第113粧 悪役令嬢は予言を後悔する

 兄さまからの返事ははっきりしないものの、私は自分の考えを伝えるのを続けることにした。


「仮に私が予言を伝えたのがトリアリスだとするとね、どうして彼女が『ノワール』に対してあんなにも敵意があるような態度だったのか、納得できると思ったんだ」

「……」

「きっと、私から未来を聞かされた彼女は、その内容に傷ついて……絶望したのかもしれない」


 乙女ゲームで彼女が待ち受ける未来と、彼女が未来を知ったことで受けた絶望。

 二つのうち、どちらの痛みがより深いのかは分からない。


 だけど……。


「私が予言を伝えさえしなければ、あの子は少しでも心穏やかな日常が送れたのかもしれないのに……。そう考えてみると、トリアリスにとって最悪でしかない未来を伝えた私のことを、彼女が恨んでいてもおかしくはないよね……」


 それに、私が過去にやらかしたことのせいで、私に変装した兄さまがとばっちりで責められるような事態を作り出してしまった。

 これじゃあ私は現実から逃げているみたい。


 ううん、実際に私は逃げているんだ。

 今回のことだけじゃない。

 私は悪役令嬢の役割ですら兄さまに押し付けて、そのうち起きるはずの絶望から逃げようとしている。


「トリアリスが『ノワール』に対して敵対心を持っている理由が、あなたの言うようなものだったとしても、予言した未来が本当に起きるかどうかを判断するのは本人の問題ですわ」


 過去の失態に後悔して俯いていると、兄さまが強い口調で語り始めた。


「こちらのせいにするか、予言通りにならないように未来に備えるかは、受け取った人物次第。あなたが気にする必要はありませんわ」

「でもね、未来が分かるってことがどんなに怖いことか、私は知っていたはずなのに……」


 小さい頃の私は、いつか必ず訪れる破滅の未来がとても怖くて、絶望から逃れるために色んなことを考えた。


 乙女ゲームで起こるストーリーをキュリテに教えて……。

 ガイアスから距離を取って……。

 私とキュリテとで入れ替わって……。


 結果的にいまのところの私は、乙女ゲームでのノワールの立ち位置から少し離れたところにいると思う。


「でも私は周りの人たちを騒動に巻き込んで、怖いと思っていたことを自分以外の人に押し付けてしまった……」


 ……そう思った時、私はハッと気付いた。


 私がトリアリスに未来を伝えたことで、彼女はノワールの取り巻きではなくなったのかもしれない。


 それじゃあ私が未来を伝えた、もう一人のキュリテは?


「……っ!」


 私が飛び跳ねるような勢いで兄さまを見上げてじーっと表情を観察し始めると、兄さまは少し怯んだような態度を取っていた。


「ど……どうしましたの?」


 キュリテは乙女ゲームでの立ち位置から、確実に変わっている。


 やらなくて良い悪役令嬢の立場になっただけじゃない。

 本来は白の神子からは遠いポジションにいたはずなのに、かなり近いところにいる。


「に、兄さまは……」

「いまはノワールですわよ」


 ふと駄犬くんが言っていた、兄さまが爆弾持ちと言う発言が頭をよぎった。


「私のせいで、辛い思いをしてない……?」

「急にどうしましたの?」


 もし兄さまが心のどこかに闇を抱えていて、いつか闇の使者になってしまったら……。

 そうはならなかったとしても、乙女ゲームのストーリー通りに私に巻き込まれて兄さまが死んでしまうことになったら……。


 そんな未来、絶対に嫌だ……!


 私は思わず頭をふって、兄さまの手をぎゅっと握り締めた。


 やっぱり私は、兄さまに頼ってばかりじゃダメなんだ……!

 そんなんじゃ、私が助かったとしても、兄さまのことは助けられない!


「嫌な思いをしたら、私に絶対に言ってね……! 我慢しなくて良いんだよ!」


 私は決意を込めるような真剣な表情で兄さまを見つめて言う。


 すると、兄さまはいつも通りの口調で、何故か悲しそうな表情をしながら私の頭を撫でて応えた。


「辛い思いなんて、してない」


 でもそう言う兄さまの表情は、どこか辛そうにも見える。


「……本当に?」

「ああ」

「無理してない?」

「してない」

「兄さまは私に頼って良いって言うけれど、キュリテも私を頼ってね……!」

「お前に頼るようなことなんて、何もない」


 兄さまがぽつりと呟いた言葉に、私の心がチクリと痛んだ気がした。


「俺はただ、ノワールがそばにいてくれれば、辛いことなんて何もないんだ」


 私はもしかしたら、小さな頃から……キュリテの心に傷を負わせてしまったのかもしれない。

 それはきっと、トリアリスと同じように。


 私がいなくなると言う、未来を伝えたことで……。


 いままでずっと頼っていたのは私だと思う。


 でもこの時は、私は兄さまのことを一人にしてはいけないような……そんな気がした。

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