第112粧 悪役令嬢は取り巻き令嬢に憎まれている?

 トリアリスを振り切ったあと、兄さまと私は手を取りながら歩く。


 騒動があったばかりなので、兄さまの手のぬくもりを感じるとほっとする。

 心なしか兄さまが私の手を握る力がこもっているような気がするけど、同じように思ってたりするのかな。


「あっ、ヒナタちゃんを置いてけぼりにしちゃった。大丈夫かな……」

「白の神子さまのことは気にする必要はありませんわ」


 数日前に人目を気にして手を繋がずにいたことを忘れているんじゃないかと思う行動だけど、口調だけはしっかりとお嬢さまモードだった。


「またそう言う風に突き放すようなことを言って……」

「丁度ハウザーたちが来ていましたもの」

「そう? それなら良かった……」


 たまに兄さまがヒナタちゃんのことを放置しているんじゃないかと思うこともあるけど、案内役としてしっかり見てるところは見てるんだなあと安心する。


「ここで少し休みましょう」

「うん」


 兄さまに誘われるようにして辿り着いたのは中庭で、意外にもひとけはまばらだった。


 さっきまで騒動によって注目を浴びていたけど、これなら不躾な人の目を気にしないでゆっくり出来ると思うとほっとする。


 二人で中庭の隅の方のベンチに座ってから、私は兄さまに真っ先に問いかけた。


「に……ノワールは大丈夫?」

「私は問題ありませんわ」

「本当に?」

「ええ」


 そう言って兄さまは繋いでいない方の手で私の頭をなでてくれたけど、本当に平気なのかな……。


 私は繋いでいた手をぎゅっと握り締めて、兄さまの肩に頭をコテンと預けてみる。


「前にも言ったけど、無理しないで?」


 至近距離なので、私は囁くように問いかけた。


「無理なんてしてませんわ」

「でも兄さまはいつも頼りにしてって言う割には、私のことを頼りにしてくれないから……心配なんだよ……」

「私はあなたに頼らなければならないほど、頼りなくはないつもりですわ」

「ぐぅ……」

「それと、いまはノワールと呼びなさい」


 距離超近いから兄さま呼びしても大丈夫じゃない? と思ったけど兄さまは慎重派でした。

 兄さまは学園にいる間はお嬢さま口調を続けるつもりなのかな?


「それより、キュリテは? 気分が優れないならすぐに言いなさい」

「わ……俺はどっちかと言うと蚊帳の外だったから、気にしなくて大丈夫」

「さっき私の袖を掴まなかったかしら? 何か心配事でもあったのではなくて?」


 ちょっと掴んだだけなのに良く気づいたなあと思わず感心してしまう。


「あっ。あれは、ちょっと別のことを考えていて……」

「別のこと?」

「小さかった頃のことをね。思い出せなくてもやもやしていたんだけど……」

「小さい頃のこと? また階段から落ちたときのことかしら?」

「その話はもう思い出し済みだから。今日のはトリアリスのことなんだけど……」

「……」


 何故か兄さまが不機嫌そうな表情をして黙ってしまったので、私何か変な事言ったかなと思って首を傾げてみた。


「ノワール?」

「……いいえ、なんでもないわ。続けて」

「う、うん」


 トリアリスと険悪っぽい感じだったし、彼女の話題が嫌なのかな……と思いつつも、続けて良いとのことなので話を続けることにした。


「トリアリスはゲームに出て来たんだけど、それとは別に、現実でもあの子と会った気がするの。でもちゃんと出会ったって記憶が曖昧で……もしかしたら会ったことがあるのかもしれない、お互いの面識があるのかな、挨拶したのかな……って思う程度なんだ」

「……」

「でも、トリアリスの態度は私のことを知っているみたいだったでしょう? 私はあの子に恨まれているみたいだったし。トリアリスが私のことを強烈なほど覚えているのに、私はトリアリスのことを殆ど覚えていない。階段から落ちたときのことみたいに記憶がぼんやりとしていて、なんだか不思議だな……もやもやするな……って思ったの」

「……」


 握っていた兄さまの手が、更にぎゅっと握り締められるような感触があった。


「にい……ノワールもトリアリスに会ったことがあるんでしょう?」

「……そうね」

「私もその時、一緒に居たのかな」

「……ええ」


 溜め息を付くように答えた兄さまの表情は、どこか諦めたようなものに見える。

 どうしてそんな表情をしているんだろう?

 そう思いながらも、私はトリアリスのことについて兄さまに問いかけを続けた。


「トリアリスが言っていた、私が『予言でその人の未来の行方を強要して壊してしまう』って話だけど」

「それこそ虚言ですわ。あなたが気にする必要はありませんわ」

「でもね。言っていることは間違っていない気がしたんだよ」

「どういうことですの?」

「兄さま前に言っていたよね。私が他の令嬢に予言を語ったことがあるって」

「……ええ」


 私が忘れてしまった出来事に対して推測していくと、兄さまが答え合わせの様に一つずつ答えを返してくれる。


「その令嬢ってトリアリスだよね?」

「……さあ、そこまで覚えていませんわ」


 顔を背けて覚えがないと淡々と返す兄さまの態度は覚えていそうに見える。

 そして、たぶん予言相手がトリアリスであることは正解なんだろうなと思った。

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