付いて、今度は私の手を取った。
「ノワールはいつも、キュリテのことを頼りにしているけど……。僕だって、未来を怖がっていたノワールの助けになりたいんだ」
いつもわんこみたいにグイグイ来るけど、今のガイアスはいつもより真に迫っていて、思わず息を呑んだ。
「助けに……?」
ガイアスの真剣な眼差しと目が合って、私は兄さま以外に口にしていなかった思いを思わずポツリと漏らしてしまう。
「……もし私が、闇の因子に囚われたら……闇の使者になったら……どうする?」
こんな質問をしたら、きっとガイアスだって予言の内容に気付くかもしれない。
でももう、言ってしまったから訂正は出来ない。
「僕が浄化して、ノワールを戻す! 僕だけじゃダメなら、みんなの力を借りて! 絶対にノワールを戻すよ!」
ガイアスが両手でぎゅっと私の手を握り締める。
「浄化出来ないくらいになっちゃったら?」
「そんなことになる前に、絶対に気付く!」
ガイアスの必死な様子から、絶対に何とかしてみせると言う彼の思いが心の底からのものだってことが伝わってくる。
でも……。
「絶対なんて……ないよね……? 気付かないうちに、闇の使者になっちゃったら? 駄犬くんの時は、闇の使者になる前に気付けなかったんだよ?」
「っ……。そう、かもしれないね。だからっ……! 手遅れになる前に気付けるように、僕をノワールの傍にいさせて欲しいんだ……!」
ガイアスがそう言ってくれるのは嬉しい。
使者たちが協力してくれれば、私と兄さまの死が回避出来るかもしれないと期待を抱けるほどに。
「お願い、もう逃げないで……!」
私を説得するのに、どうしてガイアスがそんなに悲しそうな顔をするんだろう。
どうして私はガイアスをこんな風にさせてしまうまで、逃げ続けていたんだろう……。
「これ以上目をそらさないで……」
掴んだ私の手を、祈るように額を当てるガイアス。
「……頼っても、良いの?」
本当に、もし私が闇の因子に囚われても、ガイアスは私を見捨てない?
……なんて台詞は、あそこまで言っておきながら、怖くて聞くことが出来なかった。
でももし私が闇の因子に囚われてしまっても早めに分かれば、最悪兄さままで死んでしまうことは、なくなるかもしれない。
……そうだね。
ガイアスの言う通り、これ以上逃げ続けていても、良いことなんて何もない。
もう逃げてるだけじゃダメなんだ。
「……っ! うん、うんっ! もちろんだよ!」
私の言葉に、花が咲いたようにガイアスの表情がパァァと明るくなった。
これまでの悲しそうな表情から一転して、ドキッとする。
ガイアスが嬉しそうに微笑みながら手を握り締めている姿を見て、私は決意する。
「今まで逃げていて……ごめんね……」
「ううん。良いんだよ! そのぶん、これからは何かあったらちゃんと言ってね」
「うん……」
ぽかぽかと暖かいガイアスの笑顔が、突き放すようなものになりませんように……。
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